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はる
ダンススタジオは、夕方になると熱気で曇る。
窓の外では沈みかけた太陽がオレンジ色の光を差し込み、
鏡の表面に淡い反射を作っていた。
その鏡に映るのは、高尾颯斗──さとり少年団のエースダンサー。
黒いTシャツが汗で背中に張り付き、
呼吸は荒くないのに、胸の上下だけがわずかに速い。
床を踏むたび、スニーカーの底が乾いた音を立てる。
無駄のない動き。
鋭い視線。
息ひとつ乱れないリズム。
スタジオの空気が、彼の動きに合わせて震えているようだった。
「颯斗、今日もやばいな……」
「ほんと、あいつだけ別次元だよ」
仲間の声が背後から聞こえる。
けれど颯斗は振り返らない。
視線は鏡の中の自分だけを見つめている。
彼にとって褒め言葉は“通過点”でしかない。
──もっと上へ。
──もっと強く。
──誰にも負けないダンスを。
その執念だけが、彼を動かしていた。
スタジオの空気は熱く、
汗の匂いとワックスの香りが混ざり合っている。
だが颯斗の意識は、ただひたすら“完璧”だけを追っていた。
一方その頃、都内の別スタジオ。
EBiSSHの草川直弥は、鏡の前でゆっくりと呼吸を整えていた。
こちらのスタジオは、白い壁と間接照明が柔らかい空気を作っている。
颯斗のスタジオとは対照的に、静かで落ち着いた空間だ。
直弥は胸に手を当て、
吸って、吐いて──
呼吸のリズムを整える。
そして音楽が流れた瞬間、
彼の身体は水のように滑らかに動き出した。
腕の軌跡が空気を撫で、
指先の動きひとつで感情が伝わる。
視線の角度、眉の動き、口元のわずかな緩み。
そのすべてが“表現”になっていた。
「直弥くん、今日も表情がすごい……」
「なんか、見てるだけで泣きそうになる」
スタッフが思わず漏らすほど、
直弥の踊りには“感情”が宿っていた。
彼は微笑む。
「ありがとうございます。でも、まだまだですよ」
その優しい声の奥には、
誰にも言えない焦りが隠れていた。
──技術では、高尾颯斗に勝てない。
SNSで流れてくる颯斗のダンス動画を見るたび、
胸がざわつく。
羨望、嫉妬、憧れ、そして……言葉にできない何か。
「いつか……同じステージに立てるかな」
ぽつりと呟いた声は、
静かなスタジオの空気に溶けて消えた。
そして運命の日。
合同フェスのリハーサル。
巨大なステージは、まだ照明が半分しか点いていない。
天井の鉄骨がむき出しで、
スタッフの声と機材の音が反響している。
さとり少年団とEBiSSHが、初めて同じステージに立つ。
颯斗は無表情のまま、ステージ中央に立った。
スポットライトの白い光が、彼の輪郭を鋭く切り取る。
その視線の先に──直弥がいた。
柔らかい雰囲気。
穏やかな目元。
けれど、踊り出した瞬間に空気が変わる。
直弥の動きは、光のようだった。
滑らかで、温かくて、観客を包み込む。
ステージの空気が一瞬で“彼の色”に染まる。
颯斗は思わず息を呑んだ。
(……なんだ、あいつ)
技術では自分が勝っている。
でも、心を掴む力は──彼の方が上だ。
その事実が、颯斗の胸をざわつかせた。
リハーサル後。
ステージ袖の薄暗い通路で、2人は偶然鉢合わせた。
照明の影が直弥の頬に落ち、
その表情を柔らかく見せている。
「……高尾颯斗くん、だよね」
直弥が微笑む。
その声は、さっきのステージとは違う、素の優しさを含んでいた。
颯斗は無言で頷く。
「さっきのダンス、すごかった。ずっと動画で見てたけど、生で見ると……圧倒されるね」
その言葉に、颯斗の心が一瞬揺れた。
胸の奥が、熱くなる。
だが、すぐに冷たく返す。
「お前のダンスは……魅せ方ばかりで中身がない」
直弥の表情がわずかに揺れる。
しかし、すぐに静かに言い返した。
「技術だけで心が動くと思ってるの?」
颯斗の胸に刺さる言葉だった。
2人はしばらく無言で見つめ合う。
敵意だけじゃない。
もっと複雑で、もっと危険な感情が混ざっていた。
(なんで……こんなに気になるんだ)
颯斗は自分の心が乱れるのを初めて感じた。
直弥は、颯斗の視線から逃げるように踵を返す。
その背中が、照明の影に溶けていく。
颯斗は拳を握りしめた。
──交わらないはずの光と光。
──でも、なぜか惹かれてしまう。
この日、2人の物語が静かに動き始めた。
その夜。
颯斗は帰宅しても、直弥のダンスが頭から離れなかった。
(あいつ……なんなんだよ)
胸がざわつく。
悔しいのか、羨ましいのか、惹かれているのか。
自分でもわからない。
スマホを開くと、
直弥の動画がタイムラインに流れてきた。
柔らかい笑顔。
優しい目。
しなやかな動き。
颯斗は思わず画面を閉じた。
(……見たくない。いや、見たい。どっちだよ)
自分の感情がわからない。
こんなことは初めてだった。
一方その頃、直弥もまた、颯斗の動画を見返していた。
(やっぱり……すごいな)
胸が痛い。
憧れと、悔しさと、もっと近づきたいという願い。
でも、今日の颯斗の言葉が刺さっている。
「魅せ方ばかりで中身がない」
直弥はそっと胸に手を当てた。
(……いつか、認めてもらえるかな)
その願いは、まだ誰にも言えない秘密だった。
こうして、“ライバル”として出会った2人は、
互いを強烈に意識しながら、
まだ知らない未来へと歩き出す。
この先、
衝突し、
すれ違い、
惹かれ合い、
そして──隣に立つことになるとは知らずに。