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第二話 : 『 天狐の悪戯 』




✳✳✳




山の神社に住むようになってから、白石は毎日が退屈とは無縁になった。

侑士が、とにかく油断ならん。

ある日、白石が境内の端で新しく芽吹いた毒草を観察していたときだった。


「……っ、なんや、あれ……?」


木立の奥に、きらびやかな着物をまとった女が立っていた。腰まで届く艶やかな黒髪に、色香のある目元。白石が驚いて目を凝らすと、女は微笑みを浮かべてふわりと歩み寄ってくる。


「お前……誰や……?」


「──あぁ、知らんの?ワタクシは“玉藻前”。この地の主よ」


その声は、どこかで聞いたことのあるような、艶やかな関西訛り。まるで女形のような滑らかさがありながら、どこかふざけているようでもある。


「あんた……侑士やろ」


白石が鋭く言い放つと、女の姿はふわりと溶け、四本の尾を持つ天狐の姿に戻った。侑士は腹を抱えて、神楽鈴のような笑い声をあげる。


「アッははッ、ばれてもうたか~、化けたら気づかんと思たんやけどなぁ〜っ?」


「……アホちゃうか」


「ええやんええやん、楽しませてくれたらそれで満足やろ?なぁ、蔵ノ介」


そんなやりとりは、すでに何度目か分からない。


またある日は、突然雪が降った日。


「この季節に雪……?」


白石が不思議に思っていると、社の屋根の上に真っ白な髪の女が現れた。透き通るような肌に、氷のような瞳。


「オレ、ここに来てもう幻覚見てんのかもな……」


「ちゃうで?今度は“雪女”やねん」


氷の妖の姿からふわりと揺れて、現れたのはまたしても四尾の天狐。


「またお前か! まじめに働け!」


「俺は妖怪やで?アンタの邪魔すんのが悪狐の仕事やろ?」


白石が毒草の土入れを投げようとした瞬間、侑士はひらりと空に飛び、四本の尾をゆるやかに揺らして笑った。


「ァッははッ、あー、おもろっ。ほん、蔵ノ介って騙しがいあるわぁ!」


白石は溜息を吐いて毒草の鉢に戻ったが、どこか楽しげな笑みを浮かべていた。


侑士の悪戯は、けして人を傷つけることはない。ただちょっと驚かせたり、からかったり、笑わせたり──

それはまるで、悪行なんて縁もないただの狐のようだった。

それでも、彼はたしかに「悪狐」だと名乗った。

だから、白石はたまに考える。


──この天狐は、本当は何を隠してるんやろか。


でも、その問いは、侑士がまた何かに化けて現れてはぐらかしてくる。

白石が真面目に訊こうとすればするほど、笑いながら逃げる。


「そのうち、ほんまに騙されんように気ぃつけなあかんなぁ、オレ……」


四本の尾が、今日も楽しげにふわふわと揺れる。

そしてその笑い声が、神社の木々の間をぬって、まるで春風のように柔らかく響いていった。

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