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その時、睦月が|徐《おもむろ》に口を開く。
「あのさ、智絵里ちゃん。実は私ね、今海鵬の医務室の養護教諭をやってるんだ」
「えっ、そうなの⁈ 海鵬に就職したんだ〜! 母校に帰るだなんてすごいね〜」
「うん。それで……智絵里ちゃんって吹奏楽部だったよね。ちょっと聞きたいことがあって……」
「ん? どんなこと?」
「あのね……実は……」
睦月が話し始めた時、急に他のクラスメートたちが騒ぎ始める。何が起きたのかわからなかった智絵里と睦月が顔を上げた途端、恭介が智絵里の隣に勢いよく座った。
「恭介?」
恭介は何も言わずに智絵里の体を強く抱きしめた。
すると奥の方で声がする。
「杉山先生じゃん! なんでこんなところにいるの⁈」
《《杉山》》。その名前を聞いた途端、智絵里は呼吸が出来なくなった。動悸が激しくなる。
「顔は上げるなよ。大丈夫。俺がついてるから」
恭介の言葉に頷き、ゆっくり目を閉じて深呼吸を繰り返す。ただ不思議だったのが、隣に座っていた睦月が智絵里の手を握り、青ざめた顔で震えていたのだ。
「今日同窓会があるって聞いたからさ。近くにいたし、ちょっと立ち寄ってみたんだよ。おっ、みんなだいぶ大人になったなぁ」
恭介の腕の力が強くなる。それはあいつが近付いてきていることを意味しているようだった。
「やぁ畑山、久しぶりだね。元気だったか?」
智絵里の体がビクッと大きく跳ね上がる。彼女が、頭を上げないよう、恭介は自身の胸元に彼女の顔を押し付けた。
智絵里の震えが伝わり、恭介は目の前の男を殴りたいのをグッと堪える。今は何があっても智絵里を守るんだ。
「すみません、先生。智絵里ってばお酒弱いのに、間違えてウイスキーをロックで飲んじゃって。だから気をつけろって言ったのになぁ」
恭介はいたずらっぽく笑いながら杉山を見た。九年前より年はとったが、相変わらず生徒受けしそうな爽やかな印象だった。
「おぉ、番犬篠田じゃないか。相変わらず畑山の世話してるのか?」
「そうなんですよ。実は俺たち結婚するんです。だからこれからは一生智絵里の忠犬決定で。智絵里を守るのが俺の任務みたいなやつですね」
恭介が言うと、杉山の顔に怒りが込み上げるのがわかった。なんだこいつ……。まさかこの期に及んでまた智絵里に何かしようとしてたのか?
「えーっ! 二人って結婚するの⁈ さっき言えよ、それ! よし、また乾杯だ〜!」
「先生もせっかくだし、あっちで飲もうよ〜」
「いや……俺は……」
「いいからいいから! 遠慮すんなって!」
杉山は何か言いたそうにしていたが、皆に奥のテーブルに連れて行かれてしまった。
ホッと力が抜けたのは恭介と智絵里だけではなかった。横で睦月も肩を落とす。
「むっちゃん?」
恭介の腕に抱かれたまま、智絵里は睦月を心配する。そこへ早川がゆっくり近付いてきた。
「蒔田、大丈夫か? 悪かった、出て行けなくて」
「う、ううん、大丈夫。仕方ないよ、不意打ちだったし……」
睦月は顔を上げるが、青ざめたままだった。
奥のテーブルでは楽しそうに騒いでいる。智絵里が恐る恐るそちらに目をやろうとしたが、恭介に遮られてしまう。
「智絵里は見なくていいから。このまま帰ろうか。酔ったっていう言い訳も出来たし」
「でも……」
恭介は睦月を介抱する早川とアイコンタクトをとると、智絵里の荷物を持って抱き上げる。
「悪い。智絵里がぐったりだから、俺たち帰るわ」
「えーっ、来たばっかじゃん!」
「未来の花嫁を守るのが番犬の務めですから。じゃあまたな」
智絵里は恭介に抱きついたまま目を閉じた。何も見ないよう、何も見えないよう……。
* * * *
会場を後にした恭介は智絵里を下ろすと、彼女の手を取り、背後の様子に気をつけながら駅の方へ歩き出す。
追いかけては来ないみたいだな。まぁあれだけ囲まれてたら、振り払って出て来るのはさすがに無理だろう。
恭介は智絵里を心配そうに見つめた。下を向いたまま、一言も発しない。怖かったよな……そう思い、智絵里の肩を抱く。
それからすぐにメールが届き、恭介の足が止まった。
「智絵里、早川が少し話が出来るかって言ってるんだけど……断わろうか?」
「ううん、大丈夫。何も話せなかったもんね」
そこで智絵里はハッとする。
「どうしよう……むっちゃんの様子がおかしかったのに、あのまま置いてきちゃった….」
「それは大丈夫。お前と同じ酒を飲んだって言って早川が連れ出したから」
「……なんでむっちゃんが早川くんに連れ出されるの?」
「それは……」
明らかに何かを隠している態度だった。
「……わかった。早川に会いに行こう。そこでちゃんと話すから」
恭介はタクシーを止めると、早川との待ち合わせ場所へと向かった。