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第八話「心配と心配」
朝。
「佳ー、起きてー」
いつも通りの声。
「……起きてる」
ベッドの上で体を起こす。
(……最悪だな)
体が重い。
喉も痛い。
胸の奥に、まだ鈍い違和感が残っている。
——でも。
(行くしかねぇ)
今日は、決めていた。
⸻
「今日さ、俺ちょっと用事ある」
朝ごはんを食べながら、何気なく言う。
「え、珍し。なに?」
山本美憂が首をかしげる。
「ちょっとな」
「なにそれ、曖昧すぎ」
「すぐ終わるから」
「……ふーん」
少しだけ怪しむ顔。
でも——
「じゃあ先帰ってるね」
「おう」
それで会話は終わる。
(……ごめん)
心の中でだけ、謝る。
⸻
放課後。
佳は一人で学校を出た。
いつもと逆方向へ。
足取りは、重い。
(……来たくねぇな)
正直、それが本音だった。
でも——
(逃げても意味ねぇ)
ゆっくり歩く。
そして——
白い建物の前で、足が止まった。
病院。
「……はぁ」
一度だけ深く息を吐いて、中へ入る。
⸻
診察室。
「……症状、進んでますね」
医者の声は、淡々としていた。
優しさも、残酷さもない。
ただの事実。
「……そうすか」
「昨夜、かなり強い発作があったのでは?」
「……まぁ」
隠しても無駄だと分かっている。
「吐血もありますね」
「……はい」
視線を逸らす。
それを口に出されると、妙に現実味が増す。
「……正直に言います」
医者が少しだけ間を置く。
「進行は、予想より早いです」
「……」
「鎮痛剤と咳止めは出しますが、“抑えるだけ”です」
「……分かってます」
「根本的な改善は、難しい」
静かな宣告。
もう一度。
念を押されるように。
(……ああ)
(やっぱりな)
どこかで、分かっていた。
⸻
「……あと、今日は輸血をしていきましょう」
「……今からっすか」
「ええ。このままでは日常生活も厳しくなる」
「……」
一瞬、迷う。
(……時間、かかるよな)
帰るの、遅くなる。
美憂に、何か言われる。
でも——
(倒れるよりマシか)
「……お願いします」
⸻
数時間後。
点滴の管を見つめながら、ぼんやりと天井を見る。
(……なにやってんだろな、俺)
学校終わって、病院来て。
輸血して。
薬もらって。
(普通じゃねぇよな)
同級生は、今頃遊んでる時間だ。
笑って、バカやって。
(……俺も、そっち側だったのにな)
少し前までは。
⸻
「こちら、お薬です」
帰り際、袋を渡される。
鎮痛剤。
咳止め。
いくつかの薬。
「……ありがとうございます」
それを受け取る手が、少し重い。
(これで、誤魔化すだけ)
延ばしてるだけだ。
終わりを。
⸻
外は、すっかり暗くなっていた。
「……遅くなったな」
スマホを見る。
メッセージはない。
(……気づいてないか)
それとも——
(気にしてないか)
少しだけ、胸がチクリとする。
「……帰るか」
⸻
家。
ドアを開けた瞬間——
「佳!?」
勢いよく、美憂が駆け寄ってきた。
「……おう」
「遅すぎ!どこ行ってたの!?」
「ちょっと用事」
「その“ちょっと”長すぎでしょ!」
怒ってる。
でも——
目は、明らかに心配してる。
「連絡くらいしてよ!」
「悪い」
「ほんとに!」
少しだけ、声が震えている。
(……ああ)
(心配してたのか)
胸が、少しだけ温かくなる。
でも同時に——
(……ごめん)
って気持ちも強くなる。
⸻
「……で?」
「ん?」
「どこ行ってたの」
じっと見てくる。
逃げ場のない視線。
(……さて)
一瞬だけ考えて。
「ちょっと寄り道」
「どこに?」
「……適当」
「適当ってなに」
「なんとなく歩いてただけ」
「……一人で?」
「ああ」
沈黙。
数秒。
そして——
「……ふーん」
明らかに、納得してない。
「なんだよ」
「別に」
「絶対なんかあるだろ」
「ないって」
「……」
視線が、少し逸れる。
そして——
「……他の子と、とかじゃないよね」
小さな声。
「は?」
「だって、帰り遅いし……」
言いながら、だんだん声が弱くなる。
「……ちょっとくらい、疑うじゃん」
完全に、嫉妬。
(……はぁ)
思わず、ため息が出そうになる。
(そうなるか)
でも——
(それでもいいか)
“病院行ってた”よりは、よっぽどマシだ。
「ねぇ、ほんとに?」
不安そうに見上げてくる。
その顔見た瞬間——
「ねぇよ」
少しだけ強く言う。
「お前が思ってるようなの、ねぇから」
「……ほんと?」
「ほんと」
少しだけ間。
そして——
「……そっか」
安心したように、力が抜ける。
(……ほんと)
(分かりやすいな)
⸻
「ご飯、もうできてるよ」
「マジか」
「冷めちゃうから早く」
「はいはい」
キッチンに向かう美憂の背中を見ながら——
(……これでいい)
そう思う。
(バレてない)
(まだ普通だ)
それでいい。
それだけでいい。
⸻
食卓。
「いただきます」
「いただきます」
いつも通り。
何も変わらない時間。
「……佳」
「ん?」
「ちゃんと帰ってきてよね」
「……おう」
「待ってるんだから」
その一言が——
思った以上に重くて。
「……ああ」
少しだけ、声が詰まる。
⸻
(……待ってる、か)
箸を持つ手が、少しだけ止まる。
(……どれくらい)
(待たせられるんだろうな)
考えないようにしていたことが、ふと浮かぶ。
でも——
「……うまいな」
無理やり話を変える。
「でしょ?」
いつもの笑顔。
(……ああ)
(この顔、守りてぇな)
そのために。
今日も、嘘をつく。
⸻
その夜。
佳は、部屋で一人。
もらった薬を手に取る。
「……これで、どこまでいけるか」
小さく呟く。
そして、水で飲み込む。
(……延ばすだけでいい)
(少しでも)
それだけで。