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かんな
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出会ってから毎日、学園が終わるとアルエが家に来るようになった。
「はわわ、相変わらず、ご立派なお屋敷ですね」
「毎回、同じこと言うよね、アルエ」
なんて会話を交わしながら部屋に入ると――。
「頼まれた挿絵、描いてみたんだけど、どうだろうか?」
イラストをアルエに手渡す。
絵を見詰めていたアルエが、眉間を抑えた。
「最高……最の高でござるよ、イソトマ氏」
「アルエ氏の前回のお話も、胸熱でござった」
アルエの原稿を握り締めて、イソトマは同じように眉間を押さえた。
イソトマがうっかり口走ったオタク語を、アルエがマスターしつつある。
オタクは同種の醸す雰囲気を吸収するのが早い。
「王子と庶民の男子の禁断の恋……引き裂かれても繋がる想い……」
余韻と共にノートを抱きしめるイソトマを、アルエが控えめに見詰めた。
「イソトマ氏、お聞きしたいのだが……」
「ん? 何々? 何でも聞いてよ」
アルエが言いづらそうに一瞬、躊躇った。
「その……小説の、モデルなのですが」
「モデルって、ルシアンとリリーだよね? すぐにわかったよ」
中庭のベンチで見付けたノートにも、似たような話があった。
まるで前世のBLゲームの同人誌を読んでいるような気分になった。
(まさか転生先で最高の同人誌に出会えるなんて。しかもその同人誌に挿絵を描ける機会があろうとは!)
思わず鼻息が荒くなる。興奮冷めやらない。
「そうでござるな……イソトマ氏が描いてくれた絵も、ルシアン王子とリリーでござる」
アルエが、上目遣いにイソトマを見詰めた。
「やっぱり、バレたでござるか~。タッチ変えたんだけどなぁ。ついね、つい。描きたくなっちゃってさぁ」
照れ照れしながら頭をかく。
「あのー……」
アルエが控えめに問い掛けた。
「ん? どしたの?」
何かを言いたそうにするアルエに、首を傾げる。
「嫌ではないのかなと、思いまして。イソトマ氏……イソトマ様は、ルシアン王子の婚約者ですし」
アルエから急にオタク語が抜けた。その言葉に、イソトマの血の気が下がった。
(そ……そうだよね! 嫌じゃなきゃ、ダメだよね!)
アルエの小説が魅力的なのと、絵を描けた嬉しさで、すっかり抜け落ちていた。自分が第一王子の婚約者であるという、忘れてはいけない事実を、綺麗に忘れていた。
どう返事するのが正解かわからず、イソトマは固まった。
「え! イソトマ様……す、すみません、すみません。触れちゃいけない部分に触れました、すみません!」
アルエが土下座する勢いで謝り始めた。
「ちが……違う! アルエは悪くない! アルエは最高の物語を生み出す巨匠だから! 神作家だから!」
イソトマは、土下座するアルエを必死に起こした。
「実は、その……内緒にしてほしいんだけど」
イソトマは、ごくりと息を飲み込んだ。
テーブルに肘をつき、ゲンドウポーズをする。深刻な目をアルエに向けた。
「内緒ですね、はい。命に代えましても」
アルエが緊張気味に息を飲みながら、頷いた。
「実は、ルシアンとリリーは僕の、推しカプなんだ」
「推し……カプとは、大好きなカップリング、という意味で?」
聞きたての単語も即座に理解している。アルエはオタク解像度が高い。
「大好きすぎて影からずっと見ていたい。壁や空気になって見守りたい。二人が幸せなら世界なんかどうでもいい。むしろ、あの二人のために世界があれ、幸あれ! って思うカップルのことです」
イソトマの口から詠唱呪文のようにスルスルと言葉が零れた。
「好きすぎて、しんどいくらいのカプのことです」
眉間に皺を寄せるイソトマを見詰めて、アルエが息を飲んだ。
「本気……なんですね」
アルエの呟きに、イソトマはゆっくり頷いた。
「じゃぁ……辛いですね」
しゅん、とアルエが俯いた。
「そうなんだ。だって、一番の邪魔者が、僕! 二人を祝福したい僕が、あの二人を邪魔しているんだもの!」
「イソトマ氏! 自分を責めないで!」
泣き崩れたイソトマに駆け寄って、アルエが背中を摩った。
「イソトマ氏は、ルシアン王子を好きではないのでござるか?」
アルエが遠慮がちに問い掛ける。
「嫌いじゃないよ。けど、僕にとってルシアンは優しいお兄ちゃんでしかなくて、好きな人じゃない。婚約だって、生まれる前から家同士が決めていただけだもの」
貴族社会なら、よくある話だ。リリーがいなければ、きっとイソトマは何も考えずにルシアンに嫁いだのだろう。
(だが、しかし! リリーが現れた。あの二人は僕の推しカプだ)
推しを幸せにするために、イソトマは身を引かなければならない。
「そうでござったか。だからイソトマ氏のイラストには愛が溢れているのでござるな」
アルエがイソトマの絵をじっくりと見詰める。
そんな風に言ってもらえるのは、素直に嬉しい。かなり照れる。
「だからね、なるべく迷惑かけずに、身を引きたいんだよね」
現状、家同士が決めた婚約を円満に解消する方法は、思いつかないが。
アルエが、イラストを見詰めながら、考え込んだ。
「……イソトマ様は、漫画というのを描けるんですよね?」
「え? うん、描けるけど」
アルエがガザゴソと鞄を漁る。ファイルノートを取り出した。
今までにイソトマが描いた数枚の絵が綺麗にファイリングされていた。
「こんなに綺麗に保管してくれて、ありがとう」
感動で胸が熱くなる。
「素晴らしいイラストなのだから、大事にして当然です……イソトマ様、これなんですが」
アルエがついでのように、さらりと褒めた。息を吸うように称えるオタク文法だ。
アルエの指が一枚の絵を指した。
「それね、一枚だけ漫画っぽく描いたイラストだ」
簡単なコマ割りをして、それっぽく仕上げた。
アルエに、これはどんな手法かと聞かれて、漫画と答えた。思えば、あの時からアルエは漫画に興味津々だった。
「例えば、なんですが。僕の小説をこんな風に、動くイラストみたいにすることって、できますか?」
動くイラストとは、言い得て妙だ。漫画の特徴を言い当てている。
イソトマの脳に、漫画原作という言葉が浮かんだ。
「描ける……描けるよ! アルエの小説なら、一生描ける!」
アルエの目が、感動したように潤んだ。
「嬉しいです、そのお言葉! イソトマ様、描きましょう!」
アルエが、前のめりにイソトマの手を握った。
「漫画という形で、ルシアン王子とリリーを応援するんです。イソトマ様が二人を推していると知ってもらうために!」
イソトマは、ごくりと息を飲んだ。
そんなこと、考えもしなかった。
「イラストは何枚もあるけど、一枚絵じゃ誤解を生むかもしれないでしょ? ストーリーがついている漫画なら、きっと伝わります!」
以前のセインの反応を、イソトマは思い出した。
イソトマの絵を見付けたセインは「リリーを呪うつもり?」と聞いてきた。
(そういう魔法が、この世界にはあるから。僕がリリーの写し絵を魔術に使うと思われても、仕方ないんだ)
アルエの言う通り、漫画ならストーリーがある。
イソトマの真意を伝えられる。
「小説は僕、絵はイソトマ様がメインで。二人で一緒に作りましょう。どうですか?」
懸命にプレゼンしてくれるアルエに、目頭が熱くなった。
「描く。アルエと一緒に漫画、描きたい。推しって、わかってほしい」
ポロポロと涙が流れた。
アルエの誠意が嬉しくて、胸が熱い。
「ありがとう、アルエ。こんな風に言ってくれた人、初めてだ。僕一人じゃ、思いつかなかった」
アルエがイソトマにハンカチを差し出しだ。
「我ら、オタク仲間でござるから。二人で最高の漫画、描きましょう」
「うん……嬉しいでござる」
涙を流しながら、イソトマは笑った。
この日から、イソトマとアルエの推し漫画作成が始まった。
コメント
1件
ああ、第10話、読み終わりました……! もう、胸がいっぱいです😭 イソトマが「推しカプはルシアンとリリー」って告白するシーン、すごく好きです。自分が邪魔者だって自覚して苦しんでるのに、それでも推しを応援したいって思える気持ち、すごく伝わってきました。そしてアルエが「一緒に漫画を描きましょう」って言ってくれたときのイソトマの涙……あれは本当に嬉しかったんだろうなあ。 「オタク仲間」という言葉がぴったりな、あたたかい絆が生まれた回でした。二人の合作、楽しみにしてますね!