【飲ませたの誰だよ3】
ライブは完璧だった。
鬼気迫るほどの集中力、圧倒的な声量、抜けの良さと艶、
そして何より、聴衆全体の空気を一つにする異常な引力。
関係者席で見ていたスタッフたちは誰もが息をのんだ。
「え、今日の元貴……異常にすごくない?」
「ていうか、あの動画の人と同一人物……?」
「なんかもう……好き……」
もはやプロという言葉では足りない。
その日の元貴は、完全に“神って”いた。
⸻
打ち上げ前の楽屋。
元貴が、冷静に笑いながらUSBを机に並べた。
「で、これは誰が編集したの?」
「…………」
「“ひろとの元気ない日に渡す用”って、これ何?」
「…………」
「僕、プロとしてステージに立ってるんですよ?
それなのに酔っ払って、ろれつ回らなくなって、椅子に告白してるところを勝手に録画されて配布? 面白いって?」
「…………すみません……」
「僕はエンタメとしての自分を提供してるけど、プライベートは違うってこと、理解してます?」
「…………はい」
元貴の語気は静かで淡々としているのに、誰一人として逆らう気力すら湧かなかった。
まさにプロ。まさに理不尽のない怒り。
「これ、全部回収して僕にください。若井に渡すのも禁止。
次やったら、カメラ全部粉砕します」
「…………はい…………」
⸻
そして、事件は起こる。
打ち上げ会場に着いた元貴は、さすがにもう警戒などしていなかった。
完全に信用を取り戻すため、スタッフたちは全員ウーロン茶を手に持っていた。
「ごめんね、騒ぎすぎたね」
「いやいや!まったくですよね!」
(めっちゃ怖かった……でも今日のライブ……やっぱ推せる……)
一方その頃、元貴の前に置かれた一杯のグラス。
隣に座ったスタッフの酒グラスとちょうどそっくりだった。
「乾杯~!」
コツンとグラスが合わさる音。
すっとグラスを口に運ぶ元貴。
「あれ……?」
数秒後。
「………………ん、ちょっと暑い」
まただ。
またあの顔が戻ってきた。
(わぁああああああぁぁぁあ!!!!!!!)
(なんでぇええええええ!!!!!)
(今度は“事故”だああああああ!!!!!!)
⸻
滉人、またも遅れて登場。
30分後、知らせを受けた滉人が走ってきた。
「どこだ、元貴はどこ──」
「もう、できあがってます……」
「は?」
中に入った滉人の目に飛び込んできたのは、
ソファに横たわりながら髪をくしゃくしゃにして天井を見つめる男。
「わかいー……空が、さ……若井に似てる……やばい……泣きそう……」
「…………またやったのか」
「ちがう!これはね、空気が悪いの。僕のせいじゃないよ!
この空気が、若井に似てるんだもん……ねえ、若井ー」
滉人、思わず深いため息。
「おまえ……怒ったその日に自爆って、どういうことだよ……」
「んー?へへ、ちゅーして」
「…………いやもうほんと、カメラ回ってなくてよかったよマジで」
「え、回ってないの?ねぇ、若井のためにさ、ちょっと回して」
「誰だよコイツ」
⸻
翌朝の悲劇と、罰。
翌朝。
真っ白な顔で滉人の部屋のベッドに起き上がる元貴。
「…………またやった?」
「うん。こってりやった」
「……うそだ……うそって言って……お願い……」
「空が俺に似てるって泣きながら言ってた」
「……やばい……胃液が口まできた……」
「ちゅーして、って30回言った」
「死にたい」
「誰もカメラ回してなかっただけ奇跡だな」
「……マジで神……」
「でも、俺の頭にはフルHDで録画されてるけどな」
「やだあああああああああ!!!」
元貴は毛布に潜って叫んだ。
⸻
罰(と見せかけたご褒美)。
滉人はテーブルの上に1枚の紙を置いた。
「これ、今日の仕事スケジュール。
全ての場所で俺が昨日の事の盾になるから。今日は罰として俺に尽くせ」
「……は?」
「マッサージと、朝食と、あと……昨日のちゅーのリベンジ。ちゃんとシラフでな」
「……バカじゃないの?」
「そんな事言っていいのか?昨日は“回ってない”からって、すごかったよ?
“今日の若井はえろい……やばい……なんでこんなえろいの……”って」
「いやああああああああああ!!!!!!!」
元貴が枕を滉人に投げつけ、
滉人はケタケタ笑いながら、それを抱きしめた。
「ほら。罰、甘くしといてやるから」
「……はあ。僕ほんとに……」
「なに?」
「……若井と付き合ってる自分、大変だなって……思う……」
「俺も。天使と付き合うの、まじで命削られるわ」
なんだかんだ幸せな2人だった。
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