テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
被害者ではなく、当て馬にもなってない、このひと。
Mrs.の藤澤さんってどんなイメージ? と訊かれたら、まず間違いなく最初に出てくるのは「いい人」という言葉だろう。その評価に嘘偽りはなく、100人いたら100人全員が同意すると言っても過言ではないほどの“いい人”だ。
やさしい笑顔とあたたかな人柄に魅了される人間は後を絶たない。ここ数年でうつくしさと演奏技術に磨きをかけ、フルートを演奏する姿はまるで花の妖精だ。
でも、それと同時に一部の人間は口を揃えて言うだろう――――“藤澤涼架は酷い男だ”……と。
「ねぇ、勝手にモノローグつけるのやめてくれる? しかもなんか失礼だし」
涼架さんが呆れたように溜息を吐き、横に腰掛ける俺の肩を軽く叩いた。笑いながらごめんて、と謝り、肩にかかるほど伸びてきた青い毛先を指先でいじった。髪に触れることが許されるようになるまでにどのくらいの時間を要しただろうか。まぁこの座を勝ち取った今となっては、それも些細なことだ。
「酷いのは事実でしょ。元貴くん、荒れてたよ?」
映画の宣伝活動をしていたときほどではないが、共演機会がまだまだある彼の様子を思い出して伝えると、ふん、と涼架さんは鼻を鳴らした。テレビで観るときと随分と違う印象にゾクゾクっと興奮が駆け抜ける。
今俺の目の前にいるのは、女神のような美しさと聖母のような優しさと天使のような愛らしさを併せ持つ“涼ちゃん”でありながら、戯れに人を弄ぶ“藤澤涼架”そのものだ。隠すことなくその姿を見せてくれることに昏い悦びを覚える。
涼架さんは楽しそうな表情でマスターがサービスで出してくれたナッツを指先でつまみ、口の中に放り込んで歯を立てる。ガリっと音を立てて咀嚼して飲み込み、指先についた塩を舐めた。
「気のせいじゃない? 俺のせいとは限らないでしょ」
「いや、絶対涼架さんのせいだね。自分からここに連れてくるなんてさぁ……妬けるよね」
カクテルグラスに口をつけた涼架さんが、なんで知ってるのと言いたげな半目で俺を見た。テーブルに頬杖をつき涼架さんを見返す。
「俺は自力でここに来たのに。ね、マスター」
グラスを拭いていたマスターが俺の呼び掛けに小さく噴き出した。イケオジそのもののマスターは基本的に客の会話に入ってこないが、今は常連である俺たちしかいないからっていうのもあるが、こうやって話しかけたときはちゃんと反応をしてくれる。
だからって噴き出すのはひどくない? あのときの俺はどうにか涼架さんに近づきたくて必死だったのに。
「自力って……尾けてきただけじゃない」
ぺしっと髪をいじる俺の手を払いマスターにおかわりをオーダーしようとする涼架さんを制止し、キメ顔でマスターに告げる。
「マスター、涼架さんにスクリュードライバーを」
俺のオーダーにマスターが薄く笑い涼架さんを見る。涼架さんはいらねーし、と眉根を寄せたが、不意ににこっと笑って、風磨くんの奢りってことね、と軽い調子でおねだりをした。
えぇもちろん、いくらでも奢らせてもらいますよ。その代わりちゃんと教えてよ。
「で? めめの何がそんなに気に入ったわけ?」
「べつに……気に入ったわけじゃないよ。ちょっと助けてもらったからお礼しただけ」
「……それでここに連れてきたの?」
断っておくがこのお店が悪いわけじゃない。お店自体は居心地が良く雰囲気も良い最高な空間だ。イケオジマスターが作るお酒はどれも美味しいし、何より来客が極端に少ないから芸能界に身を置く俺たちが安心して過ごすことができる。イケオジが趣味か道楽でやっているとしか思えないお店を、涼架さんがお遊びに悪用しているだけの話だ。
何がすごいかって、涼架さんがお遊びの場として、そして元貴くんたちがこのお店を判断基準に利用してしまっていることを、このマスターは全て理解した上で嫌な顔ひとつせずに受け入れていることだ。
単に涼架さんが客だからというわけではなく、純粋に涼架さんを気に入っているのだろう。親心みたいなものです、と以前俺が1人で訪れたときに話してくれたが、本当にそれだけだろうか。邪推にすぎないが、マスターも同じ穴のムジナだったらどうしようと思ったことは一度や二度じゃない。
今のところ元貴くんたちが何かしらのアクションを起こすことがないしその可能性は否定できているけれど、こうして“藤澤涼架”を前にするといつか有り得るんじゃないかって気がしてくる。
「……阿部ちゃんは連れてきてあげないの?」
俺の問い掛けに面倒そうに涼架さんは眉を跳ねた。答える必要ある? と言いたげな涼架さんのカクテルの入ったグラスをつつくと、飲むんじゃなかった、とボソリと呟いた。もう遅いよ。
「……だって亮平くんとはこれからもご飯に行きたいし。ここに連れてきたら元貴たちが許してくれないもん」
子どものような口調で唇を尖らせる涼架さんに苦笑する。
賢い阿部ちゃんのことだ、めめの件から自身の立ち位置を理解しただろう。要注意人物だけど“安全なお友達”として扱われていることに気づいただろう。
涼架さんはそうやって、阿部ちゃんに気まぐれに擦り寄って甘えて、自分の手元に縛り付けて、でも同時に元貴くんたちから護っている。阿部ちゃんが攻撃対象にならないように、友人でいられるように。
「それに、亮平くんとご飯に行くと、若井がすっごく可愛いんだよね」
そっちの方が本音だろうなと思いながら、2度目がないと分かった上でめめはここに連れて来たということになる。
「めめはもういいってこと?」
「そんなことないよ? 機会があったらライジング・サンでも飲みたいくらい」
涼架さんの言葉にマスターが肩を竦めたのを見て、あまりいい意味ではないのだろうなと察する。なぜかカクテル言葉に詳しい涼架さんはマスターの反応を見て冗談だよと笑うが、絶対本気だと思う。
呆れを隠さないマスターが、涼架くん、と穏やかに名前を呼ぶ。涼架さんはふふ、と笑って、もう俺からの誘いには乗ってもらえないから大丈夫、と続けた。
「元貴がだいぶ怒っちゃったからさ。蓮くんには悪いことしちゃったなぁ」
全然悪いと思ってないでしょ。楽しそうに笑ってるし。
巻き込まれためめには同情するしかないが、それを踏まえてもやっぱり阿部ちゃんの方が可哀想かな。阿部ちゃんは純粋に涼架さんに惚れていた。俺が涼架さんと知り合うよりずっと前から友人というポジションを保ってきた。だからこそ元貴くんたちに排除されなかったんだろうけれど、突き付けられた現実は、きっと彼に絶望を与えただろう。
見誤ってはいけない。踏み越えてはいけない。このうつくしい人を独占したいなんて、そんな大それた欲を抱いてはいけない。
だけど彼の中の“関係者”でありたい。その辺に転がっている、有象無象と同じ扱いなんてされたくない。特別じゃなくていい、近くにいたい。
涼架さんは何を思い出しているのか、ふふ、と楽しそうに笑みをこぼす。目が潤み、歪んだ口元はたまらなく扇情的だ。
「蓮くんのおかげで、すっ……ごく情熱的な元貴が見れたから、俺としては満足してるしね」
うっとりと言葉を紡いだ涼架さんは、とろりと細めた目で俺を見た。滲み出る色香に喉が鳴る。
あぁくそ、ほんとうに酷い男だ。元貴くんたちとの関係を知る俺にだけ見せる表情は俺をこの上なく誘うのに、その一方で絶対に手を出させない抑止力になっている。
阿部ちゃんのことを同情できないよね、俺も同じなんだから。だけど阿部ちゃんと俺のいちばん大きな違いは、涼架さんにとって俺が“友人”ですらないっていうことだ。涼架さんにとって俺は“友人”ではないけれど、元貴くんたちにとっての俺は“危険人物”だ。
阿部ちゃんは要注意、めめは要警戒、俺は危険。
それでも俺が無事でいられるのは、元貴くんたちにとってもメリットがあるからだ。
「……やりすぎはよくないと思うけどなぁ」
わざと嫉妬させて、なんてよくある話だけれど、そのやり方は度が過ぎたら破綻する脆弱なものだ。元貴くんや若井くんが涼架さんを見限ったらそれまでの話なのに、こんなことを繰り返す涼架さんを見放してもいいはずなのに、あの2人は涼架さんから離れられずにいる。
不思議な関係性だと思う。歪と言っても良いだろう。いつ壊れたって不思議じゃない薄氷のような危うさだ。
「やりすぎ? なんのことかわかんないなぁ」
くすくすと笑いを噛み殺す涼架さんはどこか寂しそうに目を細めた。
この表情がたまらないのだと思う。いつも明るく笑っている彼が見せる憂いを帯びた眼差しが、孤独に震える唇が、愛してと叫んでいるような雰囲気が、無謀にも手を伸ばさせるのだと思う。
けれど涼架さんは突然その眼差しからスッと温度を消し、震えていた唇が笑みではなくなり、シャットアウトするような壁を作り出し、女神が裁きを下すかのような表情で俺を見た。
「それに、風磨くんには関係ないよね?」
……この冷徹なまでの拒絶を見せる涼架さんの態度が、元貴くんと若井くんだけが特別だと告げる在り方が、元貴くんと若井くんを捕らえて離さず、同時に2人と同じ立場におさまりたいと願う輩に火を点す。
もちろん俺も……と言いたいところなんだけど、なんというかまぁ、俺はそちらに転がらなかった。
「関係ないよ? 関係ないけど、心配してる」
これが、俺のことを元貴くんたちが排除しない最大にして唯一の理由だった。
俺の真剣な眼差しに涼架さんは一瞬だけ虚をつかれたような顔をして、気まずそうに目を背けた。
「……頼んでない」
声に温度が戻り拗ねた子どものような反応を示す。俺は小さく笑って、真剣な目のまま続ける。
「心配くらいさせてよ」
邪魔をするつもりはないし、止めるつもりも、咎めるつもりもない。だけど、心配はしているとまっすぐに伝えると、涼架さんは嫌そうに顔を歪めながらもくすぐったそうに首を縮めた。
「……好きにしたら」
「うん。好きだよ涼架さん」
「意味違うし……なんなの、もう」
自分で言うのもなんだが俺は割とメンタルが強い方で、涼架さんにこの目を向けられて拒絶されても気にせずに接することができた。
涼架さんは人の純粋な好意ややさしさを無碍にはできない。俺にだって下心がないわけではないけれど、阿部ちゃんのように知略でもって自分のポジションを保持しようだとか、そこらへんに転がる虫のようにあわよくば恋愛関係になりたいと望んでいるわけではない。
俺が望んだのは、元貴くんたちとは違う意味で涼架さんが素でいられる居場所となることだった。
だから涼架さんにとって俺は“友人”ではない。そのカテゴリーに身を置くと、涼架さんは戯れを発動してしまうから。離れていかないようにと策を講じてしまうから。いつか壊れてしまうくらいならと、自分で壊してしまうから。
でも俺に対してそれは必要ない。だって、俺からは絶対的に離れないから。逃げても避けても俺が追いかけるから。
だからこそ元貴くんたちにとって俺は“危険人物”なのだ。
涼架さんが俺の前で素顔を見せることを許容してしまっているから。自分たちの前でだけ見せるはずの表情を俺には見せているから。それと同時に、涼架さんが悪戯に戯れるのを止めてくれる存在だから黙認するしかないのだ。
じっと涼架さんを見ていると、なに? と鬱陶しそうに涼架さんが言った。こんな表情を見られるなんて、初めて会ったときの俺は想像もしなかっただろう。
元貴くんとの繋がりしかなかった俺が涼架さんに興味を持ったのは、そもそも元貴くんのせいだった。やたら紹介するのを渋り、若井だけでいいじゃんと言い募る彼の様子がおかしくて、なんでそんなに嫌がるの? と気になり始めたのがきっかけだ。
元貴くんの涼架さん好きはある意味で有名だった。そういう意図ではないかもしれないが“一目惚れ”だと公言し、推しであると言い、大好きだと、俺のものだと誇示をする。楽曲の中でも“愛している”と歌っているし、隠す気もないんだなと思っていた。
若井くんも涼架さんのことは自分たちがいちばん好きだと臆面なく言うし、仲が良いにしたってスキンシップが多い。周囲の人間に対して、俺たちの中に入ってくるなと毛を逆立てる猫のように威嚇して、涼架さんを護っていた。
なんでそこまで? とどんどんと気になり始めた俺は、やっとのことで紹介にまでこじつけた。嫌がる元貴くんにまとわりついて、若井くんの冷たい目にさらされながら涼架さんと邂逅を果たした。
第一印象はぽわぽわした人。芸能界でやっていけるのか? ってくらいにやわらかい、やさしい人。みんなが言う通りの、例に漏れず“いい人”ってくらい。
まぁこんだけほわほわしてたら護りたくもなるかと妙に納得した。テレビで観る印象そのままの人ってだけでだいぶ稀有ではあったけれど、特段興味がそそられるようなことはなかった。
それが180度変わったのは、映画の打ち上げに若井くんと涼架さんが参加したときだっだ。映画の主題歌をMrs.が歌っている以上全くの無関係なわけではないし、参加すること自体に違和感があったわけではない。
映画の主演を飾った俺と元貴くんは同じ卓で、若井くんと涼架さんは離れた卓に座っていた。その時点で元貴くんはだいぶ不機嫌で、人見知りだっけ? と不思議に思いながら、短くはない撮影期間を共に過ごした俺たちに人見知りも何もないかと思い直す。どんだけメンバー好きなのと揶揄うと、そうじゃないよ、と言って元貴くんはちらりと涼架さんの方に視線をやって目を逸らす。
それでも外面がいいと言うのかブランディングした自分を演じるのが染み付いているのか、元貴くんは共演者たちと楽しそうに話をしていた。
中盤に差し掛かった頃、トイレに立った俺の視界に飛び込んできたのは、映画スタッフの1人が涼架さんに熱烈にアプローチをしている光景だった。
見た目のうつくしさを褒め、演奏技術を褒め、笑顔の愛らしさを熱弁し、貴方に心が奪われてしまったと恋心を囁いている。
おいおい、こんなところでやるなよと呆れながらも好奇心に負けて壁に隠れてしばらくそれを眺めていると、それまでほわほわとした雰囲気でそれとなくかわしていた涼架さんが、いきなりスタッフの男との距離を詰めた。予想外の行動に、え、と声が出たのは仕方がないと思う。
『俺、しつこい男、好きじゃないんだよね』
低く、それでいて甘く響く声だった。
普段の彼とは似ても似つかない色のある声音に、スタッフは間近にある涼架さんに釘付けとなり固まったように動かない。かくいう俺も雰囲気をガラリと変えた涼架さんに与えられた衝撃で、凍りついたように動けなかった。
『誘うなら元貴の前で誘って欲しかったな……そうしたら、乗ってあげてもよかったのに』
スタッフの男は拒絶されているのに嬉しそうで、それなら戻ってもう一度誘いますと息巻いた。涼架さんは溜息を吐き、自分の腕を掴むスタッフに手を重ねた。いつから気づいていたのか、視線が一瞬だけ俺の方に向いた。
『もう遅いよ。……また、次の機会に、ね?』
にっこりとたおやかに微笑むと、男の耳元に唇を寄せて何かを囁いた。流石に聞こえなかったけれど顔を真っ赤にしたスタッフがバタバタとトイレに駆け込んでいった。
『……覗きですか? 悪趣味ですね』
『いやいや、そっちが往来で何してんのって話でしょ』
非難するような声に反射的に返すと、涼架さんは冗談ですよ、と小さく笑った。
『最後、なんて言ったんですか?』
『……気になる?』
目を細めた涼架さんに、ゾクっと恐怖にも似た興奮を覚えた。先の読めない良作の映画を観ているような高揚感を抱いて頷いた俺に、涼架さんは妖艶に唇を歪め、今度2人で飲むことができたら教えてあげるとはぐらかした。
『涼ちゃん、何してんの』
そのタイミングでやって来たのは元貴くんで、俺を睨みつけて涼架さんの腕を取った。涼架さんはやわらかく、元貴、と嬉しそうに名前を呼んだ後、スタッフさんに絡まれていたところを俺に助けてもらった、と限りなく嘘に近い説明を流れるように続けた。
『……どれ?』
地を這うような低い声で言った元貴くんに、涼架さんは笑みを深めただけで答えない。舌を打った元貴くんは俺を見て、どれ、ともう一度言った。せめて人扱いしてあげなって。
『あー……まぁ、未遂だったわけだし、さ。せっかくの打ち上げなんだから、ね、もっきー』
俺の答えに一番驚いていたのは涼架さんだった。計算が狂ったとでも言いたげにつまらなさそうに息を吐き、元貴くんの腕をすり抜けてすたすたと歩き出した。
歩き出した先には2人を探しに来たのであろう若井くんが待っていて、涼ちゃん、と呼んで自然に指を絡ませた。
涼架さんはふんわりと笑って、プリンまだあるかなぁと若井くんに言う。ほっと息を吐いた若井くんは、俺の分食べていいよと応じた。やったぁと答える彼は、みんなから愛されている“涼ちゃん”そのものだった。
2人の背中を見送り、元貴くんの肩を叩いて戻ろうと促す。トイレに駆け込んだスタッフの男が戻ってくるまでにここを離れなければ、俺のフォローの意味がなくなってしまう。
『藤澤さんって二重人格かなにか?』
『ちがう』
『じゃぁどっちが素なの?』
『……さぁね』
ふいっと顔を背けて足を早めた元貴くんは、そのあとずっと涼架さんの隣に居座った。両隣にMrs.のボーカリストとギタリストを従えたキーボディストは、ふわふわの笑顔を浮かべながらプリンを美味しそうに頬張っていた。
ギャップありすぎじゃない? と俄然興味を惹かれた俺は、どうにか涼架さんと2人で飲む機会を設けようと画策した。
当然元貴くんに頼んでも梨の礫で意味をなさないから、俺の持っている情報網を駆使してMrs.のスケジュールをざっくりと押さえた。元貴くんと若井くんが個別の仕事があり、涼架さんが早上がりする日にアタリをつけ、涼架さんが上がる時間に張り込んで送迎を担当するマネージャーに今日は、と断っているのを聞いて、後を尾けてここに辿り着いた。
店に入ってきた俺を見た涼架さんは、驚きながらも呆れ、それでもどこか嬉しそうに笑った。1度見られているから気にしないのか、横に腰掛けた俺に悪趣味だねと言ってマスターにひとつのカクテルを注文した。
水とウィスキーが二層になった綺麗なカクテルを置いたマスターが「ウィスキーフロートでございます」と教えてくれた。
『カクテル言葉は『楽しい関係』。悪趣味な風磨くんにはピッタリでしょ?』
そう言って涼架さんはにこっと笑った。今思えばあれが、涼架さんが俺に素を見せてもいいと判断した瞬間だったのかもしれない。
それから俺は、時間を見つけてはこの店に訪れた。涼架さんは頑なに連絡先を教えてくれなかったし、マスターを仲間に引き入れることもできなかったからひたすらにここで会えるように通い詰めた。涼架さんは俺が来ることを咎めなかったし、俺が来るからと言って涼架さんの足が遠のくこともなかったから俺の粘り勝ちだ。
時間をかけて涼架さんと呼ぶ権利を勝ち取り、髪の毛に触れるくらいの接触を許されるまでに至った。ふざけて好きだと言えば、要らない、と返されるが、嫌がっていないのは明白で、絶妙な距離感がたまらなく心地よかった。
その間に何度も涼架さんが人を誑し込むのを見かけ、溜息を吐きながらそれを毎回止めて元貴くんに連絡を入れた。
迎えに来た元貴くんからお礼を言われたことは一度もないが、この前マネージャーを通して数ヶ月待ちだというお取り寄せのトンカツをもらったから、感謝はされているのだろう。そうやって危険だと思いながらも排除できない人物としての位置を確立した。
ちなみに、打ち上げのときのスタッフはめめを誘ったときに涼架さんが利用したスタッフで、あれ以来2度とその姿を見かけていない。涼架さんがスタッフに囁いた言葉は、今度は2人きりで、だったらしいけれど、最初から行くつもりなどなかったのだろう。だってそんなことを、元貴くんたちが許すはずがないのだから。
さて、そろそろ今夜もお別れだろうか。
ここに入る前に元貴くんには連絡を入れてある。もう少ししたら迎えに来るだろう。そしていつも通り俺を睨みつけ、涼架さんに同じ言葉を言うのだ。
「帰るよ涼ちゃん」
涼架さんはそれに嬉しそうに笑って、元貴くんの腕に擦り寄る。苦虫を噛み潰したような顔の元貴くんが涼架さんと並んで店を後にするのを見送って、俺はいつも同じカクテルをオーダーする。
今はこれでいい。素を見せることができる相手っていうだけでじゅうぶんだ。元貴くんたちに危険視されていようと、メリットがあるうちはこの立場は揺るがない。
だけどいつか、あの薄氷のような関係にヒビが入ったのなら、俺にもチャンスが訪れる。
「XYZでございます」
「ありがと」
そのときは遠慮なく本気で口説かせてもらうよ――――だって、2人を失ったら『後はない』でしょ?
続。
そろそろ魔王たちに出てもらわないとですね。
コメント
35件
りょさんにとって迎えに来たあとの2人の甘え方や情熱的な様子はライブにも匹敵するぐらいの快感なんだと思う。その得も言われぬ快感が欲しくて良くないこととは思っても止められない。2人も快感を求めて期待するりょさんの全てが扇情的過ぎて止まらない。相乗効果笑 それがわかってるから嫉妬もするし、ホントにヤバいことになってもいけないから迎えに行くけど、本気で戯れを止めない。諦めも入ってるのかな。
🖤くんのおかげですっっっごく情熱的になった♥️くんと、💚ちゃんとご飯行くと可愛いくなる💙を想像してはニヤニヤしてます😇 keiさんのお話のおかげで日々妄想力がついております👏笑 お忙しくなるのですね🥲💦暑さと体調に気をつけて下さい✨ keiさんのペースで更新して下さると嬉しいです🫶
ふまくん最強じゃん!2人以外で素を見せてもらえるなんてまさに危険人物笑 魔王が感情で動いてて、ふまくんが俯瞰で状況見てるから強いよねー こんなに愛されてるのに愛に貪欲で、でもほんとは2人の愛しかいらなくて、このままじゃダメなのもほんとはわかってるけど他にやり方を知らなくて、哀れな愛しい小悪魔ちゃん·····て感じでしょうか?笑 ちょっとでも崩れたらふまくんが勝ちそう。で3人の関係性はどうなんだ🤣