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人間の悪の部分を消して、正しい人間だけを作り出す。
「神様」とやらは言った。
「…そもそも、愚かな部分も含めて人間なのでは?
教え込まれた行動だけするのならばそれこそロボットの世界と変わらない…」
私は「神様」に言う。
「じゃあ、無差別殺人や戦争を起こす独裁者も人間だから愚かだから仕方ない、と許せと言うのかい?」
「それは…極論過ぎますけど」
「私は大義のない悪事は嫌いだ。だから人間に言語も与えた。愚かな人間はうまく使いこなせず殺戮を繰り返す。言葉で理解させれば良いものを」
「神様…人間の話し合いなんて無駄なことが多いですよ。個人の意見も利益も違うし、話がこじれれば武力を行使する人間もいる。私にも理解できませんけど…」
「個人間の殺人もか?」
「怨恨での殺人なら…話のこじれ合いですかね。無差別殺人や快楽殺人は生まれながらの悪癖や、人間性や生まれた環境もあるのかと…うまく言えません…」
「私が失敗したのはそこだ。何年かに1回は失敗作の人間が生まれてしまう」
確かに周期的なペースで世間を震撼させるような猟奇的な殺人は起こっている。
その多くは自分が死刑になりたかったから、とか人を殺してみたかったなどおおよそ普通の人間には理解出来ない理由ばかりだ。
独裁者もこの世界からいなくなることはない。
歴史は繰り返し、新たな意志を継ぐ者が必ず台頭してくる。
「櫻田さん、私はこの棟で自殺者のカウンセリングを行いながら人間の感情を研究している。また思うことがあれば私にいつでも話をしに来て下さい」
「私は帰れるのですか?どこに?」
「またサタンの元で働いてもらいます」
やはり、まだ帰れない。娘の元には…。
「嫌です、あの女…サタンの下で働くのは…悪魔なんでしょう?」
「神も悪魔も元はと言えば同じだ」
聖書で言う堕天使みたいなことであろうか。
何であろうと戻りたくない。
あの女には何だか恐怖を感じてたまらないのだ。
「櫻田さん、しばらくはこの世界で人間について学んで下さい」
「私がサタンの棟に戻ったら、何かに気付けても神様に話しに行くことはもう出来ませんよ?」
私は必死の抵抗を試みる。
あの棟から逃げ出そうとすればあの女にまた殺されるからだ。生き返ってもまたあの女がいる場所にしか帰れない。
何度も繰り返す終わらない死。
「話はつけておきましょう。なに、あの女も悪魔とは言え所詮は使い捨てのコマ。私と同じですよ」
使い捨てのコマという言葉に引っ掛かったが、どっちにしろあの女の元で働く以外私には選択肢は無いようだ。
「櫻田さん、貴方ほど協力者にぴったりな人はいません。出会えて良かったです」
「それってどういう…」
ことですか?
を言い切る前に私の意識がまた失せていった。
気付くと私は、渡邉さんと話した喫煙室にいた。
「ぅわっ!びっくりした」
渡邉さんがいる。
「櫻田さん、あなた…逃亡したんじゃないの?」
驚いた顔をして彼女が尋ねてきた。
「失敗したみたい。戻ってきちゃった…」
渡邉さんが笑う。
「おかえり、櫻田さん」
「帰りたくなかったけど…ただいま」
「でもどこ行ってたの?3日間くらい姿見なかったから、現実世界に戻って娘さんと幸せに暮らしてるのかと思ってたよ」
「いろいろあって」
どこから説明しよう。神様に会ったこと、第二次世界大戦中の日本にトリップしたこと、人間の負の部分について考えるよう言われたこと…。
「とりあえず、ここは死後の世界ではないみたい」
「へぇ」
渡邉さんは相変わらず興味がなさそうだった。
そういえば、渡邉さんも人殺しだった。
「神様」に言わせれば、彼女も欠陥品ということか。
外が明るくなってきた。
またこのオフィスで仕事をする。
そしてやっと正体のわかったあの黒服の女。
「サタン」とやらがやってくる。
もう一度娘に会うためには、今のところ「神様」と「サタン」から手掛かりを掴むしか無いようだ。
「あっ、そういえばこの間また兵士の手当てさせられたよ」
突然、思い出したように渡邉さんが言う。
「そうなの?あの人たちは今ヨーロッパで行われている戦争の兵士なのかな」
「それがさ、神風特攻隊の日本人。過去から来た人の治療なんて初めてだったから不思議だなと思って」
特攻隊。まさか…。
「どんな人達だったの?」
「若い子2人。高校生くらいかなぁ」
中島さんと高橋さんのことが頭をよぎった。
この世界に来たということは二人は助かったのかも知れない。
「そろそろ行こうか」
渡邉さんが言う。
ふと室内を見ると、いつの間にかいつもの席に「サタン」が座っていた。