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篠原愛紀
#溺愛
親の言いつけ通りの人形。
そのお人形を突然辞めさせて、人間にしたい訳じゃない。
邪魔になったからこの家から追い出したいだけなんだ。
「話はそれだけよ。美鈴と話があるから、貴方はもういいわ。下がりなさい」
バッサリと突き放された。
それなら私、自分で就職先を見つけたい。
なんで全部用意するの?
なんで私の意見は聞かないで全て決めつけるの?
私はお人形じゃ、ない。感情はある。
――意志を取ったのは、お母さんなのに。
「お姉ちゃん!」
「――貴方は此方よ」
走り出す私を、二人は追いかけて来なかった。
きっとお母さんは、みっともないと呆れているんだろう。
私の卒業式だからとお弟子さんやお手伝いさんが御馳走を作ってくれようとしていたのに。
美鈴が廊下で騒ぐから全て筒抜けで。
屋敷中しぃんと静まり返った。
『やる気のない貴方より』
母のその言葉が脳裏を過る。
けど、
「だって、私の意志なんて要らなかったじゃない。短大さえも決められて、私に聞いてくれたこと、なかったじゃない。
空っぽな自分を惨めったらしく母親のせいにしても、本当に自分には何もないのだから仕方ない。この引っ込み思案でおっとりした性格なのは、亡き父親似のせいだ。
「また、誰かのせいにしてしまう」
こんな弱い自分が嫌いだとしくしく泣いていたが、もうお母さんの言った事は覆らないし、誰も逆らえない。
値段なんていくらかも分からない、身分不相応な藍染めの着物に、ひらひらと桜が触れては落ちていく。懐から扇を取り出し縁側に投げ捨てると、着物の裾を掴んで泣いた。
応接間のすぐ脇にある桜の木の前で声を殺して泣く自分はなんとみじめな事だろうか。
耳を通り抜けるのは、舞踊の琴や三味線、絹擦れの音。
此処に生まれてきたかったわけじゃない。
ただ、自分の事は自分で決めて、自分で失敗して、自分で歩いてみたかった。
結婚すれば、三歩後ろを歩く良妻賢母を求められ、嫡男を産まなければ石女と馬鹿される。
この古臭い、小さな籠の中で生きるのは、退屈でずっと怖かった。
もう飼い慣らされている今、飛び出したとしても一人では生きられない。
籠の中、美しく成長した羽は飛ぶことも知らない。
「綺麗でも……ないけどね」
うっすらと卒業式に合わせてしていた化粧を、袖で落とす。
涙でぐちゃぐちゃな顔に化粧なんて無意味だから。
言えない癖に、不満が溜まるとこの桜の木の下で泣いていた。
理由は、簡単。
お父さんの書斎から、この桜の木はよく見えるから。
私の生まれた日に、記念に植えたこの桜。
この桜のように艶やかで美しい女性になるようにと、名前まで可愛く付けてくれたお父さん。
此処で泣いていると、書斎から墨を説く音が聞こえてきて。
その音が私の泣き声で止まるのが好きだった。
『おいで、美麗』
そう言って抱きしめてくれた父はもういない。
穏やかで、おっとりしていた父に私はよく似ていた。
短大も、お父さんが賛成してくれなかったら行けなかった。
それぐらい大切だった。今、生きていたら私はもう少しこの現実に耐えられていた。
前を向いて歩けていたのに。
「お父さん……」
掠れた声で、そう呟くと風が吹いた。
ざわざわと桜の花びらを奪っていく強い風が私の涙を浚っていく。
「ヤマトナデシコ」
不意に、舌足らずな日本語が聞こえてきた。
風と共に桜が舞う中、その優しい声は背中――応接間からした。
その声は、優しく包み込んでいくような心地よさで。
「泣いているのですね。どうされましたか?」
突然、視界が大きな陰で覆われた。着物の袖から片目だけ上げてそちらを見る。
「どうされました?」
次は流暢な日本語だったが、アクセントが独特で、日本人でないのはすぐに分かった。
「どうぞ、私の事など、お気になさらないで下さいませ。お客様ならばすぐに誰か呼びに」
「シー……」
優しい声で、黙るようにうながされ、やっとその人をまじまじと見た。
金髪碧眼、甘い笑顔を貼りつけた、外国人。
清潔そうな白のスーツをパリッと着こなし、太陽にキラキラと光る金髪をオールバックにしている。
おとぎ話のなかから抜け出してきたような、絵にかいた王子様、みたい。
素敵すぎて目が離せない。
その人が私に優しく笑いかける。甘い、という言葉が似合うようなとびっきりの甘い笑顔。
この本家は300年以上前から建てられた、文化遺産に指 定されている古い建物。二メートル近い外国人には天井に頭が着きそうなぐらい狭く窮屈そう。
「なぜ、可愛い小鳥さんは泣いているのかな?」
投げ捨てた扇を拾われそう笑われた。応接間の小窓が開いていた。
多分、母との約束で待たされている間、景観をと開けられたんだと思う。その景観を損なうような、声を上げて泣くことも許されないで、ただただ声を殺して泣く私の姿が見えて声をかけてくれた――優しい人。
だけど、今はその優しさは私を惨めったらしくするものでしかない。何も知らない人にしてみれば、この忌まわしい楔をほどけないのは理解できないはず。優しくされたって、逃げられない。
「貴方は、ここに自分の意志で来られたのですか? 自分で決めて、自分の足で」
「ええ。日本の文化にとても興味がありますので」
扇をひらひらと舞わせながら、その外国人は笑う。
ブランド品の白のスーツにネクタイに時計。その時計は百万はくだらない高級品。スーツだって見るからに生地からして良い物を使っているのが分かる。
父も母も、家の近所にある外国の大使館に招待される事が多かった。招待され、舞いを披露したり、書道の体験をさせたりと交流を任されていた。
だからうちには頻繁に外国人の来訪がある。
この人もそうなんだろうな。
お金持ちの御曹司が自由気ままにできるのを、私はただただ醜い嫉妬で見上げていたのかもしれない。