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町の農業地区だった場所―――
現在は学区用地区へとなっているそこで……
体育館にあたる施設から、校庭へと伸びるその道の
両端に、各々が楽器を揃えた楽団が並ぶ。
運動会のような観衆が見守る中―――
西側と東側から、魔狼が一匹ずつ登場すると
拍手と歓声が沸き起こった。
一匹の魔狼には、花嫁衣裳に身を包んだ
ミリアさんが、もう一方にはルーチェさんが
その背中に乗ってやって来る。
2匹の魔狼が到着した中央……
そこにはジャンさんがおり、2人の女性は
魔狼から降りると、彼の両腕にそれぞれ
片腕を回した。
すると今度は「おお」、と観衆が空を見上げて
ざわめく。
上空には2体のワイバーンが飛んでいて―――
ゆっくり羽ばたいたかと思うと、同時に地上へと
降りてくる。
ワイバーンにはレイド君と、もう一方には
シーガル様、そして後ろにギル君が乗っていて……
黒い短髪をした長身の青年と、彼と背の高さが
ほとんど変わらない細身の少年が地面に足を着け、
一人の女性の元へと向かう。
彼らもまた、立派な衣装に身を包みながら―――
そこにいたのは50代と思われる女性……
元孤児院の院長で、今は児童預かり所の所長を
勤めるリベラさんだ。
その彼女の両腕に、レイド君とギル君が腕を
組んで……
ギルド長がミリアさん・ルーチェさんを連れ、
リベラさんがレイド君・ギル君と一緒に―――
体育館施設へと歩き始めた。
同時に楽団が演奏をスタートする。
まずは吹奏楽器・管楽器から始まり、そして
弦楽器―――
後に打楽器とオーケストラのような豪華な演奏が
行われ、人々も大きな歓声を上げる。
体育館へと6人が入っていくと、その先には
祭壇が設けられ、その前に到着すると改めて
レイド君とミリアさん、ギル君とルーチェさんの
カップルになり並んだ。
演奏が終わると同時に、司教だか司祭の人が、
2組の夫婦の誕生を認め……
それが終わると、体育館の外へそれぞれの夫婦が
足を進めた。
ギルド長とリベラさんはそれを見送り、
所長の女性は涙を流して喜び、それを
ジャンさんはなだめていた。
そして花嫁たちが花束を手にして入口に現れると、
若い女性陣が、ラミア族も人間族も無く熱い視線を
2人へと送る。
やがてミリアさん・ルーチェさんが後ろを向いて
スタンバイし―――
一瞬、静寂が訪れたかと思うと、後ろ向きに
花束が投げられた。
それを巡って争奪戦となり……
一つはある女の子が、一つはラミア族の少女が
獲得、勝者となり……
喧騒が収まると、体育館から何人か出てきて
呼びかけが行われ、次々と施設内へテーブルと
共に料理が運ばれていく。
そしてようやく『結婚式』は一区切りついたの
だった。
「では、初めての共同作業です。
ケーキを切ってください」
私の合図で、レイド君とミリアさん、ギル君と
ルーチェさんの『夫婦』が、2つの大きな
ケーキにナイフを入れる。
地球でのケーキに比べれば豪華さはそれほど
無いが―――
それでも生卵のメレンゲをふんだんに使い、
生クリームのように飾ったそれは、この世界の
どんなお菓子よりも豪華に見えた。
最初の切り分けが終わると、後は料理人や
担当者たちの手でケーキが次々と希望者へ
運ばれていき、
それが一段落するのを、私は見守っていた。
「シンさん、ありがとうございます!」
「こんな結婚式を挙げられるなんて……
思いもしませんでした!」
丸眼鏡をしたライトグリーンのショートヘアを
した女性と、亜麻色の髪を後ろで三つ編みにした
少女が、ウエディングドレスをして駆け寄って
きて―――
遅れて新郎2人もまた早足でやってきた。
「お疲れ様ッス! シンさん!」
「まさかレイド兄、ミリ姉と一緒に
結婚式なんて、夢みたいです!」
2組の夫婦を前に私は頭を下げて、
「いえいえ、みなさんもお疲れ様でした。
それにこれは―――
いわば練習みたいなものですので、
そこまで感謝されると」
そこへ、ギルド長と児童預かり所の所長も
やって来て、
「しかしホントにスゲェな。
衣装といい、音楽といい……
ほとんどがシンの発案なんだろ?」
「4人とも、私に取っては娘、息子同然―――
それがこんな立派な結婚式を考えて頂きまして、
感謝の言葉もありません」
涙を浮かべながら頭を下げるリベラ所長に、
子供のように4人の男女が寄り添う。
「あ! いたいた!
オメデトーございます!
あとまさかレイド様がワイバーンライダーに
なっているなんて……!」
しんみりした空気をクラッシュしながらやって
来たのは―――
エクセさんだった。
赤い長髪を炎のように揺らしながら、お酒を
片手に、すかさずレイド君・ミリアさん『夫婦』
の前に立つ。
ミリアさんとは以前、レイド君を巡って
因縁があり、周囲に緊張が走るが、
(44話
はじめての ぶりがんはくしゃくりょう参照)
「……オヤジの名代として来ているんだ。
それに、無粋なマネはしねえって。
お二人さん、オメデトウ。
お幸せに」
そしていつの間にか、ミリアさんと対峙する
形になって、
「これだけイイ男捕まえたんだ。
逃がすんじゃねーぞ!
もしスキを見せたら―――
すぐあたいがもらいに来るからな!」
「ご忠告、ありがとうございます」
笑顔で返す丸眼鏡の女性から、今度は隣りの
男性に視線へ移し、
「レイド様ぁ♪
もしもう一人奥さんが欲しくなったら
言ってくださいね。
この場で予約しておきまーす♪」
「へ? え!?」
と、困惑する彼の返答を待たずに、エクセさんは
風のように走り去っていった。
「やれやれ……
若いですねえ」
私が頭をかきながら、何事もなく終わった事に
ホッとしていると
「ミリア、ルーチェ。
旦那からは絶対目を離すんじゃないよ。
特にあの子たちは昔っから、心配ばかり
させてきて……」
リベラさんが諭すように語り、ウンウンと
うなずく新婦たち。
そして肩身の狭い男性陣という構図が出来上がる。
「まったく。結婚したところで―――
『関係』は変わりそうにねぇな」
ギルド長は、それを目を細めてながめていた。
この『結婚式』に至った、その発端は……
10日ほど前にさかのぼる。
シーガル様のワイバーンライダーとなる訓練も
一通り終わり、また『ぬか漬け』が各飲食施設へ
広がり始めた頃―――
集団での来客があった。
「ルービック・ワクス侯爵様が?」
「は、はい!
わたしめの悩みを話したところ、ドーン伯爵様へ
相談したらどうかと言われまして……
そしてそのドーン伯爵様は―――
シン殿を推薦しましたので、こうして
やって来た次第でございます。
どうかご助言・ご助力を……!!」
こうして訪ねて来たのは、40代後半くらいの
男性であった。
綺麗に中央で分けられた髪は、その先端が
クルクルと横へ巻き上げられている。
彼の名前はハーヴァ・ミラント。
王都でも王族や貴族相手に作曲・演奏を行う
楽団の代表者らしいのだが―――
この町が『公都』、さらにはドーン伯爵家と
レオニード侯爵家、王家との結婚が行われる
イベントにおいて……
その演奏を依頼されたのだという。
しかし、いつまで経ってもアイデアが浮かばず……
その悩みを、先日町へ来ていた騎士団の一人である
ルービック様が聞きつけ、
『たいていの悩みなら、この町へ来れば何とか
なるかも』
と言われ、まずはドーン伯爵家へ。
その後、私へ丸投げされる形で、楽団ごと
やって来たのであった。
しかし私は歌は音痴だし、楽器の心得も無い。
懇願する彼に対し、耳コピしてもらう事、
私が教えたという事は明かさないという
条件で―――
口でメロディを伝える事にしたのだ。
大の大人がメロディを口ずさむというのは
拷問に近かったが……
さすがはプロ、ハーヴァさん経由で楽団は
曲をマスターしていき、
そして今日のお披露目となった。
ちなみに伝えたのはドラ〇エのオープニング
BGMである。
「シン、ドーン伯爵様が呼んでるってー」
「どうする?
我らもついて行くか?」
「ピュ!」
回想にふけっていると―――
思い思いのドレスに身を包んだ妻たちが
料理を片手にやってきた。
「んー……
いや、一人で行ってくるよ。
3人は料理を楽しんでいて」
「俺も行くか。
さすがに伯爵様が来たのなら、
顔見せないわけにはいかないからな」
そこでアラフォーとアラフィフの男2名は、
会場から姿を消した。
「お待たせしました」
「お、久しぶりだな」
私とジャンさんが児童預かり所の応接室へ入ると、
見知った面々と、見知らぬ顔があった。
ドーン伯爵様とその第一夫人・第二夫人……
また、クロート様・ファム様も当然知っており、
さらにレオニード侯爵家当主、ヴィッセル様の
姿もあった。だが……
「ほら、フラン。
お前も挨拶しなさい」
50代のロマンスグレー、そして口ひげを
たくわえた老紳士が、隣りの少女に促す。
「は、初めまして。
この度はわたくしの結婚に多大なご助力を
頂き……」
年齢はまだ10才を過ぎたあたりだろうか。
ブロンドの短髪、サイドの髪が頬を隠すように
長い彼女は―――
「フラン様、ですね。
以後お見知りおきを」
ドーン伯爵家のクロート様と婚約した女性だ。
ご助力、というのは以前贈り物について、
解決した事があるからだろう。
まだ幼いのになかなか律儀だ。
(33話 はじめての おんおふ参照)
そして……
大きなソファに一人だけで座る少年。
心無しか他の貴族階級の人たちも―――
ヴィッセル様すら緊張しているように見える。
子供たちはいつも通りのようだが。
「ああ、そうかしこまらないでください。
私がここへ来ているのは、いわばお忍びの
ようなものなので……
あなたがシン殿ですか。
お話はかねがね聞いておりますよ」
彼の言葉に、ジャンさんがまず膝をつき―――
つられるようにして私も跪く。
年齢はクロート様とほとんど変わらないだろうが、
その幼い顔付きの中に大人びた、切れあがった
目元……
背中にまで伸びた純白に近い髪。
何より、眉毛まで白いその顔は人目を引いた。
衣装も簡素ではあるものの、おそらく超一流の
素材が使われているのだろう。
豪華な彫刻が施されている腕輪を両腕にして……
これは魔導具だろうか。
(なるほど……
ギルド長から聞いてはいましたが、確かに
どこか辛そうですね……)
実は、ナイアータ殿下をお呼びするにあたって、
実際の結婚式を見てもらうという『表向き』の
理由とは別に―――
『本当の理由』があったのだが、それは今のところ
この場では、私とジャンさんしか知らない。
「背が伸びましたな、殿下。
女の子と見紛うようなお顔も相変わらずで」
ギルド長がカラカラと笑いながら、声をかける。
「それは言わないでくださいよ、ジャンドゥ殿。
これでも気にしているんですから」
どうやら2人は旧知の仲らしい。
まあ、ジャンさんは前国王の兄ともつながりが
あるし、王族の人間と顔見知りであっても、
おかしくはないが……
その気品というか性格は非常に温和そうで、
少なくともこの部屋にいる同年代の中では、
クロート様以上に大人しそうに見えた。
「そういえばすごかったですね。
まさかワイバーンに乗って来るとは……
あれは新郎がやるんですよね?
前もって見る事が出来て幸いでした」
本番では、ナイアータ殿下本人とクロート君が
やる事だからなあ。
「し、しかし……
本当によろしかったのでしょうか。
王族を差し置いて―――
先にあのような結婚式を挙げてしまって」
ドーン伯爵様が片眼鏡に手をかけながら、
もう一方の手で汗を拭く。
「ですから、あれは『練習』というものでしょう。
ぶっつけ本番でやるより―――
一度通してやった方が、担当の方々も問題点とか
確認出来るでしょうし。
いわばその実験、練習台になってくれたのです。
かくいう私も……
この目で見る事が出来て、安心しています」
王族ともなれば、いろいろな儀式や式典に顔を
出さなければならないだろうし……
失敗は許されず、プレッシャーも相当なものに
なるだろう。
そこで金色の短髪をした少女が片手を上げて、
「ねーねー、シンさん!
アレあたしがやっちゃダメー?」
「こ、こら! ファム!」
赤茶のロングヘアーを揺らしながら、第二夫人の
フィレーシア様が娘を注意する。
「もしかして、ワイバーンに乗りたいのですか?」
「乗りたいー!」
すると、フラン様もおずおずと手を上げ、
「で、出来ればわたくしも?」
新婦(予定)の意外な申し出に、大人たちは
苦笑する。
私は『んー』と悩む顔をして見せて、
「それは構いませんが……
空を飛ぶわけですからね。
少なくとも、あのドレスは着れなくなりますよ。
別の動きやすい物に変更するしか」
「えー!?」
「それはイヤ!!」
言葉が終わるのを待たずに、即座に否定する。
女の子だし、あの衣装での式を見たらそりゃあ
着たいよね。
「乗るだけであれば、後でワイバーンライダーへ
お願いすれば大丈夫だと思いますよ。
特にライダーの一人は、フラン様の兄、
シーガル様ですし」
「あ、そうでした!
お兄様、すごく格好良かったです!!」
フラン様の後にヴィッセル様も続いて、
「そうでしたな。
まさかあの愚息が、ワイバーンライダーにまで
なれるとは……
これも全てシン殿のご指導の賜物。
今後ともよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるレオニード侯爵家当主に、
私は慌てて、
「あ、頭をお上げください。
それに全てはシーガル様の努力によるものです」
話題を変えるため、あえてナイアータ殿下へと
顔を向け、
「そういえば殿下は、やはり王家専用施設へ
お泊りを?
もしそうであれば、すぐにお食事を届けますが」
「そうだね。そろそろそちらへ向かおうかと思う。
でも……」
そわそわするナイアータ殿下に、ジャンさんが
「どうしました? トイレですか?」
「違います!
……えーと、ここを出る前にもう一度、
魔狼の子供たちに会いたいなーって」
それを聞いたギルド長は苦笑すると―――
すぐに施設の職員へ要望を伝えた。
「おお、そうですか。
近々他の魔狼にも子供が生まれると」
「めでたい事ですわ。
どのような種族でも、新しい命の誕生は
祝福されるべき事です」
第一夫人であるレイラ様が―――
その豊満な胸と腕の間に魔狼の子を抱きながら
話し、ドーン伯爵様が隣りでその頭を撫でる。
また、女の子はラミア族の少女の髪を触ったり
クシで整えたりし、
男の子は―――
ナイアータ殿下は魔狼の子を、クロート様は
ワイバーンの子を抱きかかえるようにして
じゃれていた。
「なかなかすごい光景ですね……」
「この他にも獣人族やフェンリル、ドラゴンの子や
ゴーレムまでいるってんだからなあ」
私とジャンさんは感想を呆れるように漏らす。
ナイアータ殿下の言われる通り、魔狼の子を
連れてきてくれるよう頼んだのが……
今はどこの子も仲が良く、魔狼が呼ばれたの
ならと、他の子たちも付いてきてしまった。
人間の子は無礼があってはならないと、大人の
判断で帰らせたが……
他の種族の子供たちはどうしたものか迷っている
うちに捕まってしまい―――
ご覧の光景となった。
「はは、スゴイですねジャンドゥ殿は!
こんな体験は初めてです!」
「いや全ての元凶というか原因はコイツです」
満面の笑顔のナイアータ殿下のお褒めの言葉を、
ギルド長は私へと丸投げする。
「ま、待ってくださいよ!
ラミア族についてはジャンさんが関わって
いたでしょう!?」
ヒュドラを倒した張本人だし、少なくとも
ラミア族救出については彼がいなければ
不可能だったはず。
「アレだってそもそもお前が妻にしたドラゴンを、
頼ってきたのが発端じゃねえか」
「それはそうかも知れないですけど!」
そんな私とギルド長のやり取りを見て、
殿下は年相応の少年らしく笑い、
「いずれにしろ、シン殿には―――
何か褒美を差し上げたいと思います。
ドーン伯爵、構わないでしょうか?」
言葉の代わりに首をコクコクと、彼は妻2人と共に
前後に振る。
「とはいえ……
まだ子供の身では出来る事も限られています。
そういえば―――
新しく『公都』になるこの地は、名前はまだ
未定でしたよね?」
「ええ、まだ決まってはいませんが」
話としてはあったが、先の事だと思って
失念していた。
「では……
その命名する権利をシン殿に渡しましょう」
ナイアータ殿下の提案に、室内がざわめく。
それが褒美? と思う人もいるかも知れないが……
現代の地球でも命名権は重要である。
新しい土地や建物、施設、店―――
たいていその名前を決める権利は、スポンサー、
即ち『お金を多く出した人』にこそあるのだ。
ましてや、貴族や中世でいうところの命名権……
それも個人に名指しで渡すという事は、
利権丸ごと、もしくはその地を任せるという意味も
含まれているはず。
そこまでではなくても、かなり重要な影響力を
認められるのは間違いない。
思わず伯爵様やジャンさんに助けるように
視線を移すが―――
2人とも『いいからいいから』と、促すような
表情を返してきた。
「う~ん……」
一応、名前については考えてはいたのだが……
まさかいきなり決めていい、と言われるとは。
しかし全員の視線が集中する中、『後ほど』と
言い出せる雰囲気ではない。
下手をすれば不服と取られかねないし。
意を決して、私は口を開いた。
「―――『ヤマト』。
というのはどうでしょうか?」
おお、という反応が室内から返ってくる。
「ふむ……
それはどういう意味でしょうか?」
部屋の中で最も身分の高い少年が聞き返してくる。
私は一礼すると、
「私はこの国の出身ではないので……
故郷の、国の古い呼び名です。
意味は……
『大きく』『和する』―――
単純に言うのであれば、『みんな仲良く』
という事ですね」
それを聞いた彼は、両目を閉じてクスッと笑い、
「確かに―――
ここは種族・亜人問わず受け入れられています。
実にふさわしき名前かと」
どうやらお気に召したようで、胸をなでおろす。
「シンー、ここ?」
「遅くはないか?
何か問題でもあったのかの?」
「ピュ~?」
そこへ黒髪セミロングと、同じ黒のロングヘアーの
女性が、ドラゴンの子供と共に入ってきた。
「あ、ラッチちゃん!」
「えっ!? もしかしてドラゴンの子!?」
少女2人がラッチを見つけると同時に、
飛び掛かるようにそちらへ移動し、
「あれ? そこにいるのは……人形?」
「もしかして、ゴーレムのレムちゃん
でしょうか」
もみくちゃにされるラッチを心配そうに、
扉の隙間から見ていたレムを、少年2人が
発見する。
そして『彼女』もまた子供たちの輪の中に
加わり……
こうして円満のうちに―――
王族との『謁見』と、リハーサルは無事に
終了した。
「ふぅう……」
それから時は過ぎ、夕食時……
冒険者ギルド支部の応接室で、私はソファに
腰を下ろした。
「お疲れー、シン」
「後はゆっくりしてくれ」
「ピュ!」
家族がまず私を労い、
「お疲れ様ッス! シンさん!」
「今日の結婚式は一生忘れません!」
次いで、レイド・ミリア『夫婦』がお礼を、
「自分たちがシルバークラスになれたのも……
そしてこんな結婚式が挙げられたのも、
全部シンさんのおかげです」
「今後ともよろしくお願いします」
もう一組の夫婦、ギル君とルーチェさんも頭を
下げる。
「いやあすごかったです!
本番は『ロボット』を是非とも
使って欲しいですね」
「パック君、アレはまだ未完成だから」
「……♪ ……?」
銀の長髪と、共にシルバーのロングヘアーをした
夫妻が、不穏な事を話す。
その足元にはレムちゃんもいて―――
「俺も肩の荷が下りた感じだぜ。
ギルとルーチェはともかく―――
レイドとミリアはいつになったら結婚するんだと
ずっと思ってたからなあ」
「本当にこの子たちは、いざという時に
ふんぎりがつかないんだから」
ギルド長と所長に名指しされた2人は、
実の両親にたしなめられたように顔を下へ向ける。
「まあまあ……
それじゃ、ひとまずお疲れ様という事で」
私の合図で、それぞれに行き渡ったグラスを
手に取ると―――
みんなでそれを上げて、乾杯をした。
ここにいるのは結婚式の主役であるカップル
2組と、気心の知れた方々……
つまり身内だけで、ささやかに二次会をしようと
いう事になったのである。
「そういえば、後ろ向きで花束を投げるのは
面白かったですね」
「受け取った人が次の花嫁になるんでしたっけ。
あれは催しとしてはすごく燃えます」
新婦2人が、同じ異性として感想を述べる。
「でも一つはラミア族が取っちゃった
みたいッスね」
レイド君がグラスに軽く口をつけながら語り、
「ウン。あのジャンプ力は反則だと思ったよ」
「亜人や他種族相手だと、どうしても人間の方が
不利になるからのう」
「ピュ~」
メルとアルテリーゼも問題点を指摘する。
いずれ人化した魔狼も加わるかも知れないし、
そこは今後の課題だなあ。
しばらく、思い出話に反省会を交えたような
形となり……
楽しい時間は過ぎて行った。
「じゃあ、そろそろ……」
「そうですね。それじゃ……」
それから2時間ほども経過しただろうか、
お開きの運びとなり―――
新郎2人が立ち上がると、新婦も続く。
すると私の妻2人とシャンタルさんも立ち上がり、
彼女たちに近付いて何事か耳打ちし……
何かに合意したのか、5人の女性は気合いを
入れるかのようにポーズを取った。
「何か、レイドとギルは今から
尻にしかれそうだなあ」
「そんなの子供の頃からですよ」
それを見て苦笑いするジャンさんとリベラさん。
そして2組の新婚さんとパック夫妻はギルド支部を
後にし、
「じゃあシン、そろそろ私たちも」
と、妻の一人が提案してくるが、
「あ、メルとアルテリーゼは先に戻ってくれ」
「?? 何かあるのか?」
ここで私は、ナイアータ殿下へ『命名権』を頂いた
返礼のため―――
一度ギルド長と一緒に王室専用の施設へ行く事を
話す。
「もう夜遅いですし……
明日じゃダメなんですか?」
年配の女性が当然過ぎる質問をするが、
「もちろん後日改めて礼はするが―――
こういうのはいろいろと面倒なんだ。
どこでどう失敗したか、無礼になったか
わからんし。
一応、『その日のうちに返礼した』という
事実さえありゃ、後で文句は言われないはずだ」
ギルド長の言葉に女性陣はうなずき―――
「まあ、それなら仕方ないけどさ。
でもどうせ……」
メルが何か言いかけたところで、アルテリーゼが
彼女の口をふさぎ、
「早く『片付けて』帰って来るがいい。
今夜は我らも燃えておるしのう♪」
「??」
リベラさんは意味がわからない、という顔をして、
妻2人はどこか達観したような表情で―――
ギルド支部を後にした。
残ったのはアラフォーとアラフィフの
男性2名で……
「カンが鋭いな、お前の嫁たちは。
じゃあ―――
『本当の問題』を片付けに行くか」
「そうですね」
そこで私とジャンさんは、改めて身支度を整えた。
―――15分後。
私とギルド長は、西側新規開拓地区の、
王室専用の施設にいた。
そこの一室―――
豪華な家具で埋められた寝室は、巨大なベッドに
腰かけるナイアータ殿下がおり……
そして彼を守護するように、金髪のロングヘアー、
そして黒髪ショートの眼鏡の女性が、少年の両隣に
立っていた。
他はいわゆる人払いがなされていて、
そこで私はその王族の少年と対峙する。
「本当に何とかなるのでしょうか。
ライオネルおじい様から、お話は聞いて
いるのですが」
「あー、ライのヤツ……
前国王の兄上は何て言ってましたか?」
不安そうに語る殿下に、ジャンさんが軽く
聞き返す。
「……ジャンドゥ殿と、シン殿という冒険者に
全て任せておけばいい、と」
ナイアータ殿下が、リハーサルに訪れた
裏の理由……
それは、彼自身の体というか体質にあった。
「病気では無いんですよね?」
サシャさんに話しかけると、彼女はそのブロンドの
髪を左右に振り、
「そちらであれば、パック殿に頼めば
何とかなったかも知れませんが……」
事前の説明によると……
魔力・魔法はこの世界、誰でも持っているもので、
それ自体は毒でも何でもない。
しかし、まだ子供のうちはその制御がうまく
出来ず―――
魔法として発現させるのは非常に困難だという。
そして子供の中でも、王族だけに見られる
『症状』があった。
それは魔力過多と呼ばれるもので……
王族には時々、すさまじい魔力量を持って
生まれてくる者がいる。
だが子供のうちは魔力制御が出来ず―――
その膨大な魔力量によって苦しんだり、時には
大人になるのを待たずして死んでしまうケースも
あるのだという。
逆に言えば大人になるまで耐え切れば何とかなる、
という事で―――
要はそれまで魔力を『無効化』してくれと
ライさんは依頼してきたのだ。
何でも、今までは魔導具で魔力を吸収していれば
問題は無かったのだが……
最近になって魔力の暴走が激しくなり、
リハーサルの件をチャンスと見て、彼を
町へ訪問させる段取りを取ったのだという。
「早く言ってくれれば―――
とも思いますが、王族ですからね……」
「移動するにしろ人を召喚するにしろ、
名分や手続きが必要になりますので」
ジェレミエルさんが私の言葉に、両目を閉じて
追認する。
私は、彼の両手―――
そこにはめられた腕輪を手に取る。
華奢な細い腕には似つかわしくない、
ゴツイ大きさと重さを持つ魔導具。
重さは2kgくらいだろうか……
こんな物を常時身に付けていたのかと、
目の前の少年に同情する。
「んー……
ジャンさん、ちょっといいですか?」
「どうした?
『封印』だけなら別にすぐ出来るだろう?」
無効化とは言えないので、『封印』という言葉を
使う彼に、小声で
「(要は魔力で苦しむ事が無いようにすれば
いいんですよね?)」
「(ああ。
だからさっさと無効化して―――)」
「(いえ、最近は結構細かく条件を付けれらる
ようになってきましたので……)」
ボソボソと目の前で話し合う私たちに不安を
感じたのか、少年が口を開き、
「あ、あのう……
やはり無理でしょうか?」
「いえ、大丈夫です。
魔力の流れを把握するために見ていましたので。
それじゃ―――
念のため、耳を塞いでおいてください」
彼の両腕は私が持っているので、察した
サシャさんが両手で彼の両耳を塞ぐ。
そこで私は小声で―――
「自分自身を苦しめる、または……
自身に害を及ぼす魔法・魔力など
・・・・・
あり得ない」
そこで私は両手を離し、それを見た両耳を
塞いでいる女性も、ナイアータ殿下から
手を外す。
きょとんとする彼を前に、
「その腕輪、外してみてもらえますか?」
魔力を吸収するのであれば―――
今となっては害にはならないだろうが、意味は
無いはずだ。
恐る恐る彼が腕輪を取り外し、左右にいた
サシャさんとジェレミエルさんが受け取る。
殿下は、自由になった両腕、その手の平を
ジッと見ていたが、
「苦しく……ありません。
魔導具が無くても―――
呼吸もすごく楽になって、
体もとても軽くて……」
ポロポロと泣き出す彼を見て、2人の女性が
彼を慰めるように抱きしめ……
ギルド長は部屋から出ていった。
家人たちを呼んで、彼の魔力暴走が無くなった事を
伝えるために。