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レイド君とジャンさんの模擬戦から1週間後―――
私は冒険者ギルドの近くにいた。
ロンさん、マイルさんの守る西門から正反対の
東門、その近くにこの町の冒険者ギルドはある。
その冒険者ギルドから歩いて1分もしないところに、
山小屋を大きくしたような木造の建物があった。
そこへ、すでに顔見知りになった感のある
職人さんたちから声をかけられる。
「シンさん、こんな感じでどうですか?」
「あ、はい。それで大丈夫です」
どう、と言われてもその良し悪しはよくわからない。
ただ家畜を住まわせるには十分だろう。
「では、みなさん。
捕まえてきた鳥を中へ入れてください」
私の合図の元、4人の冒険者とギル君・
ルーチェさん・リーベンさんが各々運んできた鳥を
建物の中へと放つ。
一人だいたい2・3羽で、合計20羽に
なるだろうか。
さらに建物の中には簡易ではあるが巣箱のような物も
設置されており、100羽くらいは入る計算だ。
「1日でこんなものですか……
60羽は集めたいのですが、そうなるとあと2日は
やらなければいけませんね」
そう―――ここは巨大な鳥の飼育部屋なのだ。
なぜこんな物を作ろうとしたのかは、あの模擬戦の
3日ほど前にさかのぼる。
「シンさん!
ドーン伯爵様からのお礼の品々が届きました」
その日、私はドーン伯爵家の御用商人の屋敷まで
やって来ていた。
例の一夜干しのお礼の確認、そして受け取りの
ためである。
出迎えてくれたカーマンさんの案内で、さっそく
見せられたのは―――
「お酒、塩……油……そしてこれはお酢ですか」
油と酢に関してはこの世界にもあると
想定はしていた。
しかし、実際にこの目で見るとやはり嬉しいものだ。
油は植物性の物なら比較的簡単に手に入る。
油分の多い、パームなどの実をいったん茹でて、
それをすり潰すか絞ればいい。
手間暇を考えなければ機械は必要なく、すり鉢の
ようなもので根気よく潰して、不純物を布か何かで
濾して取り除けばそれで十分だ。
そしてお酢だが―――
これはお酒のある世界なので、それが存在する
可能性は高いとにらんでいた。
一番簡単な作りのお酒はブドウ酒、いわゆる
ワインである。
ブドウを皮ごと潰して寝かせ、元々ブドウの皮に
ついている菌が、発酵してアルコールを作る。
そしてさらにワインを蓋をせずに寝かせ、
空気中の酢酸菌? と結びついて再発酵したのが
お酢―――ワインビネガーと呼ばれるものだ。
大まかな知識しか無いが、要はお酒があれば
お酢もあると踏んでいたのである。
2リットルのペットボトルほどの高さのツボで
塩が2つ、油が3つ、そしてお酢が1つ―――
他は調理器具と思われる物が私の前に並べられた。
「ありがとうございます。
でも、お値段結構するんじゃ……
相場的にはどれくらいなんでしょう」
「そうですな。
塩はツボ1つにつき銀貨10枚、油は銀貨5枚と
いったところでしょうか。
お酢は銅貨5枚ほどです」
えっ、と思わず聞き返してしまう。
お酢ってそんなに安いんだ……
「はあ、確かに調味料ではありますが……
良く言えばお酒の副産物、悪く言えば失敗品という
扱いですからな」
う~ん……そういう位置付けなのか。
あるだけありがたいけど。
「一番高いのはやはりこのお酒でしょうか。
伯爵様が王都から取り寄せたこの1品―――
金貨10枚はするでしょう」
奮発してくれるのはありがたいんだけど、
私はそんなにお酒は好きじゃないんだよな……
あとでギルドの人たちにでも振る舞うか。
「それでですね、その……
伯爵様から、一夜干しの取引量を増やして
もらえないかとご相談が来ておりまして。
あ、あくまでも無理強いではなく、シンさんに
お任せするとの事ですから」
まあ、正直それは想定済みだ。
原価で銀貨5枚の物が金貨5枚で売れるんだから、
いくらあっても足りるという事は無いだろう。
「そうですねえ。
今は週で一夜干しが20匹、鳥が10羽ほど
ですから……
わかりました。
週に一夜干しを10匹、鳥も5羽ほど
追加しましょう」
「鳥も、ですか。
ありがとうございます!
必ずお伝えしましょう」
貯えはまだ金貨3000枚以上あるが―――
最近、いろいろと物入りだからな。
鳥も買ってもらわないと困る。
「じゃあ、えーと……
何か荷車のような物とか貸して頂けませんか?」
「あ、持ち帰られるのでしたら、行先さえ
教えて頂ければこちらで手配しますよ」
「そうですか。
じゃあ、宿屋『クラン』宛てにお願いします。
それと伯爵様にお礼と……
出来れば、今後はお金を払いますので、引き続き
調味料等の手配をお願いします」
すると、彼は一礼して立ち上がって奥の部屋に
向かって、何やら話し始めた。
多分、運搬の手続きをしてくれているのだろう。
戻ってきた彼はすでに立ち上がっていた私に、
また頭を下げると、
「それでは、宿屋でお待ちください。
それと―――」
「?? 何でしょうか」
「いえ、あの足踏み踊りの日を増やす要望を
すぐに交渉して頂いたと聞いて……!
本当に感謝しております!
もうわたくし、この町にいる間は毎日
通っております!
本当に助かっております!!」
こちらとしても、お得意様が増えるのはいい事だ。
特に御用商人ともなれば、お心づけも結構な額に
なるだろう。
というようなやり取りを経て―――
宿屋『クラン』の厨房に、塩・油・酢を置いてもらう
事になった。
「多少なら使ってもいいって……
本当にいいのかい?
こんな高級な物を」
宿屋『クラン』にお礼の品々を運び込んだ後―――
女将さんであるクレアージュさんは、塩と油を
見ながら確認するように聞いてくる。
「あれ? 塩は普通にあるんじゃ」
「ひとツボ銀貨10枚の塩なんて使ってたら
赤字だよ。
ウチじゃせいぜい、銀貨2枚くらいだ。
こっちの油も質が全然違う」
あー、そのへんは違いがあるのか。
まあ貴族様からのお礼だしなー。
「お酢は? 使わないんですか?」
「物好きの貴族様じゃあるまいし、そんな味付けの
料理はここじゃ出せないさ」
確かに、ここに住んでもう4ヶ月は経つけど……
酸っぱい料理は見た事ないもんなあ。
でも、塩と油と酢……
これと後、卵があればアレが出来るはず。
「えーっと、鳥の卵ってどこかで売ってますか?」
「あんな高級品、こんな町にあるわけないじゃ
ないか。
もし手に入れる機会があれば自分で食べるわよ」
うんわかってた。
これはまあ想定通りなので、別段驚きはしない。
本体の鳥でさえ入手経路が少ないんだから。
という事は、自分で調達しなければならない
わけで―――
今はレイド君のブーメラン特訓もあるし、それが
落ち着いたら動くとしよう。
そう思っていたのだが―――
ギルド長とレイド君の模擬戦後、鳥の飼育部屋の
土地の手配と、建設自体は職人さんたちに頼む事が
出来たものの、
「あのブーメランを、他のヤツにも
教えてやってくれんか?」
というジャンさんの言葉は断れず、レイド君と一緒に
風魔法使い5人に教える事になった。
そのうちの一人は普段から仕事を頼んでいる
リーベンさんで―――
他の4人と一緒に、ブーメランを教え込んだ。
別段、風魔法使い限定にしなくてもブーメランは
扱えるのだが、自分でそういう事にしてしまった
以上、その設定でいくしかない。
こうして、ブロンズクラスから風魔法使いを選抜、
彼らに訓練してもらい、リーベンさん含む5人の
ブーメラン使いが新たに誕生した。
ちなみに、風魔法はそれ自体が非常に珍しく、
ウィンドカッターなど攻撃が出来れば、それだけで
ゴールドクラスになれるのだという。
結果として、彼らはギル君やルーチェさんのように、
シルバークラスに昇格……とはならなかったものの、
いざという時はレイド君の指揮下に入り、
ブーメラン部隊として町の防衛に動いてもらう―――
という契約で、月に金貨2枚がギルドから支給される
事になった。
そしてブーメラン部隊は、その事に恩義を感じて
くれたのか、私の個人的な依頼を優先して聞いて
くれるようになったのである。
その1回目が、この―――『鳥集め』だった。
さすがに一気に集めようとしたら、生態系を
破壊してしまう可能性がある。
なので、ギル君・ルーチェさん・リーベンさん+
4人の冒険者と共に、川向こうの森まで狩猟範囲を
広げる事にした。
本当は飼育部屋の完成前に少しは集めて
おきたかったのだが、思ったより飼育部屋の
完成が遅れてしまったので、タイミング的には
ちょうどいいスタートになった。
余談になるが、飼育部屋の建設遅延の理由は、
そこにも排水設備を作ったためである。
床は石畳のようにしてもらい、その上に複数の
段差がある造りになっており―――
そこへ巣箱を模した木箱を設置する。
巣箱の中には草を敷き詰め、また上ブタが
開閉式になっており、これで卵を産んでいるか
どうかの確認が出来る。
さらに止まり木用の長い枝を巣箱の外にいくつか
バーのように配置してあり、鳥が居心地の良い場所を
求めるなら、止まり木か巣箱の中に行くしかない、
という寸法である。
こうする事でフンは石畳の上に落ち、水で流せば
排水出来るようになっているのだ。
特に鳥は悪食と呼ばれるほどの雑食性で、
さらに野生動物は衛生とは無関係の生活だ。
可能な限りの知識を駆使して、そこは清潔を保つ
仕組みにしておいた。
自分が作った施設が病気の発生源となったら、
目もあてられんし……
掃除の排水は1日1回、巣箱の掃除は週1、
エサと卵の確認は朝晩2回の予定だ。
仕事にあぶれているブロンズクラスはまだまだ
いるので、彼らに頼むとしよう。
「皆さん、お疲れ様でした。
鳥集めはまた明日お願いします」
頭を下げると、ブーメラン隊の4人は手を振って、
『お疲れ様でしたー!』『またお願いしやーす!』
と帰って行った。
狩猟範囲を広げたとは言ったが―――
いざ実行してみるとかなりの遠出、遠征となり、
ほぼ半日がかりの作業となった。
1日2回の遠征は時間がかかるし、何より
通常の仕事に支障をきたす恐れがあったので、
ここは一度で止めておいた方が無難だろう。
「今日はお魚の日ですので、リーベンさんは
宿屋で待機してもらっていいですか?
ギル君とルーチェさんは少し休んだ後、
私と一緒にまた川までお願いします」
「はい、いつも通りに」
「じゃあシンさん、自分らはギルド支部に
いますんで」
そして彼らと別れ―――
飼育部屋の前で、私は一人佇む。
「まあ問題はまだまだ山積みなんですけどね……」
集めた鳥は、普段捕獲している―――
ハトを一回り大きくしたムクドリのような感じだ。
そして、その異世界の鳥に関する知識は……
飼育実績→当然無い
オスメスの違い→わからん
生態系→知らん
というパーフェクト手探りでやっていかなければ
ならない。
まあ、味は地球の鳥と大差無かったし……
子供の頃、インコは飼っていたしムクドリも
保護した事がある。
それ+サバイバル・雑学知識を総動員して
対処していくしかない。
まず、エサ。
鳥は基本的に雑食性なので何でも食べる……だろう。
野菜クズや穀物、芋類が安価で入手できるし、
多分それでも大丈夫。
一夜干しを作る際に捨てている、魚のハラワタでも
いいかも知れない。
次に産卵割合だが……
エサがふんだんにあるであろう東京のハトでも、
卵を産むのは年に7、8回だという。
ただ鳥は排卵もするので、それを含めると月イチ
くらいの割合で産んでくれる……だろう。
60羽集めた場合、その半分がメスだと仮定して、
月に30個は確保出来る……だろう。
あくまでも仮定としての計算しか出来ないのが
歯がゆいが―――
もし繁殖期が決まっている鳥だと、その計算も
ムダになってしまう。
それでもやらなければならない。
冬季の収入の確保のために。
主目的はそれなのだ。
さすがに冬に漁や狩猟はしんどい。
それに冬眠でもされてしまったらお手上げだ。
魚の養殖も考えたが、地球でもそれに関する知識は
自分には全く無かった。
また、養殖用のプールやその土地の確保を考えると、
まだ鳥の方が現実的に可能との結論に落ち着いた。
「とにかく今は、やるしかありませんね」
取り敢えず私は、今日本来の仕事分―――
魚の確保のために道具屋へカゴ網の調達へ
向かう事にした。
―――3日後。
休日にあたるその日、私はメルさんの訪問を受けた。
「シンさん、ありましたよー!」
夕方に宿屋に来た彼女は、嬉しそうにそう
報告してきた。
『ありましたよ』というのは―――そう、
卵の事だ。
彼女とリーベンさんは、普段は一夜干し作りを
手伝ってもらっているのだが、そのリーベンさんから
卵用に鳥を捕獲しているという話が伝わったらしい。
それで60羽を集め終わった後、朝夕のエサやりと
卵の確認のうち、夕方の方を彼女に担当してもらう
事になったのである。
ちなみに賃金は週金貨1枚だ。
ただ、彼女は水魔法を使えるが、なるべく
ブロンズクラスの冒険者に仕事を分配したいという
考えから、掃除は別の人に任せている。
またエサやりと卵の確認も、月4週のうち
2週間だけにしてもらった。
「おお、これがあの鳥の卵ですか」
メルさんが持ってきてくれたカゴの中を見ると、
地球で普段見ていたニワトリの卵の2/3ほどの
大きさのそれが、7個ほど入っていた。
聞くところによると、それは1つの巣箱に入って
いたとの事で―――
つまり1羽で1度にそれだけ産むという事だ。
多産系だったのは嬉しい誤算である。
あとはこれで、繁殖期しか産まないという事が
無ければ……
と考えているところ、ふとメルさんに視線を移すと、
目をキラキラと輝かせながらこっちを見ている。
明らかに『おすそ分け』を期待している表情で……
「あー……すいません。
この卵はちょっと用途が決まっていまして」
私の言葉にショックを受け、彼女はわかりやすく
絶望的な表情に変わる。
「い、いえ!
試したい事があるだけですから!
ちょっと待ってて頂けませんか?」
そして助けを呼ぶように、『クラン』の女将さんを
呼び―――
「あの、クレアージュさん!
ちょっと厨房お借りします!
それと、取っておいた魚を焼いて、
ほぐし身を作って欲しいのですが……」
そう―――
この時のために、いつもは取り置きしない魚を
5匹ほど生きたままキープしていたのである。
そして魚料理は女将さんに任せ―――
私は調味料の制作に着手した。
まずはボウルのような容器に、次々と卵を割って
入れていく。
それを興味津々でメルさんが見つめている。
「焼くんですか? タマゴ……」
「焼きますがそれは後でですね。
それと―――」
本来なら卵黄だけの方が後でコクが出て、味も濃く
なるのだが……
こちらでは貴重な卵を、そんな使い方は出来ない。
卵黄、卵白、共に全部かき混ぜ―――
さらにそこへ、伯爵様からもらったお酢を投入する。
「ななな、何してるんですか!?」
まあ彼女から見れば、高級食材を台無しにしている
ようにしか見えないだろう。
さらにそこへ油を注ぐと、無言かつ涙目で
『うぎゃあぁああもったいねええええ!!』と
心の声が聞こえるような視線を向けてくる。
それを無視するように、こちらは無心で
かき混ぜ続ける。
家庭科で習った分量は確か……
卵2・お酢1・油7……だったはず。
そこに味付けで塩を少々入れて―――
「……何デスカ、コレ?」
出来上がった『それ』を見て、メルさんは
聞いてきた。
まあ完全に未知の物質だろうしなあ。
黄色く、それでいて粘性のある……
そう、地球ではポピュラーな調味料、マヨネーズだ。
それではさっそく味見を―――
出 来 る わ け が な い。
日本では卵の生食は普通だが、あれは病的なまでに
徹底した衛生管理の賜物だ。
本来、悪食と呼ばれるほどの雑食性である鳥は、
肉であろうが内臓だろうが卵だろうが、生食は
厳禁である。
食べるには加熱が絶対条件で―――
つまり私が作ったマヨネーズは、こちらでは
お手軽に使える調味料ではないのである。
伯爵様からもらった調理器具の中にはガラス瓶も
あり、これなら密封出来るので、取り敢えず出来た
それを封印するようにそこへ入れる。
容量としては1リットル弱程度だろうか。
全てが終わった後―――
念入りに手を洗い、使った道具を洗い、そこで
ようやく私は一息ついた。
それを見ていたメルさんは、危険物を見るような目で
マヨネーズの入ったビンを凝視していた。
「……メルさん、それ、絶対ナマでは触らないように
してくださいね。
もし触ったら手を十分に洗うように……」
「りょ、了解でありますっ」
少し脅かし過ぎかも知れないが、この世界の
医療水準を考えると、これくらいがいいだろう。
と、そこへクレアージュさんがやってきた。
「お待たせ。取り敢えず3匹ほど……
って何だいそれ??」
やはり女将さんも見た事が無い物のようだ。
酢と卵と油を混ぜた物だと説明すると、目を丸くして
驚いていた。
それと、このままでは食べられない事も。
「ああ、確かに卵はナマではダメだね。
で、これをどうするんだい?」
「ほぐし身に絡めて、一緒に焼いてもらえますか?
とにかく熱を通さないといけませんから」
クレアージュさんは腕を組んで『んー』と
悩んでいたが、
「全体に加熱したいんだったら、蒸し焼きみたいに
した方がいいかもねぇ。
ちょっと伯爵様からもらった調理器具、借りても
いいかい?」
「あ、お願いします。何でも使ってください」
こうして調理は女将さんに任せ―――
私とメルさんは近くで待機する事になった。
そして10分もしないうちに匂いが立ち込め、
それが手際よく皿に盛られ、テーブルの上に
置かれる。
「これでいいかい?
香りは美味しそうだけど……」
焼きツナマヨもどきとでもいうべきそれは―――
明らかに、この世界の料理とは一線を画していた。
私が先に味見を、とでも言うようにスプーンを
差し出され、それを受け取ると料理をすくい、
口の中へ入れる。
まるで熱々のチーズのように、それはトロリと
フレーク化された魚に絡み―――
卵の食感と味が、久しぶりの地球の味を
思い出させてくれる。
「美味しいです! さすが女将さん。
それで、お2人にも味を見て欲しいのですが……
どうですか?」
「はいっ!」
「じゃあ、遠慮なく」
私の味見を見ていたメルさんと女将さんは、
待ってましたとばかりに料理に手を付ける。
そして反応は―――
「うっめえええええええ!!
タマゴってこんなに美味しいんですかあ!?」
「自分で料理しておいて何だけど……
これは、今までのどんな料理より美味しいわ!」
マヨネーズで作られた料理は好評のようで―――
これなら冬の間の収入源も大丈夫かな、と安心して
いると、
「それでアンタ。コレ、どうするんだい?
売るの?」
「あ、はい。そのつもりですけど?」
すると、女将さんはマヨネーズの入ったビンを
まじまじと見つめ、
「……それ、卵どれくらい使った?」
「持ってきた7個全部です!」
私の代わりにメルさんがクレアージュさんの問いに
答え―――
そして彼女は頭を抱える。
「アンタねえ……
卵は下手したら薬より高いんだ。
王都に行った時に見た事があるけど―――
その時は1個で金貨1枚だったよ。
つまりコレは、原価だけで金貨7枚はするのさ。
それと油と酢で……
この町じゃ誰も買えないよ、こんなの」
メルさんがあまりの高級さに驚いたのか、
目を白黒させている。
今のところメルさんの収入は私に関係する仕事の
ウェイトが大きく―――
一夜干しの手伝いと鳥の飼育小屋で、月に
金貨10枚……
つまり、一ヶ月の働きの7割が今作ったマヨネーズで
吹き飛ぶワケだ。
「さすがに私も、そんな高値で売れるとは思って
いませんよ。
それにあくまでもこれは調味料という
扱いなんです。
えっと―――
ちょっと待ってください」
私は厨房の中を見渡し、作り置きのパンに
目を付ける。
「ちょっとこれ使いますね。
これを、こうして……」
ここのパンはアーモンド形で少し固い。
食べられないほどではないが、いいアゴの運動になる
くらいには。
保存も兼ねているので仕方ないんだろうけど。
それの中心に切れ目を入れて、ホットドッグのように
ツナマヨもどきを入れて挟み―――
「こういうのはどうでしょうか?」
2人に差し出すと……
ヨダレを垂らそうとばかりにするメルさんを横目に
女将さんが、ほう、と感心したような声を出す。
「面白いねえ。
乗せるんじゃなく、付けるでもなく……
これもアンタの村の料理かい?」
そう言うと口に含み……
メルさんはワイルドに食い千切るように分離させて
食べるが、クレアージュさんの方はそこそこ苦労
しているようだ。
それでも何とか小さくなったパンの一片を
口に入れ、噛み砕く音からしばらくして
飲み込む音へ移行し―――
「うめえっす!!」
「なるほど。これなら少し挟むだけだから、
量は抑えられそうだね」
しかし、パンの固さは問題だろう。
子供たちや老人も食べるとなると、何とかしなければ。
「あ……
そういえばこの料理って、蒸して作ったん
ですよね?
という事は蒸し器があるんですか?」
「アンタが持ってきてくれた調理器具の中にあったよ。
それで作ったんだから」
グッジョブだ伯爵様。
今初めて心から彼に感謝を捧げる。
「じゃあ、それで……」
クレアージュさんに、地球での知識を試してもらう。
食パンの話だが、蒸し器で1分ほど蒸すと柔らかさが
戻るとか何とか。
さすがに料理人でもあるので飲み込みは早く、
私の説明を理解してパンを蒸してくれる事になった。
そして1分後……
「うおおぉおお!?
これが、あのパンですか!?
すっげー柔らけー!!」
「蒸したら、パンもこうまで柔らかくなるもの
なんだねえ。
長年メシ作ってきたはずなのに、驚く事
ばっかりだよ」
私にはそんなに驚くほど柔らかさが戻ったとは
思えないが……
確かに、地球で食べていたちょっと固めの
パンくらいにはなっている。
これなら孤児院の子供たちでも大丈夫だろう。
「しかし、これで調理するとなると……
このパン料理なら大量に作れそうだけど、
1個銀貨5枚か6枚かもらわないと……
でも高過ぎても売れないし、う~ん……」
女将さんは買う方向で考え始めているようだが、
やはり値段がネックのようだ。
「私としては、もっと気軽に食べてもらう値段で
出して頂きたいのですが……」
「気軽ったって―――
魚だって焼かなきゃいけないし、パンも
付けなきゃならない。
1個銅貨4、5枚にでもするんだったら、
そのひとビンで銀貨3枚ってところだよ。
いくら何でも」
「あ、じゃあ銀貨1枚で」
それまで口を動かしていた女将さんは、メルさんと
合わせるような感じで動作を停止した。
しゃべれるのを思い出したかのように、彼女は
大きく息を吸って口を改めて開き、
「アンタねえ、何を考えているんだい?
聞いた話だと、この卵のために大きな
鳥の飼育小屋まで作ったんだろ?」
「その辺はまあ、広告宣伝といいますか―――
『この町では』安く売りたいと思っています。
それに今の私には、高く買ってくれる人が
いますので、儲けはそっちで出そうかなーと。
そのためにも、卵を新しい方法で使った料理は
美味しいという評判が必要でして」
腕組みをして考え出す女将さんと、話について
いけないメルさん、そして私の3人で厨房の
一か所に固まっていると、外から声がした。
「女将さーん!
そろそろ夕食の用意いいかい?」
その声に一度クレアージュさんは振り向くと、
私に向き直り、
「……わかった!
でも条件が破格過ぎて怖いから、アンタの宿代と
メシ代は今月からタダにしてあげるよ」
「本当ですか!?
じゃ、じゃあ卵が入手出来たら、これを
『クラン』に優先的に卸す事にします!
あと今残っているこれも無料で差し上げます!」
思わぬ申し出に思わず大声を出し、そして条件を
追加する。
「はあ……
それで、この調味料は何て言うんだい?」
「マヨネーズ、です」
そうして、この世界にマヨネーズを伝える事に
成功し―――
その夜、宿屋『クラン』はマヨネーズを使った
いろいろな料理が提供され、大盛況となった。
その中心に、メルさんが陣取っていた事は
言うまでもない。