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この異世界へマヨネーズが伝来してから
2週間ほど後―――
伝道主である私の手を離れ、それらは順調な進化を
遂げていた。
ツナマヨもどきの後は当然鳥も試され、
鳥マヨとなって町を制圧しつつあった。
また豊富な芋類にも使えるんじゃないかと
クレアージュさんに提案され―――
安価なポテマヨもどきは今や子供たちの
人気メニューでもある。
ていうか芋類を使う事は頭から抜けていた。
何でわざわざ手間のかかるツナマヨから
入ったんだろう……
私は結構こういう具合に考えが空回る事があるので、
注意しないと。
そして結局―――
鳥マヨサンド=銀貨1と銅貨5枚(1500円)、
ツナマヨもどきサンド=銀貨1枚(1000円)、
ポテマヨもどきサンド=銅貨5枚(500円)……
程度に落ち着きつつあった。
当初の想定より高値になってしまったが、別段
高級路線に変更したわけではなく―――
需要が高まり過ぎて値段が高騰してしまった形だ。
ただ、孤児院の子供たちへ持って行く分は、
材料全部こっち持ちで特別に無料で調理してもらい、
また普通に子供へ売る分も半額程度に抑えて売って
もらっている。
月初めのマヨネーズは無料、という条件でだが……
卵も今のところ、2日に1回くらいの割合で、
5~8個程度の生産量になっている。
このままいけば、月に100前後は確保出来るかも
知れない。
現状、卵6個ベースでマヨネーズひとビンと
なっているから、月産15ビン程度になる計算か。
まあ、他にも用途はあるんだけど。
そんな事を考えている私が、今どこにいるのかと
言うと―――
「お待たせしました、シンさん。
では、契約内容と条件をご確認ください」
ドーン伯爵様の御用商人のお屋敷で、カーマンさんと
新たな取引について詰めていた。
もちろん、マヨネーズについてである。
まだ王都へは出荷していないようだが、伯爵様へ
試食用を献上した結果、大変気に入ったらしく……
ひとビンにつき金貨50枚を提示してきた。
王都では金貨100枚でも売れるだろうという、
正直な予想付きで。
さすがに高額過ぎる提案に、こちらも思わず
聞き返してしまう。
「い、いくら卵をふんだんに使った調味料とはいえ、
こんなに高く売れますかね?」
商談のため持ってきた、今日出来立ての
『まよねーず』を見ながら、カーマンさんの
返答を待つ。
「何を仰いますやら!
あんなにあらゆる料理に合う調味料は、
生まれて初めてですよ!
伯爵様は金貨100枚と言っておられますが、
入手困難であればそれ以上に値上がりする事も
十分考えられる品でございます」
まあ、地球でも香辛料とかは、昔はすごい
高値だったと聞くしな。
それにこちらは、食事はどちらかというと
娯楽のカテゴリーに入るから、とことんこだわる
お金持ち相手なら需要はあるのだろう。
「しかし―――
この町では非常に安く、その『まよねーず』料理を
食べる事が出来るのですが……」
「そのあたりは利益度外視と言いますか。
まずは広く知ってもらおうと思いまして」
確かに、調味料として使っているだけとはいえ、
商人であるカーマンさんに取っては、不当とも
言える安さに見えるかも知れない。
秘密にしているけど、宿屋『クラン』には銀貨1枚、
他の宿屋や飲食店にも銀貨数枚程度で卸していると
知ったら、どんな顔をするんだろうなあ……
と、彼の顔を見ていると、契約内容に不安を
感じたのか、書類をちらちらとのぞいている。
すぐに私は商談モードに戻り、
「えーと、値段ですけど」
「はい」
「金貨50枚を、40枚にしてもらえますか?」
きょとん、と私と書類の間をカーマンさんの
視線が行き来し―――
「え? えーと……値段を下げるんですか?
上げるんじゃなくて?」
「はい。その代わりと言っては何ですが……
油とお酢と塩を引き続き……
特にお酢と油を今より多く融通して頂きたく」
「なるほど。そういう事でしたら」
その後はスムーズに話が進み―――
納入する量はまたこちらに一任するという事で、
契約はまとまった。
「それでは、本日はお疲れ様でした。
……はぁ」
カーマンさんは各種の書類をトントンとテーブルの
上で整えると、ため息混じりに挨拶してきた。
「?? どうかしましたか、カーマンさん。
お疲れな事でも……」
「あ、いえ失礼……
この後、報告のために伯爵様のお屋敷へ、
それから王都へ商談のために向かわなければ
ならないのですが……
この町から離れるのが辛くて……
あぁ、魚が、肉が、お風呂が、トイレが……
そして足踏みがぁあ……」
気の毒には思うが、正直出来る事も無い。
そういえば伯爵邸って今どうなっているんだろう。
「伯爵様のお屋敷には、この町にあるような
お風呂や水洗トイレは無いんですか?」
「いえ、町にシンさんが作られたのを真似して、
すぐにお屋敷にも整備されましたよ。
使用人にも開放されております。
ただ、やはりこの町ほど気が休まらないと
言いますか。
それに何と言っても、足踏み踊りがありませんと」
ふーむ、とうなずき―――
ふと頭に湧いた疑問を口にする。
「足踏み踊りは?
そっちは伯爵様が何か言っているとか、
聞いた事が無いですけど」
「わたくしの話を聞いて、興味は持たれたみたい
ですけど、どうも平民に踏まれる事に抵抗が
あるようですね。
一度経験してもらえば、そんなお考えも変わる
でしょうに」
なるほど。
身分差のある世界だし、そういう偏見もあるよな……
取り敢えず契約は締結され、商談は
終わったので―――
いったん宿屋『クラン』へ戻る事にした。
「シンさん!」
「あ、パックさん」
宿屋に到着すると、見知った顔があった。
遠目からなら女性と見間違うくらいの長髪をした
この男性は―――
この町の薬師である。
年齢は20代後半、身長は私とほぼ変わらず、
体格的には細身と言っていい。
冒険者ではないが、薬草採取の依頼を出したり
するので、ギルドとは関係の深い人物だ。
「今日はどうかしましたか?」
「あ、あの、さっそくなんですが―――
熱を出した子供が……」
その言葉に思わず厨房の方へ振り向き、この宿屋の
女将さんを呼ぶ。
「クレアージュさん!!」
「今作っている最中だよ!
そこで待ってな!」
彼女の返答を聞いて、2人で顔を見合わせて
ホッと胸をなでおろす。
「す、すいません。
もう伝えていると、先に話すべきでした」
「い、いえ、大丈夫です。
そういう取り決めでしたから」
ここでいう取り決めとは―――
卵の『他の用途』についてだ。
話は一週間ほど前に遡る。
この町唯一の治療関係者ともいうべきパックさんと、
ギルドである話し合いが行われ、決めた事があった。
もちろん、女将さんにも話は通してある。
それは―――
卵を『病人食』として提供する事。
何だかんだ言って卵の栄養価はずば抜けて高い。
薬師の彼も栄養学はわからないものの、動物性の
食事を摂れば回復は早い、というのは先人から
伝わる知識として心得ていた。
そして、これはこちらの世界の知識だが―――
もし病気やケガをした場合、助かる確率は子供の方が
圧倒的に低いのだという。
これは魔力制御が関係していて、身体強化を
使えるほどに成長すれば、生きてさえいれば
たいていのものは回復する。
しかし魔力制御が未熟な子供の場合はそうは
いかない。
そこで、外部から取り入れる食事の質が、そのまま
回復と生存率に直結する。
まあその辺りの事情は地球でも同じだろう。
「それで、熱を出した子は―――
孤児院の?」
「いえ、孤児院の子ではありません。
そもそも今のあそこの食糧事情はかなり
改善されておりますので……」
不謹慎ではあるが、彼の答えにホッとする。
確かに、今ではほぼ毎日肉か魚が食卓に
上がるようになっている。
おかげで自分の休日が潰れているのだが……
「それで、その子の容態は?
どんな感じでしょう」
「熱は僕が調合した薬で下がっていますが、
思ったより体力が……
それで、例の病人食を使わせて頂く時だと
判断しました」
そう。その辺りの判断は彼に一任している。
それは専門家に任せた方がいいというのもあるが、
病人食欲しさに騙す人が出てくる可能性も考慮して、
である。
その肝心の病人食とは―――
米にしたら3合ほどの麦粥に、3個の卵、そして
細かく刻んだ鳥と魚をぶち込んで煮たものだ。
ごちゃ混ぜにもほどがあるが、この町で考えうる
最高の栄養食には間違いない。
やがて10分もすると―――
『それ』が調理人の女将さんの手によって、
小さな鍋に入れられて目の前に出された。
ふわ、と過熱された卵の匂いが鼻をくすぐる。
麦ご飯は匂うと言うが、卵が一番存在感が強いのか、
嗅覚に嫌な感じはしない。
むしろこれが朝食なら最高だ。
「はい、お待ちどおさま。
途中で落っことしたり、つまみ食いしたり
するんじゃないよ」
「しませんよっ!」
彼は大事そうにそれを抱えると、何度も頭を下げ、
宿屋から出て行った。
それを私とクレアージュさんは見送り―――
「はー……
ったく、いいのかい?
アレを無料でなんて……」
「まあ、緊急事態を想定してのものですし。
それに、ギルドの評判を上げるのと引き換え
ですから」
そう―――
これは個人的な取引ではなく、ギルドも一枚
かんでいるのだ。
正確にはギルド長のジャンさんがこの話に、
大いに乗り気だったという事情もあった。
理由は言うまでもなく孤児院だ。
ただ先ほどパックさんが言った通り、孤児院の
食事はこの町の中でも相当高いレベルのものが
提供されており―――
それは詰まるところ、栄養状態が良い訳で。
案の定、孤児院以外から『病人食』がスタート
する事となった。
ただ、『病人食』は話の流れで出ただけで、
本題は別にあった。
私がこの町に来てからというもの―――
本来、仕事にあぶれていた人たちの詰め所という
イメージがあった冒険者ギルドだが、
鳥や魚の捕獲処理・下水道・公衆浴場・鳥小屋と
働ける選択肢が増えた事によって、
ブロンズクラスの定番だった薬草採集の依頼が
不人気となってしまい―――
その元凶というか、原因である私に相談が
舞い込んできたのである。
メリットもあればデメリットも当然あるわけで……
やはり、どこにも影響を出さずに全てが上手くいく、
なんて事は非現実的だと痛感する。
『ジャイアント・ボーア殺し』という肩書の私に、
表立って異を唱える事ははばかられ―――
町としても、唯一の医者とも言える貴重な薬師の
扱いは無下には出来ない。
という微妙な板挟みの中で、ギルド長と自分、
そしてまだ私の依頼や仕事にあまり関わっていない
ブロンズクラスの方々を集めて話し合いが行われ……
卵用の鳥を捕獲した時のように―――
月に何度か、複数のメンバーで『遠征』を行い、
パックさんを護衛する形で薬草採取をする事が
決められた。
ちなみにこれは私からの依頼も兼ねている。
というのも、鳥や魚の消費量が目に見えて
上がっており、いい加減この付近の資源量に
不安を感じ初めてきたからだ。
なので、メインは離れた場所からの鳥や魚の
確保と運搬。
もちろん薬草も運ぶが、量はたいした事は
無いだろう。
ギル君とルーチェさんも参加するので、
護衛はそれで十分のはず。
まだパックさんから『遠征』の依頼は無いが―――
一先ず今日はやる事も終わったし……
夕食まで時間もある。
少しひと眠りでもするか。
こうして私は、今や完全に自室となっている
宿屋の2階の部屋へ戻った。
「シンさん! いるかい?
お客さんだよ」
ドアを叩く音と、クレアージュさんの声で目覚める。
だが、どうもそれは夕食を報せに来てくれた訳では
ないようで……
取り敢えず起き上がり、身なりを整えてから
足早に階段を降りる。
そこで待っていたのは―――
「あ! シンさん」
「パックさん?
あの、まだ何かありましたか?」
『病人食』を届けた後、何かあったのだろうか。
まさか容態が悪化した?
でも、自分にそれを話されても出来る事は……
「い、いえ!
あの『病人食』は素晴らしいものです!
食欲が無かったと言っていた子が、
たくさん食べてくれましたので……」
「そ、それは良かったです。
でもどうしてここへ?」
まさかその報告のためだけに来てくれたのか?
律儀な人だなーと思っていると、
「あの、例の『遠征』についてです。
薬や薬草が心もとなくなってきましたので。
今回の治療で、残りが無くなった薬草も
ありますし」
ああ、そうか。
話し合いをしたのは一週間くらい前だったけど、
その時はいつ『遠征』するかまでは詰めていなかった。
「わかりました。それでいつ―――」
「出来れば明日にでも」
「……明日?」
「はい、明日」
『何かおかしい事でも?』というような表情の
パックさんを前に―――
しばらく思考を停止させ、魂を宇宙へ飛ばす。
私もこの世界に来てから約半年―――
慣れたと思っていたが、遅刻厳禁、時間厳守という
日本人の感覚からすると、やはり違和感を覚える。
予め、無くなるのを予想して前もって、余裕のある
スケジュールで……というのが現代人の感覚だろう。
だがその一方で、こちらでは「仕方ない」と
思うのも事実だ。
この町というか異世界では―――
ほとんどの人がカツカツの生活水準で、
足りなくなったらその都度補充、という
原始人的スタイルが主流だ。
さすがに穀物などは貯蔵してあるが。
そして薬師であるパックさんもまだ生活レベルは
高い方だが……
それと保存が可能かどうかはまた別の話。
保存には2つの条件がある。
一つはその方法、そしてもう一つは場所の確保だ。
現に彼は、町の食糧貯蔵庫の一角に薬用の
保存スペースを取ってもらっている。
だが、それはせいぜい冷暗所という条件下に
おいてであり―――
それでは保存が効かない種類の薬も当然ある。
そういった薬は『無くなったら』補充するしかない。
定期的に納入して、一定期間経ったら入れ替えると
いうのは、余裕がある考えなのだ。
そしてこの町に、定期的に薬を購入する余裕など
無いのだろう。
「あの、明日は何か都合が悪いとか」
こちらが考え込むのを見て、不安そうにパックさんが
口を開く。
「いえ、私は大丈夫です。
ですが、『遠征』に行くメンバーが今日明日で
揃うかどうか……」
ギル君とルーチェさんは私の専属のようなものだし、
仕事以外の日でも大丈夫だろう……多分。
あとはブロンズクラスの人たちだけど、忙しい……
事は無いか。
あれ? 結構大丈夫そうな気がしてきた。
そんな私の表情を見て、彼はまた
『何かおかしい事でも?』と言うような視線を
向けてくる。
そうだね、おかしい事は無かったね。
貴方の方がこっちの世界で長く暮らして
いるんだから。
「わ、わかりました。
では翌朝にでもギルドへ伺いますので」
「はいっ! よろしくお願いします!」
そして私は彼と別れ、明日に備えて早く寝る事にした。
―――明けて翌日。
いつものようにギル君とルーチェさん、そして
ブロンズクラスの新顔の3人を連れて―――
パックさんと一緒に森へ繰り出した。
新顔3人の年齢はどれも10代後半といったところ
だろうか。
性別は男が2名、女性が1名。
聞けば3人とも、基本的な身体強化は使えるもの、
他にこれといった魔法が使えず、良く言えば時間が
あり、悪く言えばかなり逼迫した生活だったという。
それでも、公衆浴場で雑用の仕事をもらえるように
なったので、以前よりマシらしいが……
何でも3人とも同じ村の出身で、この町から
3日ほど離れた村からやって来たらしい。
村では食っていけない、という理由で。
そういう苦労している若者を見ると、何とかして
あげなければと思うのは、歳を取った証拠なの
だろうかと実感してしまう。
ちなみにこの世界では魔法は大まかに分けて4種類。
火・土・風・水があり、ミリアさんやレイド君、
ギルド長のような特殊系は例外的なレアとの事。
4種類の中なら風が一番レアで、水は結構ポピュラー。
火と土は攻撃に使えるかどうかで評価が天と地ほどに
別れてしまう。
ちょうど少し前のルーチェさんのように……
そして3人ともがその、火と土は使えるけど
攻撃特化ではありません、という微妙な位置付け
なのだという。
しかし下水道工事では火魔法・土魔法共に大変
お世話になったわけで……
いっそ土木工事専門の依頼でも立ち上げるか。
と、一人考え事をしていると没頭し過ぎて
いたのか、気が付くとギル君が私の目の前で
手をひらひらとさせて、反応を確かめていた。
「あ、すいません。
ちょっと考え事をしていました」
「カンベンしてください。
『ジャイアントボーア殺し』にボーッと
されちゃ、何かあった時、自分らにゃどうにも
ならないですよ……」
しかし、かれこれもう2時間は歩いている。
目印にしている川の下流へ下流へと移動していて……
私は『護衛対象』へ振り向き、
「えーと、パックさん。
薬草採集はどこらへんまで行けば……」
すると、別人のように目をギラギラさせた
彼がそこにいて―――
「ハイ! ではこの辺りで採取をします!
ここは素材の宝庫です!!
選り取り見取りですウヘヘヘヘヘ……」
何か変なスイッチが入ってしまったのだろうか。
そのまま視線を遠征組の5人へ移動させると、
彼らへ指示を出す。
と言っても、川と適当な草むらに魚と鳥の
罠を設置してもらうだけだが。
例のごとく新顔3人にも仕掛けを説明するも、
理解してもらえず―――
『そういう魔法がかけてあります』で納得余裕でした。
パックさんへは私の目の届く範囲で採取してくださいと
注意して、それぞれが作業に入った。
「何か危ない目にあったらすぐ大声を出すように。
そして逃げてきてください」
それから10分もすると―――
ギル君とルーチェさんは慣れもあってか、私が
待機している場所まで戻ってきた。
私はちらちらとパックさんを見守りながら、
近況などを彼らにたずねる。
「孤児院はどうでしょう。
今のところ、変な動きはありませんか?」
2人は息ぴったりに首を上下に振って、
「少なくとも、町中で妙な事を考える人は
いないと思います」
「ギルド長とシンさんが、孤児院に懇意に
しているのは周知の事実ですし……
よほどの命知らずでも無ければ。
どちらかと言うとわたしが不安だったのは、
新しく来た子たちですね」
?? 新しく―――という事は足踏み踊りの
新スタッフに入った子供たちか。
「その子たちが、どうして?」
私が首を傾げると、2人とも唇をきっと一直線に
結んで、
「親に―――奴隷として売られる可能性が……」
「こればかりは、わたしたちにはどうにも……」
「…………」
そういえば、奴隷制がまだある世界だったっけ。
確かにそれは合法で、親がそうすると言い出したら
こちらに止める権利は無い。
しかし、その話は実はギルド長からも聞いていた。
そしてギルド長の見解は―――
「それは大丈夫です。
気にしないでいいと思いますよ」
その言葉に、2人ともパッと猫のように目を丸くして
すがるように見つめてくる。
「ど、どうしてですか?」
「もし親が売るって言ったら、止める方法が
あるんですか?」
彼らの問いに、私は首を左右に振り―――
「えっと、ジャンさんが話していたんですけど……」
―――回想中―――
某日、私と彼はギルド長の部屋で話し合っていた。
そして懸念について、ジャンさんは説明し始めた。
「確かに、親が売ると決めたらこちらに口出す
権利も権限も無いけどな。
ただ、子供を奴隷として売るというのは最終手段だ。
このままだと全員餓死するとか、共倒れとか……
親に取っても苦渋の決断なんだよ、そりゃ。
だから条件は―――
メシを食わせてくれる事、これに尽きる。
少なくとも今以上に、だ」
「で、ですからそれが問題なのでは」
私の反論に、ギルド長は深くため息をつき、
「……あのなあ、本気で言っているのか?
今この町じゃ、ガキを足踏み踊りの働き手として
孤児院に預けりゃ―――
肉や魚を食わしてもらえるんだぞ?
そうじゃなくても、公衆浴場は無料。
ほとんどの施設のトイレは水洗になって清潔。
王都にいる下級の貴族でも、こんな生活は
無理だろうよ。
これ以上の暮らしをさせるなんて―――
奴隷を買う方が赤字になるぜ」
―――回想終了―――
「……というような事を言われましてね」
私の説明に、1組の少年少女は、納得したような、
呆れたような表情になる。
「あー……そういえば、この近辺に来る冒険者も、
わざわざ遠回りしてでも、町を通過点か拠点に
するって聞いた事があります」
「確かにわたしも、お肉やお魚は……
シンさんが来てからというもの、
今まで生きてきた分の10倍くらいは
食べちゃっているよーな」
おおげさでも比喩表現でもなくそうなんだろう。
安価で美味しい食事、そして風呂は……
どこの世界でも時代でも人を惹きつけるものだ。
さらに未知のマッサージまであるのだ。
一度体験すれば、カーマンさんのように病みつきに
なるだろうし。
私の話を聞いて気が抜けたのか、2人の顔から
緊張は消え失せた。
「あ、2人とも―――
あの3人を見てきてください。
手間取っているかも知れませんから。
ここではギル君とルーチェさんが『先輩』
なんですからね」
「あ、はい」
「わかりました、行ってきまーす」
私の新たな指示に、彼らは走って行った。
「…………」
ギルド長に言われた言葉―――
ウソはついてないが、彼らに話していない事があった。
実は彼の話には続きがあったのだ。
だがそれは、彼らを不安にさせるだけだと思って
言えなかった。
―――回想中―――
「……王都にいる下級の貴族でも、こんな生活は
無理だろうよ。
これ以上の暮らしをさせるなんて―――
奴隷を買う方が赤字になるぜ。
だが、だからこそ……
強硬手段に出てくる可能性はある。
その時はよろしく頼むぜ。
『ジャイアント・ボーア殺し』!」
―――回想終了―――
「まあ、そんな事は無いに越した事は
ないんですが……」
2人の後ろ姿が完全に見えなくなるのを待って、
私は独り言のようにつぶやいた。