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その夜、涼ちゃんはご機嫌だった。
冷蔵庫にはキンキンの炭酸水。
ソファにはクッション2個。
テレビにはバラエティ。
足にはふわふわのルームソックス。
「これは……完全に勝ち確な夜……」
そう、思っていた。
――あの“影”が現れるまでは。
「……ん?」
視界の端で、黒い何かが、カサッと動いた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
だが、次の瞬間――脳内に警報が鳴る。
「ゴキ……ッ!!?」
背筋がゾワッと凍り、炭酸水を持つ手が震えた。
やつは確かにいた。テレビボードの陰から、堂々と顔を出した、あのフォルム。あの足。あのツヤ。
「いやいやいやいや!!! 何で!!??? どこから入ったのぉぉおおお!!!???」
パニック状態の涼ちゃん。
口は動いても、体は動かない。
ゴキブリも止まっている。たぶん、こっちを見てる。
静かな、睨み合い。
そのとき、救いの声がした。
「どうしたの涼ちゃん、叫び声が聞こえたけど」
部屋に現れたのは、大森元貴。パジャマ姿、歯ブラシ咥えたまま。
「やばい、やばい!! 黒いやつ!! そっち行ったら死ぬ!!」
「黒いやつ? 黒……あっ……」
大森、フリーズ。
「……やだ……むり……ごめん、俺はちょっと無理なタイプだから……」
と言って、すぐにドアを閉めた。
「え、ちょっ、見捨てんな!!!!」
仕方ない。自分で戦うしかない。
涼ちゃんは、まずスリッパを手に取る。が、震えて落とす。
次に殺虫スプレーを探すが、見つからない。
「なんで!! なんでいつも置いてたとこにないの!!?」
「ここにあるよ〜」
今度は若井が登場。
ノリノリでスプレー缶を持ってきた。
「まかせなって、涼ちゃん」
「若井がやってくれるの?」
「いや、渡すだけだよ」
「なんでだよ!!!!」
ようやく武器(スプレー)を手にした涼ちゃん。
黒き影はまだ、壁際にいる。
「よし……行くぞ……!!」
一歩、一歩、ゆっくりと近づく。
スプレーのノズルをそっと構え――
「ていやああああああああああああ!!!!!!」
空間に白い霧が舞った。
ゴキちゃん、移動。
涼ちゃん、絶叫。
「逃げるなああああ!!おとなしくやられろよぉおお!!」
「もう見てられない(笑)」
若井がスマホで動画を撮り始める。
「撮るな!!助けろ!!」
10分後。
ソファの上に崩れ落ちる藤澤。
その足元には、白いティッシュに包まれた“戦利品”。
「……勝った……俺は、勝った……」
「えらいえらい、じゃあお茶いれよっか」
大森が戻ってきた。
「俺、お風呂いってくるわ」
若井は動画をアップロードしようとしていた。
この日から、涼ちゃんはティッシュとスプレーをセットで持ち歩くようになった。
“戦い”は、いつまた訪れるかわからないのだから――。