「あ、いや、これは…」
僕は急いで右手で目を擦った。
「…」
京介は心配してくれていたようだ。
京介が動いたかと思うと、京介の手が僕の背中に回されていた。
「…よかった」
そう言った京介の声は震えていた。
ぎゅっと強く抱きしめられる。
何も言わず、京介の背中に手を添えた。
前まで喧嘩して気まずかったのに。
ただ暖かく、冷えきっていた心があたたまっていく気がした。
それから少しすると、京介はゆっくりと僕から体を離し、僕に背を向けた。
「…ごめん、取り乱した。……出直してくる」
まってと言う前に京介は部屋を出て行ってしまった。
「……」
京介が出て行った方向を、ぼんやりと見つめる。
先程の京介のぬくもりは消えても、胸にかかったもやは消えてくれない。
きっとこれは、嘘をつき続けているという罪悪感だろう。
そんな僕の心情と同調しているかのように、窓の外には曇り空が広がっていた。
両手で頬を叩く。
…僕がしっかりしなくては。
そうしても、何故か胸騒ぎがした。
43話
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「はぁーあ。疲れた」
いつも、何故自分がこんな事しているんだろうと思う。
別に大学に行くわけでもないのに勉強をさせられている意味がわからない。だが、木村に弱みを握られている以上どうする事もできない。
「れーん」
後ろから馴れ馴れしい声が聞こえたかと思うと、肩に手をかけられた。
「学校なんか辞めて俺らと遊ぼうぜ」
「嫌だね」
手を振りはらう。
「ひでぇ。もしかしてお前俺の事嫌い?」
「当たり前じゃん」
「冷たっ。前までは普通に遊んでたじゃんかー」
俺は無視し、歩きだす。
確かに、前まではそうだった。
学校に行かず、朝から夜遅くまでずっと遊んでいた。
そんな自分を怒ってくれる人も、心配してくれる人も存在しなかった。最初から自分はこんな風にいきて、真っ当な人生を送る事は無いだろと思っていた。
高校に入ったのは何となく。
入学して、知り合いのいない新しいクラスで偶然隣の席になったのが及川悠己、だった。
可愛い顔をしてると思い、適当に話かけてみるとなんだか不思議な感じがした。
愛嬌があり、明るい。だが、絶対に踏み込ませないというような壁を感じた。
彼の裏には何かがある。それがなんだか少し、自分に似ているような気がして、大いに気に入った。
それから仲が良くなったが、俺はゆきに何も聞かなかったし、ゆきも俺に何も聞かなかった。
ゆきは病気について何も言う気がないらしい。だから、何も聞かないことにした。
辺りは暗くなり始めている。
ゆきにドーナツでも買って行ってあげるか。いや、もう夕食の時間か。そう考えつつ、今朝リンゴを無理やり食べさせたのを思い出し笑う。
ゆきに出会って、俺の世界は変わった。毎日学校に行って勉強するのも、悪い気はしない。
これから俺は真っ当に生きていくのかな。なんて笑
病院へと歩いて向かう。
ここら辺は人通りが少ない。
その時、とん、と肩に手が触れた。
「、お前まだついて来て……」
例の友達かと思い、振り向いたが、そこに居たのはパーカーのフードを深く被った男だった。
「、誰?俺になんかよう?」
「…」
男は何も言わない。
気味悪さを感じ、一歩後ずさったがもう遅かった。
「は……っ」
銀色に光る何かが見えた。
ぐにゃりと視界が歪む。
嘘、だろ。
よろけ、そのまま倒れる。
男は冷たくこちらを見下ろしていた。
男の背後には曇り空が広がり、ほんの少しだけ月が覗いている。
何故かふと、脳裏にゆきの姿が浮かんだ。
「っごほっ…」
言葉はいくらでも言える。今まで、心にも無い言葉を沢山零してきた。
何をするにも全部諦めていた。なのに、
こんな時までゆきの事を考えるなんて。
俺…本気でゆきが好きだったんだ。
あーあ。最悪だ…こん、な…とこで……まだ、死に…
「……」
僕はする事もなく、ずっと窓の外を見つめていた。
いつもなら既に居るはずの結月の姿はなかった。
胸騒ぎがしたが、どうする事もできず僕はただ空に浮かぶ月を眺めた。