テラーノベル
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「鈴奈ちゃん。ねえ、鈴奈ちゃーんってば」
朝7時過ぎ。
寝ている鈴奈の耳元で囁く、祐也の幽霊の甘い声。
その声で目が覚めたが、鈴奈はぷいと反対側に寝返りを打った。
「起きろよー。いつもなら、もう起きる時間だろー。会社遅刻しちゃうぞー」
だが鈴奈は眉毛を強張らせながら、よりぎゅっと瞼を強く閉じる。
「なに拗ねてるんだよ。やっぱ怒ってるの? 婚活サギのこと黙ってて悪かったよ。だけどあれは鈴奈のためなんだ。金稼いで鈴奈を幸せにしてやろうと思ってさあ」
いきなり鈴奈は目をかっと見開くと、祐也を睨み怒鳴りつけた。
「うるさいっ! 私のためですって。よくもまあそんな嘘をつけるわね!」
かつて見たこともない鈴奈の激怒っぷりに、祐也はあたふたとたじろいでしまう。
「ほとぼりが冷めたと思って今更のこのこ現れたわけ!? 冗談じゃないわ! 祐也のこと、絶対許せないんだから!!」
「おかしいな。俺の知ってる鈴奈と違う……もしかして、別人格?」
「違います! それに祐也だって、私が思ってた祐也じゃなかったよね!」
鈴奈は身を起こすと、すっかり縮こまる祐也に詰め寄った。
「祐也のせいで、私の人生めちゃくちゃじゃない。黒崎に1000万払えと脅されるわ、警察に疑われるわ、おかしな女に付けまわされるわ。そう、あの女は婚活サギのターゲットだったんでしょ。甘い言葉で誘惑した挙句、財産を奪い取った。その恨みで、祐也のマンションに居座ったり、彼女だった私を付け狙ったりしてる。そうでしょ、白状しなさいよ!」
「早口で問い詰めないで。ほら、心臓がドキドキして……俺、発作起こして死んじゃうかも」
「とっくに死んでるでしょうがっ!!」
祐也はひっと肩をすくめると、鈴奈の鋭い視線から目をそらしておずおずと口にした。
「……正直に言うよ。確かにあの女は婚活サギのカモだった。ちょっと優しくしてやっただけで俺にぞっこんハマったのさ。ちょくちょく金も頂いたよ。だけどスマホの写真を盗み見られてしまい、俺が鈴奈と付き合っていることがバレたとたん、手がつけられないほど狂って暴れ出した。面倒になって電話やLINEも全てスルーしてたら、でっかい包丁を手にしてマンションのまわりを徘徊するようになってしまった。つまりはヤバいストーカーへと変貌したわけ」
「ちょっと待って。じゃあ、祐也を殺した犯人て!」
「い、いや。それは全くわからないんだ。あの女かもしれないし、そうじゃないかもしれないし……」
口籠る祐也に、鈴奈の不信感は募るばかりだった。
「祐也、私に隠してることあるでしょ。なんで言えないわけ?」
「いや、なにも隠してないって。本当に殺されたときの記憶がないんだ」
「ちょっと待って。じゃあ、どうして殺されたと断定できるの? 事故で死んだかもしれないのに」
「ああ……」
祐也はしまったとばかりに頭を抱えながらも、すっとその姿を消していく。この時ばかりは、10分という霊界のルールが全くもって祐也に都合が良すぎる。
ともかく、祐也は鈴奈に隠し事がある。それだけはわかりやすくも確かな事実だった。
鈴奈は行き場のない苛立ちを抑えきれず、枕を思いっきり壁に投げつけた。
昨夜_____地下鉄で別人格に中傷を受けてからというもの、怒りがずっと収まらない。
それはかつて経験したことのない、自分でも制御不能な激しい感情だった。
◇
「幸手さん、ちょっとよろしいかしら?」
会社で一心にキーボードを叩く鈴奈に向かって、漆原さんが声を掛けてきた。
このところずっと鈴奈を無視していた漆原さんが話しかけてくるのは珍しい。
「はい、なんですか」
「休憩室まで来てくれる? 話があります」
それは有無を言わさぬ高圧的な声。
鈴奈は席から立ち上がると、漆原さんのあとに続いて同じ階にある休憩室へと向かった。
ハケンが会社の会議室を利用することはできない。
ハケン同士でちょっとした打ち合せをする際には休憩室を利用していた。ドリンクの自販機が置いてあり昼休憩の時間帯は賑わうが、それ以外は閑散としている。
今日も、奥の席でいびきをかいて寝ているサボり中年男性社員がひとりいるだけだ。
「来月の契約更新ですけれども」
漆原さんは席につくなり、冷ややかな目で鈴奈を見つめた。
「継続したいと考えてますか?」
「はい」
「なるほど。私の目には幸手さんのやる気がさっぱり見られませんけど、それでも仕事は続けたいと」
「やる気はあります。漆原さんが誤解されているのでは?」
鈴奈はいつになく鋭い目できっと漆原さんを見つめると、そう返す。
普段ならおどおどとして、口籠っただろう。だけど、今日の鈴奈は違った。
ずっと心に燻り続けている捉えどころのない怒りが、鈴奈の心を荒ぶらせていた。
いつもと違う鈴奈の気配に漆原さんは戸惑いの表情を浮かべるが、それでも負けじと睨み返してくる。
「あなたはねえ、ハケンチームの和を乱しているの。私用電話はしょっちゅう。寝てることだってあるし」
「深く反省しています。もうしません」
「それに男性社員に色目使ってるでしょ。営業部の佐藤さんやら山田さんやらシステム部の河野さんやらその他大勢、用もないのにひっきりなしに席に来てるじゃない」
それは事実だった。だけど彼らに色目なんか使ったことはない。勝手に好かれて口説きにやってくるのだ。
鈴奈には、どうすることもできない。ただ、失礼のないよう誘いをやんわりと断り続けるのに必死だった。
「美人だからって、調子に乗りすぎてるわよねえ」
嫌味ったらしく口をへの字に歪めてそう言う漆原さんに、鈴奈ははたと気づいた。
そうか。漆原さんは私に嫉妬しているんだ。だから目障りなんだと。
「ええ、美人ですけど。それがなにか?」
「はあっ!? 開き直るの!?」
わかってない。美人に生まれたって、幸せになれるとは限らない。シンデレラは妄想の寓話だ。
美人だって、嫌な男に執拗に付き纏われたり、嫉妬した女子から仲間外れにされたり、それが故の悩みはいっぱいある。特に元来ツキのない鈴奈は、それが顕著だったと言えよう。
「わたしが美人で、誰かに迷惑をかけていますか? 漆原さんは迷惑なのですか? それがどうしてなのか、こっちが聞きたいです」
「くっ……!」
漆原さんは細い目を吊り上げると、わなわなと震え出した。
「と、とにかく! 幸手さんには辞めて頂きたいと! それが私の結論ですっ!」
ぜいぜいと声を荒げる漆原さんを見て、鈴奈は拳をぎゅっと握りしめる。
こんなの、あまりにも理不尽だ。
これまでずっと酷い目に遭い続けてきた。不運は自分の運命だと諦めていた。
でも、もう我慢の限界。どうなってもいいや。
「辞めません! だいたい漆原さんに私を辞めさせる権限なんかあるんですか!」
かつてない鈴奈の強気な態度に、漆原さんはビクっと怯む。
だが、ここで引いたら沽券に関わるのか、負けじと声を張り上げた。
「ありますとも! 私はリーダーですから!」
どうだと言わんばかりに、鼻息を荒くする。
だけど鈴奈は知っていた。それが肩書きではないことを。
以前、ハケン会社の担当者がみんなの前で、『じゃあ、漆原さん。このチームでは年長者だから、リーダーだと思ってしっかり皆さんを引っ張ってくださいね』と軽くおだてた言葉をすっかり真にうけているだけだと。
そうだとわかっていても、これまでは漆原さんが怖くて仕方がなかった。その叱責にいつも怯えていた。
でも今は、心に宿る怒りの神が、さあ戦えと鈴奈に命じている。
「お客様でもなく、ましてはハケン会社でもなく、ハケンリーダーが、私を辞めさせることなんかできるんですかっ!」
「ええ、できますとも! ちょきん、ちょきんとクビを切って見せます!」
「じゃあ、この場で私をクビにしてみせてください。もし、できるのなら!」
強い口調でそう言うと、漆原さんは、はあはあと息を荒くしてしばし逡巡した。
おかしい。こんなはずではと。この小娘はどうして私を敬わないのかと。
自分の威厳が通用しない苛立ちを隠しながらも、作戦変更とばかりに急に猫撫で声へと変貌した。
「……クビにしてもいいけど。でもね、私はあなたのためを思って言っているの。会社からクビにされたら職歴に傷がついて次の仕事も決まらないでしょう? けど自主退職すれば問題ない。だから……」
「自分から辞めるって、会社に言えと?」
「そう。あなただって、リーダーであるこの私に睨まれたままでは、この会社に居づらいじゃない? だったら自ら身を引くのが正しい選択肢じゃないかしら」
「お断りします。私は絶対に自分からは辞めませんからっ」
そう断言する鈴奈に我慢の限界が来たのか、漆原さんは椅子をひっくり返しながら猛然と立ち上がると、真っ赤な顔をして指を突きつけ怒鳴った。
「辞めろって命令してるのよっ! この唐変目がっ!!」
もしはなちゃんが傍にいれば、『それは唐変木だって』と小声で指摘したことだろう。
それはともかく。
漆原さんの金切り声に、奥で寝ていた中年社員の男がむくりと起き上がった。
「もう。ハケンさん静かにしてよ。こっちは昨日徹夜で仮眠取ってるんだからさ」
漆原さんは、はっと我に帰って、すみませんすみませんと頭を下げる。
男はつかつかと席のそばまでやってくると、漆原さんに冷ややかな目を向けた。
「あなたさあ、これパワハラですよ。良くないなあ、そういうの」
「い、いえ、違います。私は後輩への指導の一環としてですね……」
「パワハラする人はみんなそう言うんだよなあ。とにかく、今回の件は部長に報告しときますから」
「へっ!? あの、あなたは……」
「パートナー管理部の者です。ハケン会社さんの担当でしてね。これはさすがに見過ごせないですわ」
どうにもうだつの上らそうなその中年社員から、神々しい後光が射していた。
コメント
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第17話読んだよ〜!鈴奈ちゃんの怒りが爆発するところ、めっちゃエモかった😭💕 祐也の幽霊に対して「絶対許せない」って言い切る強さ、かっこよすぎる!そして職場のパワハラに立ち向かう姿にも胸が熱くなったよ…!最後のパートナー管理部の人がまさかの救世主で神々しい後光!笑 続きが気になりすぎる〜!✨