コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
14. 少しずつ近づく距離
その後も、入野自由は江口拓也に対して心の中でどんどん矛盾した気持ちを抱えるようになった。江口が気になる、自分がどうしてこんなに動揺しているのか、まったく理解できなかった。それでも、江口の言葉に何度も心を揺さぶられ、どうしても無視できない感情が溢れ出してくる。
ある日、仕事の後、入野は江口と一緒に帰ることになった。普段、こうして二人で帰ることはあまりない。そんな些細なことでも、入野は胸が高鳴るのを感じていた。
入野「なあ、自由くん。」
江口が歩きながらふと口を開いた。その優しい声に、入野は無意識に足を止めた。
江口「俺、自由くんに素直になってほしいんだ。」
その言葉に、入野は思わず顔を上げて江口を見つめた。
入野「素直…?」
入野は少しだけ動揺しながらも、江口を見つめ続ける。江口は歩きながら、少し考え込んだ後、静かに言葉を続けた。
江口「そうだよ。俺がどんなに気づいても、お前が素直に気持ちを言ってくれない限り、何も進まない。」
江口の言葉に、入野はさらに心が揺れる。自分の気持ちを素直に伝えられない自分が悔しくてたまらなかった。
入野「…素直に?」
入野はその言葉を何度も繰り返しながら、しばらく沈黙した。足元を見つめて考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げた。
入野「…わかんないよ、そんなの。」
入野は強がりながら言ったが、その目はどこか不安そうで、江口にそれが伝わるのはわかっていた。
江口はしばらく黙って歩いていたが、やがてゆっくりと入野に近づき、軽く肩を叩いた。
江口「自由くん、無理しなくていいんだ。お前のペースでいい。」
その言葉が、入野の胸に突き刺さる。江口の優しさが、今までよりも一層深く入野に響いた。
江口「…でも、もう少しだけ、素直になってみてもいいんじゃない?」
江口のその一言が、入野をさらに悩ませた。素直になりたいのに、どうしてもその一歩を踏み出せない自分がいる。江口の前で、自分の気持ちをちゃんと伝えることができたらどれだけ楽になるだろうか。それでも、怖くて仕方なかった。
その日の帰り道、二人は無言で歩き続けたが、今までよりも近く感じられるような気がした。入野は心の中で何度も自分に問いかけた。『素直になるって、どうすればいいんだろう?』と。
その後、数日が経ち、入野は江口と顔を合わせるたびに、少しだけ自分の気持ちを表に出すようになった。言葉にするのはまだ怖いけれど、少なくとも江口と話すときに、自分の感情を抑えることはできなくなっていた。
ある日、仕事が終わった後、江口がふと入野に言った。
江口「自由くん、今度さ、ちょっとだけ…」
江口は言葉を止め、少し躊躇いながら入野を見つめた。その視線に、入野は少しドキッとした。
江口「今度、一緒に出かけようか?」
その言葉に、入野は一瞬驚いた。しかし、心のどこかで嬉しさを感じる自分がいた。
入野「…え?一緒に?」
入野は驚きながらも、なんとなく顔を赤らめた。
江口「うん、別に特別なことじゃないけど、たまには二人でゆっくり過ごしてみたいなと思って。」
江口はにっこりと笑いながら言った。その笑顔が、入野の心を少しだけ軽くした。
入野は少し考えた後、こっそりと口を開いた。
入野「…じゃあ、行くか。」
その言葉には、これまでの自分では考えられないような素直な気持ちが込められていた。江口は一瞬驚いたが、すぐに嬉しそうに笑顔を見せた。
江口「本当に?じゃあ、決まりだな!」
江口のその笑顔に、入野も少しだけほっとした。これから先、少しずつでも素直になれたらいいな、と思いながら。
二人はその日、少しだけ距離を縮めた気がした。そして、入野は心の中で、これからのことに少しだけ期待を抱くのだった。