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婚約者選びの誕生パーティーが終わり、モテモテだった私。
レグヴラーナ帝国の第二皇女で、この可愛らし顔立ちだもの。
人気があって当然よっ!
でも、敵国とはいえ、ドルトルージェ王国のアレシュ様と踊れなかったのは残念だった。
今、一番人気のある王子で、彼の婚約者が誰になるのか、注目を集めている。
ダンスを踊れていたなら、自慢できたのに、途中から姿を見失ってしまった。
「面白くないわ。アレシュ様が敵国の王子でなければ、私の夫候補にしてあげたのに」
私の夫に選ばれるなんて、名誉なことよ?
婚約者が決まるのも時間の問題なんだから!
そう思って、ウキウキしていた。
けれど、パーティーではしゃぎすぎ、体力を使ったせいか、体の痺れや喉の痛みがひどく、なかなか起き上がれなかった。
まるで、毒薬を飲んだかのような症状が続き、とても辛い。
「忌々しいわ! お姉様のせいで!」
シルヴィエお姉様は生まれた時、神から呪いを受け、呪われた力を持っている。
それで、特別扱いされていたお姉様。
だから、呪いが本当かどうか、試しただけだったのに、死にそうになった。
「私をこんな体にして……!」
腹立ち紛れに、そばにあった水差しとコップをなぎ倒し、花瓶の花をぶちまけた。
ガラスが粉々に割れ、侍女たちは悲鳴を上げる。
「きゃあああ! ロザリエ様! 落ち着いてください!」
「早く鎮痛薬を持って来てっ!」
大騒ぎして、使えない侍女たち。その甲高い声にイライラした。
「必要なのは薬じゃなくて、お兄様よ! ラドヴァンお兄様を呼んでっ!」
ぜえぜえと息を乱し、あまりの苦しさから、胸を掻きむしる。
「ロザリエ、大丈夫か? また発作が起きたのか?」
黒い髪に青い瞳――夜の泉のように美しいお兄様が現れる。
お兄様は入ってくるなり、侍女たちに指示を出した。
「殺菌効果のある薬草を置くんだ。以前、効果があっただろう? それから、お湯につけた布で、喉を温めろ。蜂蜜とショウガのお茶を用意し、体を冷やさせるな」
すべて症状を軽くするための方法で、治療法ではない。
それが歯がゆい。
薬草が効いたのか、少し発作が収まり、息がしやすくなり、声を張り上げた。
「お兄様、どこへ行っていたの? 私のそばにいてってお願いしたのにっ! お姉様のところへ行っていたんじゃないでしょうねっ!」
「剣の稽古だ」
本当かどうかわからない。
先日、お兄様がお菓子とドレスを注文していたのを知っている。
私の誕生日のためだと思っていたのに、注文されたはずの品物は、私のところへ届かなかった。
お兄様の嘘つき――ギリッと奥歯を噛みしめた。
――処刑されるはずだったお姉様を助けてあげたのに、お兄様は私を利用するだけ利用して、裏切ろうっていうの?
あのまま、お姉様は処刑されてしまえばよかったのだ。
「ロザリエ。薬だ」
「いらないわ。薬より、私のそばにいて。命令よ」
お兄様はため息をつき、侍女に椅子と本を持ってこさせる。
私に逆らえば、お父様の怒りを買うとお兄様はわかっているから、絶対に逆らわない。
窓辺で本を読むお兄様を見る。
その手には、以前、お姉様のために持っていった本と同じものだった。
――まだ自分も読んでなかったのに、お姉様に先に読ませてあげようとしていたんだわ。
お兄様が家族の中で心を許していたのは、お姉様だけ。
優秀なシルヴィエお姉様。
――幼い頃から、私が欲しいと望んでいたもの。それは、シルヴィエお姉様が全部持っていた。
呪われているということを除けば、完璧な皇女だった。
持って生まれた才能なのか、お姉様は芸も学も多才で、少し教えられただけで覚えてしまう。
『弦をはじき、ハープを奏でたら、小鳥が集まり、花が咲いたそうですよ』
『それに比べて、ロザリエ様は楽器の演奏はさっぱりですね』
お姉さまから楽器を奪っても、次は歌で周囲を魅了し、私が音痴だと、陰口を叩かれた。
『シルヴィエ様は好奇心旺盛でいらっしゃる。政治、農業、医療にまで興味がおありだ』
『呪いを受けた兵士たちに、自ら調合した薬を渡しているそうですよ。兵士たちは日常生活を送れるまでになったんですって』
『なんてご立派な!』
呪われた体でなければ……と、お姉さまを知る皇宮の人々は残念に思っていたけど、お父様とお母様は違う。
その評判が、外へ出てしまっては困ると必死に隠していた。
皇帝の威信を守るため、呪われた娘は皇宮から出てはいけないいし、評判になっても困る存在。
――出過ぎた真似をするから、お父様から嫌われるのよ。
お姉様が目立つのは、その才能だけではなかった。
ヴェールと手袋をしていて暑い時でも、その辛さを一切、顔には出さず、涼しい顔をしている。
『銀髪と青い瞳、白い肌は陶器のよう。まるで宝石のように美しい方!』
私が重いドレスを引きずっていても、お姉様は背筋を伸ばし、凛とした姿で歩くのだ。
隣にいるだけで、差がつく。
そして、そんなお姉様に一番心を奪われていたのは、お兄様だ。
――でも、惨めに暮らして汚い服装のお姉様を見たら、お兄様も大事な妹は、私一人だけだって思うはず!
「ねえ、お兄様。シルヴィエお姉様に会いに行きたいわ」
「シルヴィエに?」
目に見えて、お兄様は動揺した。
私がお姉様に嫌がらせすると思っているから、会わせたくないに決まってる。
ただ会うだけなのに、そんな警戒しないで欲しいわ。
「私がこれだけ苦しいんですもの。お姉様が私より苦しい生活をしていないと、納得できないわっ!」
「わざわざ見に行かなくともわかる。シルヴィエの生活は楽ではない。粗末なドレスと下働きより、ひどい食事だ」
「どうして、お兄様がそれを知っているの? まるで、私に内緒で会ってきたみたい」
お兄様はハッとして、黙り込んだ。
やっぱり私に内緒で会っていたのね。
あのプレゼントの数々は、ぜんぶお姉様のため。
そう思うと、ますます腹が立つ。
お姉様が調合した薬なんて、絶対飲んであげないんだからっ!
「お兄様! 早く車いすに乗せて、連れていってちょうだい!」
「……わかった」
お兄様は前回のこともあってか、剣を置き、武器となるものを持たなかった。
私の車椅子を黙って押す。
お父様の怒りを恐れ、お兄様は私の言いなりになっている。
でも、私から剣を奪われたことを隠してあげたんだから、これくらい当然よ。
お姉様がいる皇宮の片隅までの通路には鉄格子があった。
「鉄格子がつけられたのね。罪人だから当たり前だけど、どんな惨めな生活をしているのか、楽しみだわ。ね? お兄様?」
「ああ……」
「まさか、お兄様はお姉様の味方じゃないわよね?」
「ロザリエの味方だ」
お兄様は迷わず答える。
それで、少しは気分がよくなった。
兵士が鉄格子を開けると、大きな鈴がやかましく鳴り響き、思わず、両耳を塞いだ。
私もお兄様も顔をしかめた。
「なんだ。この鈴は!」
監視役の兵士が慌てて、駆けつけてきた。
「あっ、えーと。これは侵入者が来たら、知らせるための鈴です!」
「侵入者? こんなところに忍び込むのは、ネズミくらいじゃなくて?」
兵士は直立不動で答えた。
「シルヴィエ様の逃亡を防ぐためでもございます!」
「ふうん? 仕事熱心なのね」
お姉様が逃亡しないためなら、なんでもいいわ。
そう思って、進んでいくと、そこは――
「農園?」
畑が広がっていた。
そこで、お姉様はドレスの裾と腕をまくり、イキイキとした顔をしている。
顔と手が泥だらけになっていたからか、慌てて水で落としている最中だった。
眩しいくらい健康的で、心なしか、閉じ込められる前より、活発になっていた。
誰とも会わないからか、ヴェールも手袋もなしで、自由に過ごしているようだった。
「来るとは思っていなかったから、身だしなみが整っていなくて、ごめんなさい。今、畑仕事をしていたところだったんです」
「なにこれ……」
芋の蔓や豆の葉が育ち、荒れていたはずの土地は綺麗に整備されていた。
帆布で作られたタープの下には、石のテーブルと椅子が置かれ、ガラスの水差しには、ハーブが入った水が用意されている。
畑仕事の合間に飲んでいたのかもしれない。
「遊びに来てくれて嬉しいですわ。今、ハーブティーをご用意しますね」
「いらないわよっ!」
「まあ……」
お姉様が痩せ細り、粗末なドレスとボロボロの部屋で暮らしている姿を見に来たのに、想像していた姿とまったく違っていた。
お兄様も驚き、言葉を失っていた。
そして、お姉様に向ける目は優しかった。
口ではお姉様の味方ではないというけど、本当は誰よりもお姉様の味方でいたいと思っている。
――気に入らないわ!
「命令よっ! 畑をめちゃめちゃにして!」
「ロザリエ!?」
お姉様は驚いていたけど、私はお姉様の幸せは望まない。
私の声を聞いた兵士たちが、ぞろぞろやってきて、|鍬《くわ》で土を耕し始めた。
畑はめちゃめちゃになり、お姉様は絶望するはず。
芋畑が掘り起こされていく。
「ロザリエ、やめろ。こんなことしなくても、皇女の身分で畑仕事をしているだけで、罰は与えられている。シルヴィエは辛いはずだ」
「お兄様は黙ってて!」
お姉様は悲しい顔をし、畑が荒らされていくのを眺めていた。
さあ!
絶望し、お兄様の前で、私を口汚く罵ればいいわ。
お兄様はそんなお姉様に失望するはず。
「ロザリエ。体の調子は良いのかしら? 苦しくないのなら、いいのですけど」
お姉様は絶望するどころか、私の体調を気遣ってきた。
「なっ……!」
「治療方法はわからないけど、免疫力をあげるには、好き嫌いしないで、色々な物を食べるといいらしいですよ。それから……」
「余計なお世話よっ!」
私が寝込んでいる間、お姉様は私の症状を少しでも軽くしようと考えていたらしい。
お兄様はそんなお姉様を見て、辛そうな表情を浮かべていた。
それは、自分がお姉様にやったことを後悔している顔だった。
――善人ぶって、次期皇帝のお兄様に取り入っているんだわ!
そして、自由になろうとしている。
強がっているだけで、ここでの生活が辛いから、お兄様の力を借りようと目論んでいるに違いない。
でも、そうはさせないわ!
「お姉様の考えはわかってるのよ。善人のふりをして、ここから出たいって思ってるんでしょ。お姉様は一生、ここで暮らすの。閉じ込められて生きるのよ!」
さすがにここまで言えば、お姉様もショックを受けるはず。
「ロザリエ。せっかく来てくれたのですから、お茶でもいかが?」
「お茶を用意しなくていいわよ! もう戻るんだから!」
「そう……」
しゅんっとして、お湯を沸かそうとしていた手を止める。
皇女なのに、お茶を自分で用意しなくてはいけないなんて、あえりない状況なのに、お姉様は順応していた。
――兵士に命じ、ここにあるものをすべて壊してやるわ!
そう思った瞬間、お兄様が言った。
「そろそろ戻った方がいい。ロザリエの部屋へ行く前に、他国から使者が来ていた。もしかすると、婚約の話かもしれない」
「なんですって! お兄様、早くそれをおっしゃってくれたらよかったのに!」
「お前が発作を起こしていて、言えなかった」
「戻るわ! 早くっ!」
お兄様を急かした。
パーティーから二週間経ったのに、求婚者はゼロのままで、誰も婚約を申し込みに来なかった。
自信はあったけど、ずっと気にしていたのだ。
「そういうことだから、お姉様。さようなら。婚約者選びが大変だから、ここに長居はしていられないの」
「ええ。またいらしてね」
「来るわけないでしょ!」
お姉様はどこにいても皇女のままだった。
どんな粗末なドレスを着ていても、泥に汚れていても、その美しさは隠せない。
私の車椅子を無言で押すお兄様もそう思ったに違いない。
お兄様と私は、お父様と大臣がいる広間へ入る。
「お父様。使者が来ているって本当? 一番乗りはどこの国かしら?」
お父様と大臣は、私を気まずそうに見る。
「いや、ロザリエへの求婚ではない」
「え?」
書状を手にした使者が口にしたのは――
「第一皇女シルヴィエ様に、アレシュ第一王子とのご結婚を考えていただきたく、ドルトルージェ王国よりお願いに参りました」
――お姉様の名前だった。
ドルトルージェ王家の紋章が入った本物の書状。
そこには間違いなく『シルヴィエ皇女』と書かれている。
お兄様は驚き、顔をこわばらせ、その書状を見つめていた。
――なぜ、私ではなく、お姉様に?
誰もがそう思っていた。