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なんだって?
彼は、私のことをなんて言った?
おひいさま?おひいさまってあれか?お姫様ってことなのか?
何故?理解が思い付かない。
〈御身に謁見が遅れましたことに、弁明の機会を与えて頂きたく御座います〉
「あの…。その前に、一つ聞いていいかな?」
〈何なりと…おひいさま〉
「何故、私のことを”姫”と呼ぶの?」
いや、本当に。何故だ?
姫というのは、国の主の娘、ということだろう?ここは国ではないし、そもそも私に肉親の記憶は無い。それとも、彼は私の過去を知っているのだろうか?
〈おひいさまこそが、この森の主だと確信したからに御座います。しかし、おひいさまがこの森に現れましたのは、つい先日のこと。つまるところ、未だお若い。いえ、この森からすれば幼く、御子《おこ》も同然かと。故に、おひいさまと呼ばせて頂いております〉
「そ、そうなんだ…」
微妙に納得できるような、できないような返答が帰ってきて曖昧な返事しかできない。だが、彼は私を森の主だと判断したらしい。それも理由が分からない。
確かに、私は彼を助けたけれど、それだけで主だなどと判断されるだろうか?
「君は、私がこの森の主だといったね?そう判断した理由を聞かせてくれる?」
〈おひいさまは、この森に生きる者、そしてこの森そのものを慈しんでおられます。それと同時に、この森の秩序を乱す者を己の敵と捉えております。現に、この森の害となる我らが種の恥部の排除と、この森そのものを害する者を見事に征伐してご覧になりました。前者はともかく、後者はこの森に住まう、いかなる者にも成し遂げ得ない偉業に御座います。故に、儂はおひいさまこそがこの森の主と確信いたしました〉
むず痒い。
いや本当に体がむず痒くなる。こうも手放しで褒められてしまうとは。
驚いたことに、私の心情に対する彼の言い分は、ほぼその通りだ。だとすれば、彼が私を姫と呼ぶのは間違っていないのか?しかし、”姫”って柄か?私は。
「あー…その…。彼が言うには、私は”姫”ということらしいけど、皆はどう思う?」
〈いいじゃない!お姫様って素敵だわ!〉〈仕えてる相手がお姫様ならむしろ誇らしいのよ!〉
〈いいと思うよ?私はしっくりくると思ってる。でも、ノア様はあんまりそうは思ってないんだね?〉
〈我々を慈しみ、気遣い、我々のために行動し、我々に、そしてこの森を害する者には率先して立ち向かう。紛うことなく、姫君の振る舞いかと。私も、ノア様を”姫様”と呼びたく存じます〉
〈なんだか憧れるよね!ボクも良いと思うよ!〉
〈我も、主が”姫”と呼ばれることに異存はない〉
みんな好意的なのか。ラビックなんて私を”姫”と呼びたいとまで言い出した。本気か?まぁ、最初に何と呼んでくれても構わないと言ったのは私だ。素直に受け入れよう。
それはそうと、私は”老猪”の話を遮っていたんだった。
「むず痒いけれど、”姫”と呼ばれる理由は分かったよ。私のことは好きに呼んでくれて良いよ。話を遮ってしまってすまなかったね。それで、君としてはもっと早く私に会いに来たかったんだよね?遅くなった理由を聞かせてくれる?」
〈はっ。森にて偶々見つけることができました、こちらを献上するために御座います。〉
そう言って”老猪”が、私に淡い桃色の石を私に差し出してきた。
〈綺麗な石だわ!良く見つけたわね!〉〈艶々なのは無いの!?艶々したほうが綺麗なのよ!〉
〈クンクン…この臭い、この石、しょっぱいと思う〉
〈私はこの石、見たことが無いね。何処で見つけたんだろう?〉
「綺麗な石のようだけれど、この石は何かな?」
〈おひいさま。その石をほんの小さく切り取り、舐めてみてごらん下され〉
“老猪”に言われるままに、石から小さな欠片を切り取って口に含んでみる。
これは、びっくりだ。しょっぱい。味を知った途端、この石の正体が私の知識から引き出される。
「しょっぱい。……これは、塩と呼ばれる物だね。良く見つけられたね。森で手に入る物なんだ。凄いよ。まだあったりするのかな?」
〈お褒め頂きましたこと、恐悦至極に御座います。そちらの岩塩の山を探し当てることに手間取り、謁見の機会が遅れてしまいした。申し訳御座いません〉
「謝ることなんてないとも。元より、こちらから君に会いに行こうと思っていたからね」
まさか、森で塩が手に入るとは。しかも彼はこの岩塩の山を見つけている。これは、今後の食事の質が大幅に上昇することになるだろう。
〈おひいさま自ら、儂に御用があったと〉
「ここにいる子達と同じだよ。私と一緒にここで暮らさないか、誘いに行こうと思ってた」
〈アナタだけどこにいるかが分からなかったわ!〉〈アナタ全然見つけられなかったのよ!〉
「どう?私を”姫”と慕ってくれるなら、君もここで私達と一緒に暮らさない?」
“老猪”に訊ねる。
こうまで私を敬ってくれているのだ。私の自惚れでなければ、きっと了承してくれる筈。ならば、用意しよう。彼の、彼だけの名前を。
〈望外の喜びに御座います。よもや、こちらから懇願すべきことをおひいさまから持ち出していただけるとは…。無論、おひいさまが望まれるのであれば、儂は喜んでおひいさまにお仕えし、この地で暮らしましょう〉
「それは良かった。これからよろしく、”ゴドファンス”」
〈おひいさま!よもや、”ゴドファンス”とは、儂の…〉
「そう。君の名前だ。既に皆とは顔合わせは済んでいるみたいだね」
〈素晴らしき名を与えて頂き、誠に有り難う御座います〉
“老猪”改めゴドファンスが恭しく答える。何故だか、ここに集まった男性陣は皆態度が恭しいな。カッコいいからいいけど。
さて、これでレイブランとヤタールが挙げていた、配下にすべきと言っていた者達は全員集まった。だからこそ、私も急がなければならないことがある。
現状、ホーディとゴドファンスが使用できる寝床が無い。早急に用意する必要があるのだ。
「さて、これで誘うべき者達はみんな揃ったわけだけれども、私は急ぎでやらなければならないことがある。ホーディとゴドファンスの寝床だ。私の寝床で寝ることが出来る子達は良いけれど、君達の分も用意したい」
〈それは待って、ノア様。ノア様にプレゼントがあるの。一応、間に合ったのかな?〉
私が木の布を作る作業を始めようと思ったら、フレミーから待ったが掛かり、家の中へと入って行った。彼女の言うプレゼントとは、一体何だろうか?
〈まずはこれ。ノア様に似合うと思うんだ。着てみてほしいな〉
「……ひょっとして、フレミーがやりたいことって、これを作ることだったの?」
〈そのうちの一つってだけだよ。さぁ、着てみて?〉
戻ってきたフレミーが差し出してくれたのは、私の身体にぴったりの衣服だった。
その手触りは柔らかくて艶々で、それでいてスベスベしていて、とても肌触りが良い。これを、着て良いのか。
早速袖を通してみれば、とても軽く、それに動きを阻害されることも無いようだ。とても動きやすい。しかも凄く着心地が素晴らしい。この着心地は、”布のようなもの”を上回るな。
「とても着心地が良いよ。フレミー、本当にありがとう」
感極まって、フレミーを抱きしめる。ふわふわな体毛が心地いい。しかし、本当に嬉しい知らせはここからだった。
〈とても似合っているよ。喜んでもらえてよかった。でも、プレゼントはそれだけじゃないの〉
そう言って彼女が糸を手繰り寄せる動作をしていると、何か大きなものが此方に転がってきた。あれはまさか、布の塊か!?
「フレミー、あれってまさか」
〈うん。ノア様の寝床用にって思って沢山作っておいたんだ。ホーディとゴドファンスの分を作ったとしても、十分に足りる筈だよ?それに、今後も私は自分の糸で布を作っていこうと思うし、ノア様の服も作っていくつもり。新しい服が出来たら、是非着て見せてね?〉
物凄く嬉しいことをしてくれたな。私の友達は。
服も勿論嬉しいけど、それ以上にこの大量の布の方が私にはとても嬉しい!
これならばホーディとゴドファンスの寝床を直ぐにでも用意できるし、何なら私の寝床もこの布を使って新しく新調しても、まだまだ余りそうだ。本当に素晴らしいプレゼントだよ。
それじゃ、早速、寝床を作ってしまおう。
服が手に入って、寝床がしっかりとした布になり、塩まで手に入れることが出来た。
初めて意識を覚醒させた時と比べて、かなり生活水準が上がったんじゃないだろうか?