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ダメだ…かくれんぼ。は真面目に笑返信欄何個も使って感想文を送りたくなる💦ヤバい人になるのでしませんが🤣…が、恋人 藤澤涼架とアーティスト 藤澤涼架の葛藤がやっぱりギュッとなりますね…←語彙力😭 お部屋はいつか使えるようになるといいのかな。めちゃくちゃ大変だけどまだ諦めなくていいんじゃないかな。薬は飲んだほうがいいよ。…て💛ちゃんに伝えたいです笑(短くしようとしてコレだから私ダメですね😅)
更新ありがとうございます✨ あー、もう泣いちゃった〜😭 💛ちゃん、全部自分のせいって思っちゃうから、ほんと辛いね💦 しかし社長がカッコ良すぎて、痺れます🫠 ❤️君との逢瀬がなんとも切ない…😢 次の楽しみにしています✨
更新ありがとうございます😊 最後、思わず、捨てちゃダメ!って心の中で涼ちゃんに言っちゃいました😢 元貴くんの幻想ではなく、本当に涼ちゃんが会いにきてくれてたんだ、って、そこも感動です😭✨
第5話の裏話。
時間軸がこれにて足並みをそろえます。
モブ社長が出張ります、苦手な人はご注意を。
夢を見た気がする。夢、というよりただの記憶の反芻のような気もする。
母親が始めたピアノに惹かれて初めてピアノを弾いて、父親が触れていたギターに憧れてコードを覚えて、音楽の魅力に取り憑かれて吹奏楽部に入ってフルートを吹いて、上京してすぐに元貴に声をかけられて、キーボードを買って、スタジオに入って音を重ねて、お客さんの全然いないライブハウスでステージに立って、メジャーデビューをして、ツアーをして、数えきれないほどのお客さんに囲まれるようになって、休止期間中に若井と一緒に住んで、ダンスやボディメイクをして、フェーズ2の始まりに抱き合って泣いて、それから今までがむしゃらに、だけど最高に楽しみながら走り続けて。
その途中で元貴と付き合い始めて、キスをして、肌を重ねて、ちょっとした喧嘩をたくさんして、そのたびにちゃんと仲直りして、寝るときには愛してるって囁き合った。
ぜんぶ僕の記憶で、僕らが歩んできた軌跡で、かけがえのない奇跡のような日々だ。
僕が自ら捨ててきた、愛おしい宝物たちだ。
ゆっくりと目を開ける。ぼんやりとシーリングファンが視界に入り安心した。今日もまだ目は見えるらしい。僕は僕の世界の終わりを、見届けることができるらしい。
身体を起こすとブランケットが掛けられており、記憶のないそれに首を傾げた。
「起きたようだね。気分はどうかな」
聞こえてきた声に顔を向けると、穏やかに笑った社長が脚を組んでノートパソコンに向かっていた。ブランケットを掛けてくれたのはおそらく社長だ。
社長がここにいるということは、Mrs.の今後が決まったということだろう。わざわざ伝えにきてくれたのかと思うと申し訳ないが、契約に関わることだから当たり前なのかもしれないと考える。
「……これ、ありがとうございます。それで、どうなりましたか」
「その前に水を飲みなさい。酷い声だよ」
僕の声に顔を歪めた社長に、
「顔、洗ってきます」
と苦笑しながら伝えた。
昨日の度重なる嘔吐のせいで喉が爛れているのか、声はガサガサで痛みも発していた。寝起きのままなのは仕方がないとしても、口の中の不快感と洗顔くらいはするべきだと立ち上がる。
その拍子にくらっと眩暈がして再びソファに座り込むと、社長が心配そうに僕を呼んだ。大丈夫だとゆるく微笑んで、頭痛の波が去るのを待って洗面所に向かった。
鏡に映る自分の顔は青白く、本当にただの病人そのものだった。目の下にはうっすらとクマができていて、肌荒れこそ今は目立たないが、酷い顔、と自分で自分に吹き出してしまうくらいにはやつれていた。昨日みたいな体調不良が続くなら、食べて寝るだけの生活を送っても太る心配はなさそうだと、不健康極まりないことを思って自嘲する。
現実から目を背けるように鏡から視線を外して歯を磨く。口の中がさっぱりすると幾分か気分も良くなり、リビングに戻り冷蔵庫から水を取り出してからソファに座った。
神妙な面持ちをした社長は、傍に置いてあった袋から本を数冊取り出した。ドクドクと心臓が脈打ち、呼吸がしにくくて息苦しさを覚える。差し出されたそれを震える手で受け取り、表紙を見て眉根を寄せた。
「……なんですか、これ」
手渡されたのは英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語……欧米諸国の語学学習用の教材の見本だった。顔を上げて社長を見ると、社長は意味ありげににっこりと微笑んだ。
「好きな言語を選びなさい」
「は……?」
本気で意味が分からない。国外追放ってこと? 国内にいるより見つかる可能性は低くなるけど、それなら事務所の力を借りずに自分でやってもいいはずだ。
ぽかんと口を開けた僕に、社長は笑顔はそのままに今度はタブレットの画面を向けた。教材の見本を自分の横に置いてタブレットを受け取る。
映し出されているのは元貴のSNSのアカウントで、数時間前にポストされた文言を読んで絶句した。
『藤澤涼架の留学が決定しました。パワーアップした涼ちゃんにご期待ください』
は……? 留学……? 誰が……? 俺!?
「ど、どう、えっ? な、え!?」
画面を見て、社長を見て、画面を見る。
どんどんと拡散されているのだろう、この少しの間でもカウンターの数字が爆発的に増えていく。
「彼らに伝える方法はこちらに全部任せると言っただろう? だからそうしたまでだよ」
確かにそう言った。言ったけれどそれは、僕が事務所を辞めたこととMrs.を抜けることを伝えて、元貴たちが立ち止まることのないように、後腐れなく次に進めるようにしてくれという話であって、これじゃ、僕は事務所を辞めたことにも、Mrs.を抜けたことにもならないじゃないか。
「藤澤の退所を事務所としては受理している。だが、あの2人の中でその事実は存在しない。きみはMrs.のままで、いずれあそこに戻る予定だ」
「な……なんで止めてくれなかったんですか!?」
爛れた喉が痛みを訴えたが構わずに怒鳴りつける。こんな態度を取る権利がないことも重々承知しているが、そうせずにはいられなかった。
激昂する僕とは対照的に冷静な態度を崩さない社長は、態度と同じく冷静な口調で続けた。
「あの2人がこれを望んだからだ」
「……ッ!」
社長は視線を下げて口元に苦いものを滲ませた笑みを敷いた。
「きみの言うとおり、あの2人は直接きみの居場所を訊いてきたよ。きみの予測は正しかった。ああ、約束通り、きみの居場所も、辞めた理由も口外はしていない。そこは安心してくれて構わない」
整わない呼吸をどうにか鎮めようと深呼吸をするように息を吐く。安心材料としては些細なことだが、それでもないよりはマシだった。
「きみの誤算は、あの2人の愛を甘く見たことだ」
「な……ッ」
「あの2人がきみを失うことを黙って受け入れると思っていたのか? きみがいないと言うのに、彼らがしあわせに生きていけると本気でそう思っているのか?」
射抜くような強さを持った視線に息を呑む。社長は僕の目を見据えた。ほとんどは呆れだったけれど、ほんの少しだけ怒りを帯びた眼差しだった。
「キーボディストの代わりは確かにいるだろう。ただ演奏をするだけならそれでも問題はない。だが、きみが心からしあわせを願うあの2人にとって、きみが全てを捨てて護ろうとしているMrs.にとって、きみの代わりなんてどこにもいない。いるわけがない」
あの2人が必要としているのはキーボディストではなく、藤澤涼架という存在なのだから。
何も返す言葉が浮かばなくて、唇を噛んで視線を落とす。タブレットに映る元貴のポストがたった今更新された。
『待っててね』
一見、ファンに向けてのメッセージだ。僕が留学から帰ってくるのを待っていて欲しいと、そう伝えているように見える。ファンのみんなが「待ってるよ!」「寂しいけど応援してる!」「どこに?」「いつ帰ってくるの?」と様々な返信をしてくれている。
――――違う。これは、ファンのみんなに向けてのものじゃない。
確証はない。だけどきっとこれは、僕に宛てたメッセージだ。
待っててね涼ちゃん、絶対に見つけてみせるから。
元貴の声が聞こえたような気がして、ぼたぼたとタブレットの画面に水滴が落ちた。
なんで? どうして? どうして見限ってくれないの? ねぇ、どうして、こんな俺を求めてくれるの? 元貴の口から要らないって言われたくないんだよ、俺。ずるいって詰ってくれていい、卑怯だと罵ってくれていい、最低だと蔑んでくれていい。お願いだから元貴の音楽をちゃんと表現できるうちに辞めさせてよ。元貴にとって価値のある存在であるうちに、元貴の中から俺を消してよ。
立ち上がった社長が僕の横に座り、ハンカチをそっと僕の頬に押し当てた。
「……勝手なことをしてすまない。だが、少しだけ、彼らにも、我々にも時間をくれないだろうか。この場所も辞めた理由も、これ以上はヒントすら与えるようなことはしないから」
ずるい言い方だ。だって元貴がこんな発信してしまった今、それを撤回するように実は脱退しましたなんて言えやしないじゃないか。
ずるいよ、元貴。ひどいよ、元貴。
なんで諦めてくれないの。なんで待っててねなんていうの。僕は2度ときみの前に姿を見せる気なんてないのに。
頭の中で権利もないのに元貴を詰る。元貴が諦めないでいてくれることが嬉しくて仕方ない、そんなどうしようもない自分を嫌悪するしかない。ずるくてひどいのは、僕の方だ。
事を起こしてしまった以上、僕から姿を見せることはない。元貴がことを仕掛けた以上、撤回もできないこの状況で僕には何ができるだろう。
いずれ弾けなくなる未来が待っている僕に、希望なんて与えないでよ。Mrs.でいていいなんて、元貴の傍にいていいなんて言わないでよ。こんな僕を、必要になんてしないでよ。
その希望に縋りたくなってしまう。離した手をもう一度握ってしまいそうになる。
ぼろぼろとあふれる涙で社長のハンカチを濡らしながら、横によけた語学の雑誌の表紙をちらりと見る。脳裏に浮かぶ思い出に後押しされるように、するりと口から言葉が滑り出た。
「……英語に、します」
「分かった。通院の関係上、現実に留学は難しいだろう。オンラインで学習できるように手筈はこちらで整えるから」
まるでこうなることが分かっていたように社長は言った。だけど同時に、こうなって良かったと安堵の滲んだ笑みを浮かべていた。
もっと合理的にMrs.のマネジメントをしている人だと思っていたが、僕が思うよりずっと、社長は僕らのことを見ていてくれるのかもしれない。
「……やることがなくて暇だから、ちょうどいいです」
僕の言葉に社長は笑い、まだしばらくは家の中にいてもらうことになるが、と少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
家から出られないのはもはや問題ない。むしろ目が見えなくなったときのために、この家に慣れておく必要があるから。
ただ、買い物に行けないのは不便だ。ネット通販を利用したい気持ちもあるが、どこから情報が漏れてしまうか分からないからできれば利用したくない。そうなると結局事務所に甘えるしかなくて、退所をしたというのにこちらこそ申し訳なくなる。
「あの、欲しいものがあるんですけど」
「リストをチーフに送ってくれ。今夜にでも用意するようこちらからも伝えておく」
「ありがとうございます。あと、うちの親にはなんて?」
「事務所から正式に連絡させてもらった。事態が落ち着いたらきみからも連絡を入れてもらうつもりだが、今は控えて欲しい」
抜かりないなぁ。流石の手腕に頭を下げると、社長はやっぱりどこか苦しそうに眉を下げた。
「身体には十分に気を使いなさい」
「はい。……あ、そういえば」
「うん?」
「あのお部屋だけ、鍵が掛かってたんですけど」
開けることができなかった部屋のドアを指で示すと、社長はああ、と頷いた。
「その時が来たら、鍵を渡すよ」
「……そのとき?」
「今は必要ないかもしれないが、いずれ必要になる」
やけに確信めいた言葉だった。
元貴もそうだけど、社長はいったい何を見据えているのだろう。詳細はどうせ教えてくれないだろうから、英語の教材見本だけ抜き取って他のものを返す。英語の勉強が一段落ついたら他の言語にも挑戦しようかな。どうせやることなんてないのだから。
また来るから、と言って社長は荷物を持って出て行った。
静かになった部屋で、もう一度タブレットを見る。元貴のポストにはたくさんの反応があって、小さく溜息を吐いた。
夜になって頼んだものを買ってきてくれたチーフに手伝ってもらいながら、明るい髪色を黒に変えた。Mrs.での僕は派手な髪色をしていたからこれだけでも随分と印象が変わるだろう。現にチーフは物珍しい目を向けて、ライラックのMVみたいですねと呟いた。
それからすぐに英会話のレッスンの手配を整えてくれて、それに必要な教材をくれた。オンラインで行う顔を出さなくてもいいレッスンで、登録名は“suzuka”になっていた。
翌日からの僕は、体調の良し悪しに多少左右されるものの、朝起きて、ご飯を作って食べて、英会話のレッスンを受けて、お昼を食べてまたレッスンを受けて、夜になったら庭に出て花を植えて、お風呂に入って寝る、というなんだかおじいちゃんみたいな生活を送ることになった。
カタカナや漢字は苦手だけれど、もともと英語はそこまで苦手ではないし、留学しようとしていたこともあってレッスンはとても楽しかった。英会話の先生の口からMrs.の名前が出たときはドキッとしたが、顔もわからない、名前も違う僕を、まさかMrs.の1人だとは思わなかったようで、話題のひとつとしてやり過ごすことができた。
元貴と若井の動向は、SNSやテレビを観れば知ることができた。相変わらず忙しそうにしていて、そんな中でも時折僕の名前を出してくれていた。だけど世間の興味は既に僕にはなく、ファンのみんなからも名前が出ることはなくなっていた。そりゃそうだよね、なんの情報も更新されないんだから。
疲れた顔をしている元貴と若井に罪悪感が募るが、このままこうやってフェードアウトするのが一番いいのかもしれないな、と最低なことを考えた。
そんな生活が2週間を迎える頃、この家での暮らしにも慣れてきて、いつものようにチーフが夕飯を持ってきてくれたときにちょっとした変化が訪れた。いい変化ではなく、悪い変化だ。
副作用がきついからと薬を飲まなかったのが良くなかったのか、視野が極端に狭くなっていることに気づかずに家の中で転倒した。その際机に思い切り腕を打ち、机に乗せていたお皿やコップが落ちて割れた。慌ててチーフが僕を安全なところに座らせて、割れてしまった食器を丁寧に片付けてくれた。これじゃぁまるでチーフがマネージャーじゃなくてハウスキーパーの人かヘルパーさんみたいになってしまう。僕1人で生活するのが困難になる日も遠くないのなら、専門職の人に手伝ってもらうべきだ。
明日お薬をもらうついでに相談してみよう。
そう考えていた僕は、自分がお世話になっている病院ではなく違う病院の特別室にいた。
目の前には青白い顔で眠っている元貴がいる。まるで死んだように眠る元貴を見下ろして、泣きそうになるのをグッと堪えた。
お昼頃、病院に行くための身支度をしていたら社長がやってきて、大森が倒れた、と僕に告げた。命に別状はなく、ただの過労と睡眠不足だと言われたが、僕の頭は真っ白になった。
テレビでも分かるくらいに日に日に疲れを色濃くしていったことに、気付かなかったわけじゃない。若井が時折遠くを見るような目をしていることも知っている。他の人にはいつも通りに見えるかもしれないが、10年以上一緒にいたのだ、些細な目の動きや話すテンポですぐに分かった。
分かったとしても、どうすることもできない。逃げ出してのんびりと過ごしていた僕に、元貴のもとに行く権利なんてない。
唇を噛んだ僕に、どうする? とただ一言だけ告げた社長に、即座にお願いしますと頭を下げた。随分と自分勝手なお願いに社長は溜息を吐いたけど、責める言葉を言わずに僕を連れてきてくれた。誰にも見つからないルートをなぜ知っているのかは分からない。僕を病室に押し込んで、制限時間は5分、出入り口ではなくここから出なさい、と入る時に使った扉から出ていった。そこには“staff only”と書かれていた。
開けられた窓から風が吹き込み、僕の黒くなった髪とカーテンを静かに揺らす。
眠る元貴の顔は穏やかで、余計にそれが痛々しかった。そっと、震える手で元貴の前髪に隠れていない額に触れる。ちゃんとあたたかくて、そのことに安心しながら込み上げる涙を必死で飲み込んだ。
「まったく……無理しすぎだよ、ほんと。なにしてんの」
ぴく、と元貴の瞼が震えた気がするが、開くことはなかった。寝ている顔はあどけなくて、僕は元貴の寝顔に文句を言うことにした。
「留学なんて言ってくれちゃってさ、英語の勉強する羽目になったじゃない」
文句を口にはしたけれど、意外と楽しくて、結構話せるようになったんだよ。1人で海外旅行に行くのもこわくないくらいには。この歳になって英語をちゃんと習得できるとは思わなかった。でもね、そんなこと、僕は望んでいなかったんだよ。
「ちゃんと休んで、あんまり若井に心配かけちゃダメだよ」
きっと若井のことだ、僕のことも元貴のことも心配して、胸を痛めているに違いない。大切な親友が苦しんでいる姿なんて見たくないよね。若井にも直接謝りたいが、それが叶うことはない。
元貴の口が薄く開いた。タイムリミットが違い。
「大好きだよ……、お願いだから自分のことを大事にしてよね」
もう2度と伝えることが叶わないと思っていた言葉を口にする。何度だって伝えたくて、これから先伝えられると信じていた言葉だ。
だけどこうなったのは僕のせいで、どの口が言っているんだ、って話だ。
元貴が俺を求めてくれるのは嬉しいよ。でも俺は、元貴の要求に、もう応えられないんだよ。
元貴が必要としてくれた俺は、もういないんだよ。
堪えきれずに涙が頬に伝う。全部、俺のせいだ。
俺のせいで元貴は無理をして、きっと夜も眠れなくて、それでも仕事をこなして、俺の居場所護るためについた嘘を真実にするために心身ともに疲弊した。
「俺のせいで……ごめんね」
どうしようもなく声が震えた。流れる涙を止めることができなかった。このままずっとここにいたいけど、スタッフオンリーの扉が軽く叩かれた。時間だ。
元貴の額からそっと手を離して、病室を後にした。
ドアの奥で待っていてくれた社長に支えられながら車に戻り、車の中で思いっきり泣いた。社長は何も言わずに前みたいにハンカチを貸してくれて、僕のお薬をもらうために病院に向かってくれた。
泣き腫らした目をしている僕にお医者さんは心配そうに顔を曇らせたが、何も訊かずに問診し、昨日打ちつけた腕の手当てもし、お薬を処方してくれた。病気は少しずつ、けれど確かに進行している。強い副作用が出る薬をやめ、効能は弱いが副作用が出にくい薬を飲むようにと指示を受けた。
いっそ見えなくなってしまった方が諦めもつくのに、今まで僕はそれができなかった。
どこかで希望を抱いていたのだろう。元貴たちの姿を、テレビでいいから観たいと願ってしまっていたのだろう。
自分から手放した何もかもを捨てきれず、醜悪にもしがみついてしまっていたのだろう。
その欲望が、元貴に無理をさせたのだ。
家に着いてスケジュールの調整があるとすぐさま仕事に戻った社長を見送ったあと、僕は今までにもらった薬と今日もらった薬を全部ゴミ箱に捨てた。
続。
次は一旦魔王たちの視点に戻ります。