『妖(ヨウ)坂沼とやら』
随分と上からだな。鏡を通してからしか見えないから姿が反転してわかりにくいが、きっと。とんでもなく皮肉タラタラな面構えに違いない…ムカッ。
「なんだ。お前」
『知っておるくせに』
坂沼は鏡を少し傾けて、自分の頭上で“ふわふわ“浮いている『それ』をみた。ーーその通りだ。認めたくはないが、僕はこいつを知っている。こいつは妖狐だ。妖狐は、力こそ絶大だが。普通はヒトに取り憑いてイタズラをする程度の、比較的無害な類の妖怪なはず。こんな鑑定宅に転がり込んでくる客に憑くような妖怪じゃない。それに。坂沼は鏡越しにガスの抜けかけた風船のように着地した妖狐を舐めるように見た。・・普通は人間の女の子の姿なんてしていない。妖狐といえば“お稲荷様”。目には視えないモノだ。
「やっぱわかんねーや」
妖狐が鏡に憑くなんて、聞いたこともない。あの依頼客も、なんでこんな鏡を……!!
『気づいたか』
「『気づいたか』じゃねーよ!!」
信じられない。
「おまえ、あの依頼客に取り憑いてたのか?」
『だから何じゃ』
「『だから何だ』じゃない!」
『「だから何だ」ではない、『だから何じゃ』じゃ』
妖狐..もとい少女がクスクスと笑った。
『稲荷にもそんな奴はおらんぞ?』
「稲荷…?…稲荷大社か!」
何てことだ。こいつは妖怪どころの騒ぎじゃない。
「神じゃん」
『敬え!』
「無理」
久しく大きなため息をつき、坂沼はどっと崩れるように玄関の床に座り込んだ。姪の次は妖狐。しかも、神様かよ。ーーはあ。
「勘弁してくれ」
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