真剣にバンド活動をしていたが、私たちは結局プロにはなれなかった。
光貴と違い、私には音楽の才能が無かった。
ただ、楽しくバンド活動をしたかっただけ。そしてそれを、長く続けてしまったのが敗因。
バンドでプロになるという夢を求めるのは、諦めて正解だった。でも、何年も活動してそれなりに楽しかったけど、自分の中では何も残っていない。光貴の足枷になっただけ。
私をヴォーカルに誘わなければ、光貴はもっと別の開けた未来があったのではないかと考えてしまう。
私とバンドを組まなければ。私と出会わなければ……。
光貴は私と結婚して幸せなのかな。
時々怖くなる。この選択が最善だったのかどうなのか。
答えが解るはずもなく、突然暗闇の迷宮に放り込まれてしまったような気分になってしまう。
不意に沸いてしまった仄暗い気持ちは隅へ押しやり、私は笑顔を作った。
「忙しいと思いますので、客席に移動しますね。応援しています」
挨拶を交わして楽屋を後にした。
再び入口カウンターに戻ると、受付を済ませたお客が会場へ入って行くのが見えたので、私達もそれに続いた。
分厚い防音扉を開けると、かなりのファンで狭いアウトラインが埋まっていた。満員に近い状態である。前の方へ行くともみくちゃにされてしまうので、後ろのバーカウンターの方へ行った。
新藤さんは、会場を見回している。恐らくアウトラインの音響機材をチェックしているのだろう。通路に置いてあった廃盤機材類をしっかり見つめていたのを私は知っている。
嬉しそうなワクワクしたような顔で、ホールに設置されているスピーカーを真剣に見つめている。彼は一体どんな人生を歩んできたのだろうか。謎の男性・新藤さんの歴史を想い馳せた。
ゲストパスの使い方を知っているのだから、新藤さんも恐らくバンドをしていたのだろう。オンチと言っていたので、なにか楽器を弾いていたのかも。
でも、新藤さんがギターを弾くイメージが想像できない。だったら演奏者ではなくて、ライブハウスの店員だったとか――?
こんな素敵なライブハウスの店員がいたら、人気が出そうだ。新藤さんは色気があるから、ジャズバーなんかの店長が似合いそうだ。
考え事をしていたら、ギャン、とギターが鳴った。最終音出しチェック。私もこの空気感、懐かしい。ああやって光貴がギターの音を鳴らして、他のメンバーもベースやドラムの音出しをやって、スモークが焚かれて、SEが流れる。
もうすぐ本番が始まるんだ。あの黒幕の向こう側で、光貴はどんな顔をしているのだろう。私まで緊張してきた。
再びギャン、とギターが鳴らされると、待ちきれない観客席から、わあああ、と大きな歓声が上がった。
気が付くとアウトラインは、既に満員のお客さんで溢れていた。もうこれ以上は入らない。私も後から流れて来た誰かに押しやられて、左隣の新藤さんに全体重を預けるような形になってしまった。
身動きが取れない。きつくて苦しい。
「すみません、新藤さん。動けなくて……」
激重だと思われたくないので、何とか新藤さんから離れたいけれど不可能だった。
「お客様が大勢いらっしゃいますから、気を付けてください。怪我をしないように、しっかりと私に掴まって下さい」
新藤さんの顔が近い。伸びて来た右手に抱きしめられて、ぐっと引き寄せられた。「危ないですから、私の傍にいてください。苦しかったら言って下さいね」
彼は鋭い瞳を見せながら、私を覗き込んだ。
すぐ目の前に新藤さんの美麗な顔がある。
これは一体、なんの罰ゲーム?
――この状況で、トキめかない女性はいないって!
私の心拍数は、一気に二倍になった。
ここが暗転されたライブハウスで良かったと思う。新藤さんに引き寄せられて、真っ赤な顔している姿を見られなくてすんだから。
でも、どうしてだろう。
何故、新藤さんにここまでドキドキしてしまうの?
私には、光貴がいるのに――
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