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はじめての、なーくんち 出張シリーズ
来週から出張が決まった。
短くても一週間。リモートじゃどうにもならない案件で、俺が現地に行くしかなかった。
「……なーくんのとこ、お願いしていい?」
出発の日まで数日。
その間に、莉犬を少しずつなーくんの家に慣らしていこうってことになった。
もちろん不安はある。
場所見知りの強い莉犬にとって、“慣れてない家”は大きなハードルだ。
⸻
ピンポーン。
チャイムを鳴らすと、莉犬はぴたっと動きを止めて、俺の後ろに隠れた。
「なーくん……?」
小さな声でそう呼ぶ。
以前より呼び方が自然になってきたのが、少しだけ頼もしい。
ドアを開けると、なーくんがしゃがんで手を振ってくれた。
「莉犬くん、こんにちは~」
莉犬は黙ったまま、でも少しだけ顔をのぞかせた。
⸻
初めてのなーくんの家。
玄関からなんとか入れたけど、リビングの扉の前で、莉犬は立ち止まった。
「いかない……やだ……」
目に涙をためたかと思えば、次の瞬間、床に座り込んで
小さな手で床を叩いて、足もバタバタと暴れ出す。
ぐしゃぐしゃな顔で、泣き声もどんどん大きくなる。
「莉犬、ほら、おてて痛い痛いになっちゃうよ」
俺は急いで隣にしゃがみこんで、莉犬の手を包んで止めた。
「……い、や……いや……っ」
泣きながら俺のほうにしがみついてくる莉犬。
⸻
「おいで、お膝なら、ちょっとだけ座ってみよう?」
無理はさせたくない。
でも、「今日はここまで」を作らないと、次に進めなくなる。
莉犬はしばらく泣いたままだったけど、やがて小さくうなずいて、俺の腕の中に入ってきた。
抱き上げて、なーくんのソファへ。
お膝の上にちょこんと座らせると、莉犬はまだ涙をぽろぽろこぼしてたけど、さっきよりずっと落ち着いてた。
⸻
「がんばったな、えらいぞ」
そう言って頭を撫でると、莉犬は小さく「ん……」とだけ声を漏らした。
ソファの上で、俺に抱っこされたまま、ぐったりしている。
目元は赤く腫れているけど、もう泣いてはいなかった。
なーくんが優しい表情でうなずく。
「今日はここまでにしようか」
うん、それが正解だ。
焦らなくていい。少しずつでいい。
来週、俺がいないあいだも、
この子が“だいじょうぶ”って思える時間を、ひとつでも増やしておきたい。
コメント
2件
初コメ失礼します! 前々から主さんのこの連載見ていたのですが、毎回とてもこの世界観に引きずり込まれます! 心情なども分かりやすく書かれていて、とっても勉強になります! 応援しています!これからも頑張って下さい!