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消えてしまいそうな吉田さんを引き止める佐野さんの話。
明るいお話ではないです。
なんでも許せる方向けかもしれません。
仁人が帰ってこない。
朝は春にしては暑すぎる気温で目が覚めて、ふたりで「もう夏だな」なんて話していた。
俺より後に家を出る仁人が、玄関のドアを閉めるまで見送ってくれて、俺は仕事に向かった。
いつも俺より先に家に帰っているか、遅くなる時は連絡を入れてくれていたから予期せぬ部屋の静けさに嫌な予感がした。
それでも、仁人だって付き合いというものはあるわけで、仕事関係の人と食事に行ったり、打ち合わせをしていたりすることも有り得なくは無い。
忙しいから仕方ないよな。
そう思うことにしていた。
しかし夜の11時を回った頃、流石に連絡のひとつも寄越さず帰宅しないのであれば話は変わってくる。
数時間前、帰ってきた時に軽く連絡は入れておいた。
その短いメッセージは、未だ既読にすらならなかった。
嫌なことを考えた。
誰か他の人と無断であっているのでは、とか。
連絡もせず食事に行って酔いつぶれているのではないか、とか。
そのまま知らない奴の家に泊まっているのでは、とか。
でもそんな考えはほんの一瞬よぎっただけで、気付けば俺は家を飛び出して事務所へ向かっていた。
というのも、あまりにも連絡のない仁人について誰か知らないかとメンバーに聞いたところ、俺が知らなければ誰も知らないと返された。
けれど追加で来たメッセージの中に、
『昨日、仁ちゃん事務所に水筒忘れとって。教えたら明日取りに行くって言っとったから事務所寄ってるんかも』
と、とても有難い情報が舜太から共有された。
一刻も早く仁人を探すためにはタクシーを待つ時間も惜しく、まだ眠らない都会の街を息を切らして走っていた。
疲れは感じていたが、俺の足が速度を落とすことはなかった。
事務所が見えた頃には更に速度を上げ、昼間と比べると人気の無い建物の階段を2段飛ばしで駆け上がった。
勢いよくドアを開けると、仁人がよく座る椅子の上に見慣れた鞄が置かれていた。
「…よかった………」
仁人が事務所にいるという安堵感と、走った疲労感に襲われ、俺はその場に座り込んだ。
よく見ると机の上には仁人の携帯も置かれていた。
そうなるとトイレにでも行っているのだろうと、しばらくその椅子の横のソファで待つことにした。
しかし、五分、十分と待っても開かないドアに段々と焦りを感じ始めていた。お腹でも下していない限り、トイレではないことは確かだった。
ばかだ。この部屋以外にも探し回ればよかった。
そう後悔しかけたとき、静かにドアが空いた。
仁人だと思い音の先に目をやると、そこには不思議そうな顔をしたマネージャーがいた。
「すみません、もうそろそろ閉めますけど大丈夫ですか?」
「……は?」
焦りが限界に達し、俺は質問に答えず仁人の居場所を聞いた。
マネージャーからはもう帰ったと言われた。
そんなわけがないだろ。ここに荷物があるのに。
マネージャーからの返答を聞いてすぐ、仁人の荷物を持って部屋を出た。
後ろで仁人がどうしたのかと問いかけたマネージャーを無視して。
「はぁ、はぁっ、……じんと、どこ……」
数十分前と同じように、都会の街を駆け抜ける。人気がなくなり、暗闇に飲まれ、もうここがどこかすらも分からなかった。
それでもこのまま進めとそう言われた気がして何も考えず、時折仁人の名を叫びながら走り続けた。
見えてきた淡い光が、そこは海だと教えてくれた。
そしてそこに白の光を見つける。
「仁人!!!!」
そう決まった訳でもないのに、名を叫びながら砂浜を駆け下りる。
それが仁人だと認識出来るようになった時、彼は躊躇いも無く海へ入っていった。
「__は?」
意味がわからなくて、どうすればいいかも分からなくて、そのまま仁人を追いかけて海に入る。あぁ、この服仁人が選んでくれたやつなのに。
「まって…、まって仁人…!!」
向かいから来る波に逆らいながら、やっと求めていたその腕を掴む。
彼はひどく驚いて、まるで拒絶するかのようにその手を叩いた。
それでも、今ここで逃してはならないともう一度掴むと、仁人は信じられないほど普段通りに笑ったのだ。
「びっくりしたぁ。なにしてんの勇斗」
「こっちの!!セリフだよ!ばーーか!!」
突然の大声に、うるさいと言わんばかりの苦笑いを零した。
泣かず、叫ばず、まるで騒ぐメンバーを目の前にしているかのような対応に一周まわって気味が悪かった。
言いたいことは沢山あるけれど、一刻も早くここを離れようと腕をしっかり掴んで砂浜の方へ歩き出そうとした。しかし仁人はその場から動かなかった。あらぬ事か、
「え、なんで?」
なんて聞くのだ。
「こっちのセリフだからそれ。早く帰るよ」
「勇斗だけ帰ればいいじゃん」
何言ってんのほんとに。
「風邪ひくし明日も仕事じゃないの?ほら、じゃあね」
「…それはお前もだろ…」
もう声を上げる気力もなかった。その代わりに腕に全力を注いで、海に飲まれそうな仁人を引っ張った。
最初こそ笑って抵抗していた仁人だが、脚が空気に触れ始めた頃、理性が吹っ切れたかのように俺を押して声を荒らげた。
「しつこい!来んな!帰れよ!!」
倒れた拍子に離した腕が、俺と仁人の距離を再び離す。慌てて立ち上がり、同じように仁人の手を掴む。そして両手で肩を掴み、向き合う形になる。
仁人がまた何かを言う前に今度は俺が叫んでやった。
「しつこいのはお前だよ!お前何がしたいの?俺がどれだけ探し回ったと思ってんの?」
「勇斗が勝手に探し回っただけだろ」
「そりゃ好きなやつが居なくなったら探すだろ」
その言葉に、仁人の表情は一瞬固くなる。
「なぁ仁人、どうしたら戻ってくれる…?俺、どうしたらいい?」
仁人は暫くだんまりだった。永遠にも感じたその時間、俺はただこいつが居なくならないよう信じることしか出来なかった。仁人が口を開く。
「じゃあ一緒に死んでくれる?」
俺を見る仁人の目に生気を感じずゾッとする。
考えないようにしていたその一言に、俺は答えられなかった。
「…あっそ。やっぱそうだよね」
「そうだよなぁ…勇斗だもんなぁ…。」
呆れたように笑い、なにやらブツブツ言っている。
だめだ。何か言いたいのに、何を言えばいいのか全くわからない。どの言葉も今の仁人には届かない気がして、怖い。
「いいよ、勇斗はそのままで。俺は別に一人で行けるしさ。」
「なんで、」
やっと紡げた言葉は、そんな情けない一言だった。
「なんで、どっか行こうとすんの」
その言葉で、仁人は先程と同じような気味の悪い笑顔を浮かべた。
「なんでだろうね。なんかさ、どうでもいいんだよね」
「え…?」
「グループはこんなに大きくなりました。応援してくれる人も沢山います。みーんながんばってます。」
笑みが無くなる。俺は聞こえるか聞こえないか分からないほど小さく相槌を打つ。
「でもそれってずっと?なんかさ、俺はいつか飽きられるのが怖いよ。でっかくなった分、離れる人も増えるわけで。それならさ、幸せなまま死にたいわ。俺」
こんな時だけど、仁人らしいなと思った。ただ、人よりずっとずっと怖がりなんだと、そう思った。
「……なんでそれを、俺に言わねぇの?」
「えーだって、勇斗にはわかんないでしょ」
「…それは、」
「ね。だから勇斗には__」
「でも、俺とお前は恋人じゃないの?俺は、仁人の彼氏じゃないの」
「あー、それ本心だったの?」
「…は?」
「まさか勇斗が俺の事そういう好きなんてありえないし、俺が血迷って言っちゃったから、優しい勇斗はずっと合わせてくれるのかと──」
その瞬間、静かな海に乾いた音が響く。
俺の右手のひらは酷く痛んだ。
目の前の恋人は頬を抑えて、同時に大粒の涙が溢れていた。
「お前、そんなこと思ってたの?」
「…え、」
「じゃあちゃんと聞いて。仁人」
まだ何が起こったのか理解できていない仁人をしっかりと抱きしめて言葉を綴る。
「俺は吉田仁人がすき。好きだから一緒に暮らしてるし、好きだから探し回った」
「他の人がもしこうなってても、探すし、助けるけど、誰か違う人の手も借りると思う。」
「でも、仁人だから。俺の好きな人だから。俺の言葉で戻ってきて欲しいと思った。」
顔は見えないけど、こんな時でも俺の肩で小さく相槌を打ってくれる。同時に、左肩がじんやりと温もりを感じる。
「みんながさ、お前が知らない仁人のことは俺らも知らないって言ってた。でも俺、まだ仁人のことあんまり知らなかったな。」
「ねぇ仁人。明日何が食べたい?朝…は忙しいか。夜ご飯とか。仁人ってなにが一番好きなのかな」
「あとは…駅前のパン屋行きたいとか言ってたっけ。新しくできてさ。仁人って何パンが好きなんだろ」
「俺、仁人が淹れるコーヒー好きなんだよね。今度教えてよ。…ってなんか食べ物ばっかだな」
「ね、仁人はなにがしたい?」
気付けば肩の温もりは広範囲に広がっていて、仁人からはかすかに嗚咽が聞こえてきた。
今なら行ける気がして、抱き寄せた肌を離して手をしっかりとつかみ、もう一度波の方向へと歩き出した。
びちゃびちゃに濡れた靴と靴下を脱いで、久しぶりに空気に触れた足は寒く、大量の砂をまとわりつけていた。
少し遠くの堤防に腰掛け、星空を眺めながら、先程まで触れていた波の音を聞いた。その音に愛おしい声が混じる。
「…メロンパンたべたい」
あまりに唐突に放たれたその言葉に、思わず吹き出す。すると不機嫌そうな顔を向けられた。
「はぁ?お前が何したい?とか聞くからちゃんと答えたんでしょうが!」
「いや、ごめんごめん。あー、駅前のね、メロンパンおいしいらしいからね」
その言葉にも堪えきれない笑いが混じっていた。
「あと、コーヒーも教えるから、勇斗が淹れて」
「まかせてください仁人様」
おちょくるとまた不機嫌そうな顔をこちらに向ける。そのまま見つめ合って、耐えきれずに同時に吹き出した。
やっぱりこの世界にはお前が必要だよ。
もうどこにもいこうとしないで。