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第二話 : 『 天狐の悪戯 』
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山の神社に住むようになってから、白石は毎日が退屈とは無縁になった。
侑士が、とにかく油断ならん。
ある日、白石が境内の端で新しく芽吹いた毒草を観察していたときだった。
「……っ、なんや、あれ……?」
木立の奥に、きらびやかな着物をまとった女が立っていた。腰まで届く艶やかな黒髪に、色香のある目元。白石が驚いて目を凝らすと、女は微笑みを浮かべてふわりと歩み寄ってくる。
「お前……誰や……?」
「──あぁ、知らんの?ワタクシは“玉藻前”。この地の主よ」
その声は、どこかで聞いたことのあるような、艶やかな関西訛り。まるで女形のような滑らかさがありながら、どこかふざけているようでもある。
「あんた……侑士やろ」
白石が鋭く言い放つと、女の姿はふわりと溶け、四本の尾を持つ天狐の姿に戻った。侑士は腹を抱えて、神楽鈴のような笑い声をあげる。
「アッははッ、ばれてもうたか~、化けたら気づかんと思たんやけどなぁ〜っ?」
「……アホちゃうか」
「ええやんええやん、楽しませてくれたらそれで満足やろ?なぁ、蔵ノ介」
そんなやりとりは、すでに何度目か分からない。
またある日は、突然雪が降った日。
「この季節に雪……?」
白石が不思議に思っていると、社の屋根の上に真っ白な髪の女が現れた。透き通るような肌に、氷のような瞳。
「オレ、ここに来てもう幻覚見てんのかもな……」
「ちゃうで?今度は“雪女”やねん」
氷の妖の姿からふわりと揺れて、現れたのはまたしても四尾の天狐。
「またお前か! まじめに働け!」
「俺は妖怪やで?アンタの邪魔すんのが悪狐の仕事やろ?」
白石が毒草の土入れを投げようとした瞬間、侑士はひらりと空に飛び、四本の尾をゆるやかに揺らして笑った。
「ァッははッ、あー、おもろっ。ほん、蔵ノ介って騙しがいあるわぁ!」
白石は溜息を吐いて毒草の鉢に戻ったが、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。
侑士の悪戯は、けして人を傷つけることはない。ただちょっと驚かせたり、からかったり、笑わせたり──
それはまるで、悪行なんて縁もないただの狐のようだった。
それでも、彼はたしかに「悪狐」だと名乗った。
だから、白石はたまに考える。
──この天狐は、本当は何を隠してるんやろか。
でも、その問いは、侑士がまた何かに化けて現れてはぐらかしてくる。
白石が真面目に訊こうとすればするほど、笑いながら逃げる。
「そのうち、ほんまに騙されんように気ぃつけなあかんなぁ、オレ……」
四本の尾が、今日も楽しげにふわふわと揺れる。
そしてその笑い声が、神社の木々の間をぬって、まるで春風のように柔らかく響いていった。
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