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ガタン、と一際強い揺れに目を開く。
「あ、おはよー」
「はよ、ざい…ます」
こんなに眠ったのはいつぶりだろうか。
まだふわふわした頭で小舟から降りる。
「こっちだよー!」
レウに手を引かれて歩くと、立派な大通りが見えてくる。
道を歩いて行くうちに、大通りの両側には屋台や出店が並び始めた。
その多くが食べ物屋で、あちこちからいい匂いが漂ってくる。
あー…メシ食ってから来ればよかった。
中には簡単な細工物やガラスでできた装飾品を扱っているところもあり、そんな店の前は華やかに着飾った若い女の子達がきゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいる。
「ええな、楽しそうやん」
「ふふっ…」
大通りを進めば進むほどに活気が溢れ、同時に薄暗くなった街全体をずらりと並んだ赤い灯籠が照らしていて 結構眩しい…。
大きな懸け造りの建物が建ち並び、そこへ近づくにつれて女や男の矯声がどこからともなく聞こえてくる。
弁柄格子のはめられた窓にしなだれかかり、こちらに手を振るしどけない格好の遊女達。
風邪ひきそうな格好やな…。
「ここは…“そういう場所”ってことやんな?」
「……うん」
居心地の悪そうな様子を見るに、あまりこういうのは好みでないと見た。
「ふぅ、さっさと行こか?どこ??」
「あ、えと、ずっと真っ直ぐだよ」
少し早歩きで先を急ぎつつ、辺りにいる人々を観察する。
水に落ちたからてっきりヤバいところに迷い込んだのかと思ったけど…そうでもないらしい。ただ、周りに和風な建物や装いが多い中で、一人洋服というのは実際かなり目立つ。なるべくそちらに目を向けないようにして歩みを進める。レウは無言だ。
そういえば…ココ、具体的にはどの辺りなんやろ…あの村にこんな広い街は無いだろうし、そもそも…古いな。色んな意味で。
「ここだよ、今の時間は奥の部屋で仕事してるだろうから…そこまで行こっか!!」
そう言ってレウが入っていった建物の門には大きく“嘯月楼”と書かれていた。
しょう…げつ、ろう……これも所謂“そういう場所”であると聞こえてくる声でわかった。
「入りづらいかもだけど…ごめんね?」
入るのを躊躇していると、ぐいっと手を引かれる。もしかして俺はマズイ人について来てしまったのか?
長い廊下を奥へ奥へと進んでいると、種類の全く違う高い悲鳴が聞こえて来た。
「な、なんや!?あっちからや!!」
「あ!!待って!!」
レウの制止を振り切って悲鳴の聞こえた方へ走る。
きっと誰かが無理矢理襲われたんや…!!
襖を少し開いて、隙間から様子を伺う。
「す、すまなかった!知らなかったんだ!」
「えぇ〜?うっそだぁ〜!!」
地面に額を擦り付けて必死に弁明する男の前に立ち、穏やかに微笑う男。 喧嘩だろうか?
それにしては弁明する男の声はまるで“殺さないでくれ”と命乞いをするかのような必死さがある。
弁明の言葉をふむふむ、と頷きながら聞く男の手足はすらりと伸び、和装であるというのに、立ち振る舞いでどこか西洋の紳士を連想させた。
「本当なんダっ!!ニンゲンを喰っタらいけナイなんて、聞いてナイっ!!!」
焦ったような男の声は、だんだんとしゃがれて低くなっていく。
この声は、何というか……妖に似ている…?
「んー?おかしいなぁ…入国前に一対一で説明を受けるはずだよ?あれぇ?」
「せ、説明役が下手ダっタンダろウ!?」
はっきりと言い切った男に、紳士は人形のようにコテンと首を傾げる。
「お前の担当は俺だった気がするんだけどさ、もしかして…俺の説明は下手だった?」
さっきまでの明るい、のんびりとした声が嘘だったかのように、地を這うような低い声へと変わる。
ひんやりとした空気が襖の隙間を抜けて、自分にも伝わってきた。
あ、ああ、と言葉が出ない様子の男の頭を片手で掴み上げる紳士。
…こんなん紳士がすることやないやろ。
「お前がさぁ、そーゆー適当な事ばっか言ってっから馬鹿みたいに時間がかかるんだよ。わかってる?お前らのくだらないお話を聞くたびに、俺の仕事が引き延ばされるわけ」
ガタガタと震えるだけの男はニンゲンを喰ったと言っていた…ここは、人間と共存する妖がいる?
人間は妖に触れることは出来ない。 だからこそレウは妖ではないはずだと思った。
「そんなカスは〜、星になるピョン♡」
きゅるるんっ、と効果音が付きそうな可愛らしい声で嗤う紳士。
バシャっと赤を撒き散らして生き絶える男の苦痛の表情が脳裏にこびりついた。
目の前の襖が横に開かれる。
「あ、やっぱり。見られちゃってた…」
んー…見られちゃったしなぁ、と悩んでいる紳士を前に動けない。怖かった。
死ぬのが怖いというより、あの表情が。あの悲鳴が。あの視線が。独特に色付いた視界でもはっきりと伝わった明確な恐怖。
「ぉ”、え”っ…」
吐き気を堪えきれずに、特に何も無い胃の中身を外へ吐き出す。
色んな事が一度に起こり過ぎて頭が痛い。
「もしもーし、大丈夫…?」
人が目の前で死んだ。アイツは妖だった?
「お〜い、聞こえて…ないねぇ…」
レウは?この紳士は?じゃあ青鬼も??
「ねぇねぇ、顔色悪いよ〜?」
俺は殺される?
「おっとと…ありゃ、気絶しちゃった〜」
糸が切れたようにフッと意識が途絶えた。
どうも、チェシャで御座います。
今回は特別セールで文量が倍です。
今回あとがきは短めに。
また次回。