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2人目の被害者⛄️💚さん。
これ、大丈夫かな……私はすごく楽しいんだけど。
⚠️地雷配慮しておりませんので、本当にご自衛くださいね。
涼架くんと初めて話したのはもう随分と前になる。と言っても彼らでいうところのフェーズ2に入ってからの話だから、数年前、くらいなものだけれど。
フェーズ1の時とはガラッと雰囲気が変わり、線の細い男性という印象から中性的な美人へと変貌を遂げた彼と、たまたま歌番組で隣り合わせに座ったときだったと思う。
鮮やかなメイクと華やかないでたちに、率直に言えば見惚れて、綺麗ですねと思わず口から賛辞が滑り落ちた。ひねりのない唐突な俺の言葉に一瞬だけ目を丸くした涼架くんは、ありがとうございますと花が咲いたように、少し恥じらいながら笑顔を浮かべた。たったそれだけのことが心を掴んで離さなかった。
出演を終えて偶然トイレで鉢合わせ、お疲れ様でした、とお互いに労って、そのまま何もせずにいるのがどうしても惜しくて「よかったら今度ご飯行きませんか」と勢いで誘った。驚きを隠さない目で見つめられて、一昔前の(と言ってもしたことないけど)ナンパかよと恥ずかしくなった俺に、嫌がることも揶揄うこともせず、ぜひ、と涼架くんは微笑んだ。
芸能界にお友達がいないから嬉しい、と言いながらスマホで連絡先を交換し、それ以来時間が合えばご飯に行く仲になった。
涼架くんは10年近く芸能界にいるとは思えないほど純真で、まっさらに無垢で、やさしくて、音楽に対して真剣で、話をすればするほど天然な彼に癒された。ドス黒い陰謀なんかが蠢く世界で、天使のように清らかだった。最初はただただ、涼架くんの持つやわらかな魅力に癒されるだけだった。
それがいつからか、プライベートな空間になるとたまらなく色っぽい姿を見せるようになって、少しだけ食事に行く意味合いが変わっていった。
意図してなのか無意識的になのか、テレビでは見せない微笑み方や仕種、軽いボディタッチにどぎまぎさせられるのはいつも俺の方で、手を伸ばそうとするとするりとかわされる。
亮平くんと甘い声で呼ぶくせに、濡れた目で俺を見るくせに、涼架くんの心のにある天秤が俺に傾くことはない。
妙なアンバランスさを持ち合わせる彼の魔性とも呼ぶべき魅力にどんどんと惹かれていき、癒される、という言葉では片付けることのできない感情を覚えていった。こちらが手を伸ばせばすり抜けるくせに、いたずらにこちらに擦り寄ってくる。焦がれてやまない、なんてまるで恋愛のようだと、自嘲するくらいには彼の魅力に嵌っていた。
それでも一線を踏み越えることなく友人のままで留まっていられるのは、彼との関係を壊したくないという思いと、彼を護る2人があまりにも恐ろしいからだ。
歌番組で涼架くんと交流があると話をする機会が訪れたとき、ゾワっと背中を走り抜けた悪寒は何年経っても忘れられない。特に大森さんの眼光は、射殺さんばかりの鋭さがあって、人好きのする人懐っこい笑顔や、歌唱するときの圧倒的な存在感を放つ彼からは想像できない姿にゾッとしたのを覚えている。
涼架くんもいい大人なのだから交友関係の全てをメンバーに話すことはないにせよ、聞いていないんだけど、という冷たい視線と怒気を隠そうともしないオーラは、およそ歳下には思えなかった。
それに気づかないわけがないのに、ほわほわとそうなんですよ〜と語る涼架くんに尊敬の念を覚えたほどだ。そういう視線に晒されるのに慣れているのか2人の嫉妬はいつものことなのか、全く気にする素振りを見せない涼架くんは、番組終了後の挨拶でも変わらずに話しかけてきた。彼を疎んじる理由もないから笑顔で応対したけれど、正直生きた心地がしなかった。絶対零度の愛想笑いの見本みたいな表情を、初めて見た気がする。
だけど、どれだけあの2人が怖くても、気の置けない友人というポジションを手放すことができなくて今でも頑なに守り続けている。涼架くんに癒されるのは事実だし、2人で食事をしているときだけでもあの甘やかな笑顔を独占できるのならそれだけで満足だった。物足りないなと思うくらいがちょうどいい。リスクヘッジは正しく行わなければ意味がない。
涼架くんもそれが分かっているからあれだけ無防備に俺に擦り寄るのだろう。おかげであの2人からの攻撃は今のところ特にない。事務所の規模で言えばトントンだし、系統は違うにせよ、軌道に乗っている今、下手な衝突は避けたかった。
それなのに、鮮やかに揺れる向日葵のような笑顔に、しとやかに咲き誇る薔薇のような美しさに、これ以上陥落する人間がいなければいいと思っていた矢先、うちのメンバーの目黒……めめが毒牙にかかった。
毒牙というのはあまりに極端かもしれないが、その形容が一番当てはまると思う。涼架くんのあれは悪癖だ。つまみ食いとかそんな可愛らしいものでもなければ、1人を選び取るといった本気さを感じさせるものでもない。
言うなればそう、ただ“戯れているだけ”だ。
分かった上で接する俺や自ら毒牙にかかりにいっている風磨はともかく、めめはわかりやすぎる罠に嵌った。
アーティストとしてMrs.さんを推すのは構わない。尊敬と称賛に値するグループだと思うし、楽曲はどれも素敵なものばかりだから気持ちはわかる。
だけど、涼架くんはやさしい素敵なアーティストっていうだけじゃおさまらないんだと、彼の悪癖を知らずに接するのは危険だと、彼の背後にいる2人の存在も含めて教えるべきなのかもしれない。
流石にめめの体調を気遣ってくれたことが計略だとは思わない。あれは涼架くんの生来の優しさが成した技だ。それが嬉しくてファンになる気持ちを否定するつもりもない。
でも、めめと2人で飲みに行く一連の流れを作り出した手管は流石としか言いようがない鮮やかさだった。
歌番組が終わったあと、スタジオの外でスタッフと談笑する涼架くんを見つけた。魔王と近衛騎士の姿が見えないことが意外だと思っていると、涼架くんが今日は僕だけ上がりなんですよ、と寂しそうに話していた。スタッフの男性が目の色を変え、それならご飯に行きませんか、と言ったところでうちのマネージャーに呼ばれ、話し終えて次に見たときはめめの腕に身を寄せる涼架くんがいた。その後スタッフさが去っていって、めめと向き合って話し始める。
どの時点でめめを見つけていたのか分からないが、涼架くんの“戯れ”はスタッフに話を持ちかけた時点で、この結果を作り出すために始まっていた可能性が高い。
恐らくめめをご飯か何かに誘っているのだろうが、ここで俺が介入することのリスクを考えてそっとその場を後にする。涼架くんが楽屋に戻るために通るだろう場所で、腕を組んで待つ。
あの笑みを浮かべているときの……、悪く言えば新しいオモチャを見つけたような涼架くんは、誰かが邪魔をすることを良しとしないと知っているから。
めめを傷つけるようなことがあればこちらとしても黙ってはいられないけれど、涼架くんのタチの悪いところは相手を決して傷つけないところだ。めめが対応さえ間違えなければ大森さんたちに目をつけられることもないだろう。
少し離れた位置で待っていると、話し終えたらしい涼架くんが俺を見つけて目を細めた。俺が見ていたことに気づいている様子だけど、お互いにそれを口にすることはしない。この距離感が涼架くんにとって最適だと知っているから。そしてそれを見誤らないからこそ、涼架くんは俺を近しい友人から格下げしないと分かっているから。
だから何でもないふりをして笑顔で声をかける。
「お疲れ様、もう上がり?」
「うん、亮平くんは?」
「上がりだけど明日早いからさ」
遠回しに邪魔をする気はないと伝えると、涼架くんは笑みを深めた。
「亮平くんのそういうところ、大好き」
そうやってまたひとつ俺が涼架くんを手放せない理由を落として、ふふっと笑いをこぼしててくてくと歩いていく。
この立場を手放したくない。だからと言って、大切なメンバーが涼架くんに弄ばれるのを黙って見ていられるほど薄情にもなれない。
「……っ、涼架くん!」
俺の声にびくっと肩を震わせた涼架くんが立ち止まって振り返る。
ぐっと自分の手を握り締め、真っ直ぐに涼架くんを見つめる。涼架くんはきょとんとした顔でどうしたの? と首を傾げた。
「……あれでいてあいつ純粋だからさ」
言葉にはせず、どうか傷つけないでやってと懇願すると、涼架くんは一瞬だけ感情の読めない表情になったが、すぐにいつものやわらかな雰囲気に戻ってメンバー想いだねぇと言った。そして、
「俺も元貴たちが大事なんだよね」
ふわっと笑って、再び背を向けて歩き出した。
小さく溜息をこぼして足早に楽屋に戻ると、先に戻っていてもおかしくないめめの姿はなく、マネージャーに呼び止められたかな、とあたりをつけて他のメンバーと何でもないことで笑い合う。暫くして戻ってきためめは、みんなのどこ行ってたのという質問に答えることなく「用事ができたから先に帰る」と荷物を片付け始めた。
同情半分、心配半分で見つめていると、俺の視線に気付いたのか振り返った。
気をつけろよ、と思いながら少しだけ目を合わせてから逸らす。涼架くんの戯れに付き合うだけならいい。怖いのはそっちじゃない。本気になってもならなくても、危険は迫っている。本気になったら命すら危ういが、そんなことをあの2人が許すはずがない。
涼架くんの「元貴たちが大事なんだよね」という言葉の真意は分からないが、大事だと言うなら彼らにも報告はいくだろう。頼むから何もなく終わってくれと祈りながら、足早に去るめめの背中を見送った。
その日の夜、めめから『大森さんと藤澤さんって付き合ってるの?』とメッセージが届いた。どう言う意図だろうかと考えてそのまま文字を打ち込むが、不用意な情報は文字に残すべきじゃないと判断し、電話をかける。幸いにもすぐに電話に出ためめに、もしもし? と呼びかける。
「ごめん、電話大丈夫だった?」
『うん』
「不確かな情報は文字にするべきじゃないと思って。めめも後でさっきのやつ、消しておいて」
一瞬息を呑んだめめは小さな声で、ごめん浅はかだったと謝った。
たまにある情報流出は俺たちにとって劇薬だ。人々にとって信憑性などどうでもよく、有る事無い事、大体にして事実無根なものをさも正解かのようにメディアは吹聴し、暇つぶしの娯楽として消費される。プライバシー保護法はどうしたと言いたくなるが、めめがそうだというわけではなく、世の中にはどうしようもない愚か者もいる。そんな愚鈍な人間のせいで涼架くんに傷ついてほしくなかったし、めめに自責の念を持たせるような可能性は排除しておきたかった。
「いや、一応ってだけだからね。それで……なにかあった?」
元気のない声のめめに優しく話しかけると、少しの沈黙がおりた。傷つけるようなことはしないだろうと思っていたけれど、そうでもなかったのだろうか。
めめが話し始めるまで待っていると、今日、藤澤さんと飲みに行ったんだけど、と話し始めた。知ってるよとは言わず、そうなんだ、と返す。
『俺、もう、わけわかんない……』
泣きそうな声にギョッとしながら、どうした? と重ねて訊く。
『藤澤さん、って……、その、誰にでもああなの?』
「ああって?」
『……距離が近いって言うか……けっこう遊んでる感じと言うか……』
言葉を選ぶ余裕がなかったのかもしれないが、その言葉にひくりと自分の口元が動いたのが分かった。俺自身、涼架くんの悪癖を“戯れ”だと称しているが、他人からそう表現されることに嫌悪感が湧く。
遊んでる人――端的に言ってしまえばそうなのだろう。どれだけ綺麗な言葉を使おうが、涼架くんのやっていることがそう映ったとしてもおかしくはない。だけど、その言葉で涼架くんを表現することがどうしても許せなかった。
遊ばれていると分かっていて、それを受け入れている俺に現実を突きつけるような言葉だったから。
でも、あのやわらかな微笑みも、甘く俺の名前を呼ぶ声も、するりとかわすくせに触れてくる冷たい指先も、まるで恋をしているかのように蕩けた眼差しも、全て涼架くんの魅力であって彼の人柄を損なうものではない。
俺の恋する人にそんな下卑た評価をしてほしくなかった。可愛くて綺麗で清らかな彼を、そんな言葉で貶めてほしくなかった。
友人でいいと割り切っているつもりなのに、それは所詮“つもり”だったのだと、今初めて自覚した。
「……めめ」
『っ、ごめ、阿部ちゃんの友達、なのに』
俺の低い声にめめは声を震わせて言い募った。悪意がないのは分かっている。婀娜っぽさを隠さなかった涼架くんにめめが困惑するのは当たり前だ。
……友達、そうだね、友達だ。その立場に甘んじると決めている俺がめめを糾弾するのは間違っているだろう。だから表向きはめめの言う通り、友達を卑下する言葉を使った歳下を諌めるようなフリをする。
めめに気付かれないように深呼吸をして、意識して穏やかな声で続けた。
「……何があったか分からないけど、めめの体調を心配してくれた涼架くんも、今夜めめと飲んだ涼架くんも、同じ藤澤涼架っていう人だよ」
自分で自分の言葉に笑いそうになった。涼架くんに遊ばれる側のくせに彼を護ろうとする自分が憐れで仕方がなかった。
『……そう、だね、うん、ごめん』
「ん。……それで? それがなんで大森さんと付き合ってるのかって話になるの?」
本題はそこだ。
あの2人を涼架くんを護る鉄壁のガードだと認識しておきながら、事実を確かめたことがなかった。
訊かなくても状況から見れば大森さんか若井さんと付き合っていると思い込んでいた。涼架くんの口から、付き合ってるよ、と言われたくなかったからと言うのが一番大きかった。言葉にされてしまったら想うことすら許されない気がして。
『迎えにきた大森さん、怒ってた……し、なんか、たぶんだけど俺、敵視されてるっぽいんだよね……』
「あぁ……なるほど」
めめの言葉に納得する。
涼架くんとは何度も食事に出かけたが、食事が終わると100%大森さんか若井さんが迎えにくる。個室にまで乗り込んできたことはなかったが、店を出ると確実にどちらかがいて、怒ったように『帰るよ涼ちゃん』と涼架くんの腕を取るのだ。涼架くんはそれを当たり前のように受け止めて、またご飯行こうね、と俺に微笑むまでがセットだった。大森さんも若井さんも多忙だろうによくやるなと思ったことがないわけではない。
『正直、仲がいいって言ってもあそこまでするか? って。付き合ってるなら、まぁ……』
自分の恋人が違う奴と2人きりなんて場面、想像するだけで腹が立つ。それも相手にわざと隙を見せて無防備に振る舞う涼架くんを思えば嫉妬するのは当然で、めめも恋人だと言われたら納得できるのだろう。
でも、ひとつ腑に落ちないことが生じた。大森さんも若井さんも俺に対してあからさまな牽制をするが、敵視まではいかない。そこまで鈍い方ではないから断言できる。そうなると、よほどのことをめめがしたのか、あるいは……。
「……めめ、今日、どこで飲んだ?」
『え、藤澤さんのお気に入りだって言うバーみたいなところだけど』
……知らないな、その店。
ふつ、と芽生えた嫉妬心を、大事なメンバーにまで何をと、冷静な部分が抑止をかける。ぐっと拳を握り締めて思考を巡らせた。
涼架くんと食事に行くお店はだいたい決まっている。新規開拓したいなって思ったら俺が提示して行くこともある。涼架くんもここ行ってみたいんだけどと提案してくれることはあるが、そのどれもは雰囲気の良い個室のある居酒屋だった。
大森さんがめめに敵愾心を抱いた理由が分かった。抱かざるを得なかったし、わかりやすく釘を刺さなければならなかったのだ。そして俺は、明らかになったその理由に、頭を殴られたような衝撃を受けている。
恐らくめめは、涼架くんのテリトリーに足を踏み入れたんだ。足を踏み入れさせられた、と言うべきかもしれないが、どちらにせよ大森さんたちにとって涼架くんがその店を使う相手は、要警戒対象なのだろう。
俺は要注意人物、くらいなもので、涼架くんにとっても大森さんたちにとっても“いいお友達”枠なんだろう。だから敵視にまで至らないのだ。
――めめは今日だけで警戒対象になったのに?
いいな、と言いそうになって唇を噛む。
涼架くんに悪気はない、と思いたい。いや、悪気はない。あるのは策略だけ。
俺を仲のいいお友達だと認定してくれている。たまに食事してお互いのライブに参戦して、歌番組で会えば会話をする、気心の知れた友人として大切に思ってくれている。
でも、それだけだ。
知らず知らずのうちに“それ以上進ませないための措置”を講じられていたんだ。俺が気づかないように巧妙に、甘く搦めとるように。
『阿部ちゃん?』
黙り込んだ俺を、めめが不思議そうに呼んだ。ハッとなってごめんごめん、と慌てて返す。
『俺こそごめん。明日早い日でしょ?』
「ああ、うん。大丈夫」
『さっきのやつ、ちゃんと消すから。おやすみ』
プツッと通話が切られてすぐ、トーク画面のめめからのメッセージは送信取り消しがされた。スマホの画面を消してベッドに入り込む。めめの言う通り朝が早い。色々と考えることは増えてしまったが、仕事に穴をあけるわけにはいかないのだ。
それからは何事もなかったかのようにいつも通りの日々が訪れて、あれ以来めめはMrs.さんを単純に応援するファンの位置に落ち着いたようだった。深入りしない方がいいという判断は正しいだろう。本気になる前に離れた方がいい。知らなくてもいいことが世の中にはたくさんある。
そのことに安堵している自分を心底嫌いになりそうになりながら、俺は今日、涼架くんと食事に行く約束をしていた。
いつもの居酒屋の個室で向かい合って座る。10周年の記念日を終えてライブやツアーを控えていると言っても鬼のような忙しさからは解放されたらしい涼架くんは、上機嫌でお酒を飲んでいる。
朝早くからお仕事あると大変だよね、移動中ずっと寝てたもん、なんて他愛のない話をしながらゆったりとした時間を過ごしていた。
「そういえば蓮くん、大丈夫だった?」
不意に目をきゅっと細めた涼架くんが、薄く笑いながら言った。意表を突かれた俺は言葉に詰まり、蓮くんってめめ? と当たり前のことを馬鹿みたいに訊いた。
そう、と頷いた涼架くんは頬杖をつき、元貴がちょっとね、と楽しそうに笑った。
「……めめと、バーに行ったんだってね」
「ん? あぁ、うん、そう」
よかったら今度、俺も連れていってくれないかな。
そう続けようと口を開くが、涼架くんがすっと無表情になったことで音にはならなかった。
「だめだよ亮平くん」
冷たい声にびくっと肩が震えた。
温度のない表情のまま、ゆるく口角だけを上げた涼架くんが寂しそうに続けた。
「そうしないと、こうやって2人でご飯が食べられなくなっちゃう」
亮平くんならこの意味が、ちゃんと分かるでしょう?
蜜が滴るように甘い声が、俺をやんわりと、だけど確かに突き放す。ふわふわとした愛らしい笑顔で、いともたやすく俺に絶望を与えていく。
机の上に置いた俺の手に、そっと涼架くんの手が重なった。冷たさに驚いて顔を上げると綺麗な笑みを浮かべた涼架くんが、ね? と言い聞かせるように言った。
手を伸ばせばかわすのにこうやって簡単に触れてくるのは、俺を“友人”のポジションから動かさないようにするためだったんだね。
頷くしかない俺の気持ちを知っていて、それでも嫌うことができないと分かっていて甘えるんだね。
「亮平くん」
「な、に?」
「俺とお友達でいてくれるでしょ?」
すり、と涼架くんの指先が俺の手の甲をくすぐる。
この手を握り締めてあなたが好きだと言ったらこの関係は破綻して、2度と触れ合うことすら叶わなくなるのだろう。
涼架くん、あなたはとても酷い人だ。叶うことのない願いを俺に抱かせ続けて、それなのに離れて行かないように、手放すことができないように縛り付けるのだから。
何よりも愚かなのは、全てを理解しているのにそれを受け入れる俺自身だ。
「……今度新しくできたお店に行かない?」
だから、答えになっていない答えが正しい“答え”だ。
俺の提案ににっこりと笑った涼架くんは、いいね、と頷いて震えたスマホを見遣って肩を竦めた。
「そろそろお開きにしようか。若井が迎えにきちゃった」
残念そうには見えない口調と態度で言うと、パッと手を離して荷物を片付けお会計を済ませた。店を出ると若井さんが待っていて、俺に小さく頭を下げたあと涼架くんの腕を取った。ぎゅっとしがみつくように抱き寄せ、体勢を崩した涼架くんを抱き止める。
「涼ちゃん帰ろ」
「うん。またね、亮平くん。新しいお店、楽しみにしてる」
涼架くんの言葉に若井さんは眉根を寄せて俺を睨みつけた。
だけどやはり敵視ではない。それが全てだ。
諦観に近い感情を覚えながら、どうしようもできない壁を眺めながら、俺も笑う。これはもう意地だった。
「じゃぁ、また」
短く挨拶をして2人に背を向けて歩き出す。
数歩行ったところでちらりと振り返ると、若井さんが涼架くんを抱き締めながら何かを言い寄っていた。そんな若井さんの頭を撫で何かを囁くと夜の街の中に消えていった。
続。
悪い男っていうか酷い男だけど、みなさんお好きですねぇ。
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小悪魔こわー小悪魔こわー笑(大好き♥️)知略家なあべちゃんもらしくて脳内降臨カンペキです!笑 わかってて溺れて抜け出せないあべちゃん切ないですね…わかってて踏み込ませずトモダチでいさせる💛ちゃんほんとにワルイ笑 それはそうと💛ちゃんのボディタッチていっソフトタッチでモテテクだよなーと思ってます🤣 3人の関係性がまだ匂わせ状態なのがくぅー(,,> <,,)ってなります笑