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「元貴ー、そろそろ音合わせ始めるよー」
スタジオに入った藤澤の声かけに、大森が返した言葉は――
「やだ」
「……え?」
「今日はやらないもん。やだもん。」
「いや、もんって何!?」
若井も顔をのぞきこむ。
「おい元貴、ギター新しいフレーズできたんだけど、聴いて――」
「やだ。今日は“音”の気分じゃない」
「ミュージシャンがそれ言ったら終わりだよ!!?」
その日、大森は何を言われても「やだ」で返した。
「お昼なに食べる?」→「やだ」
「じゃあ休憩しようか」→「やだ」
「じゃあどうしたいの」→「やだ」
もはや哲学。
藤澤が困り顔でつぶやく。
「え、これ“イヤイヤ期”じゃん。2歳児のやつだよね?」
若井はギターを抱えながら真剣に分析する。
「いや……これは、たぶん“情緒の爆発型アーティスト特有の、一時的自己拒絶フェーズ”だな」
「いや長いし、つまりイヤイヤ期だね」
「なぁ涼ちゃん、俺たちどうすればいいんだ」
「うーん……こっちが真面目に向き合うと、逆にこじれる可能性がある」
「じゃあ逆にノる?」
「そう。“イヤイヤ期の彼を肯定するフェーズ”でいこう」
そのとき――
大森、突然立ち上がる。
「わかった!今日はリハじゃなくて、外で空を見る日にする!」
「いいねぇ〜〜!!空見よう空!!」
藤澤、満面の笑みで即答。
「え、乗るの!?てか空見るって何!?スタジオから出るの!?」
「出るよ。やだって言ったけど今は出る気分なの」
「気分変わってるじゃん!!!」
3人はスタジオを抜け出して、公園のベンチへ。
風がふわりと吹く。
「……うん、やっぱ今日は空の日だね」
「お前ほんとに2歳児だな」
若井が呆れた声で笑う。
でも、大森はまっすぐ空を見上げて言った。
「なんかね、音楽が“義務”みたいに感じちゃうときあるの。だから、イヤって言いたかっただけ」
しん、と空気が変わる。
藤澤が優しく答える。
「……でも、そうやって素直に“やだ”って言える元貴が、ちゃんと音楽してるんだと思う」
若井も小さく頷く。
「たまにはイヤイヤ期も、悪くねぇな」
「なにそれ、名言っぽくまとめるのズルい」
「じゃあ、“イヤイヤ期”って曲、作る?」
「…………やだ」
「やっぱりな!!!!」
翌日、大森はいつも通りの顔でスタジオに現れた。
「おはよー」
「今日は“やだ”じゃないの?」
「うん。昨日、空と音と、君たちに感謝したから。今日は“やる”って決めた」
「大森元貴、完全復活!!」
「なお、明日はまたイヤイヤ期に戻る可能性もあるらしい」
「……常に覚悟が必要だな」
笑いながら、ギターが鳴る。
鍵盤が重なり、声が響く。
イヤイヤ期さえ、音楽にしてしまうこの3人。
今日も、何かが生まれる。