テラーノベル
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ブライトン王国の西にあるネビルス山脈。その麓にある町レディングで、ある噂が広がっていた。
「おい、聞いたか? 山向こうからグロスター帝国の軍がやって来たって話」
「ああ、いつもの軍事的な挑発だろう。帝国は戦いたがってるからな」
ブライトン王国とグロスター帝国は対立関係にあり、いまは休戦状態にあるものの、いつ戦争の火蓋が切られてもおかしくなかった。
国境沿いは一触即発。兵士同士のいざこざはいつものことだったが、今回は明らかな違いがあった。
「その軍が全滅したんだろ?」
「そうらしい。ネビルス山脈に狂暴な魔獣が出て、屈強な兵士を食い殺したってよ」
「それ、山向こうの話だろ? 下手したら、ここまで来るんじゃ……」
町の人々が口にするのは、山奥に出たという魔獣の話。魔獣とは人に危害を加えるモンスターのことだ。魔獣が人を襲うことはたまにあるものの、軍隊を襲うのは極めて稀だった。
「まあ、そんな危ない魔獣がいるなら、国も黙っちゃいないだろう」
「ああ、たぶん討伐隊が組織される。もっとも、帝国の連中を蹴散らしてくれるならありがたいけどな」
「馬鹿言え! 魔獣が人間の都合なんて考えるかよ。山から下りてきたらこっちが危ないだろ!」
人々の不安の声は、当然、国の中枢にも聞こえていた。
ブライトン王国の首都・リーズハイネンバルクにある王城に、国の防衛を任されていた騎士団長、ダーレン・ホープが呼ばれていた。
通されたのは広い執務室。目の前には国の実務を担う宰相、トビアス・プラントがいる。ダーレンは背筋を伸ばし、トビアスが話すのを待った。
「……ダーレン。ネビルス山脈での出来事は聞き及んでいるか?」
仕事机の前に座り、書き物をしていたトビアスが訊ねてくる。視線は下を向いたまま、こちらに一瞥もくれない。
「グロスターの兵士が魔獣に襲われたという話でしょうか?」
「そうだ。市中には不安の声が広がっていると聞く」
「確かにそういう噂があることは存じております。しかし、ほとんどが伝聞。本当かどうか、確認は取れておりません」
ダーレンは真偽不明が噂に否定的だった。国境沿いにあるネビルス山脈には、多くのモンスターが生息している。だが、そのモンスターが徒党を組み、一国の軍隊を襲うなど、いままで聞いたことがない。
恐らく、話に尾ひれが付いたのだろう。兵士がモンスターに襲われることはあっても、全滅などありえない。
ダーレンはそう考えていたが……。
机の上でペンを走らせていたトビアスの手が、ピタリと止まる。ゆっくりと顔を上げ、こちらを見た。沈着冷静で無表情なトビアス。人間味を感じないため、目を合わせるといつも冷え冷えとした気持ちになる。
「すでに噂は国中に広がり、リーズハイネンバルクの市民たちですら不安を吐露している。放っておく訳にはいかんだろう」
「では、調査隊をネビルス山脈に送るのはいかがでしょうか? 私が詳細な報告書を作成し、トビアス様に報告いたします」
トビアスは満足そうに頷き、また書類仕事に意識を向けた。ダーレンは「失礼します」と断り、踵を返して部屋を出た。
ダーレンは王城の長い廊下を歩きながら、今後について思案する。見得を切った手前、半端な報告書は出せない。
徹底的に調べ、魔獣の集団などいないことを証明しなくては――。
ダーレンはすぐに会議の手配をし、軍の幹部を招集した。
◇◇◇
「今日はいい天気だなぁ」
アリスは傍らに置いたカゴから洗濯物を取り出し、一枚づつ竿に干していく。
夏が近づき、雲ひとつない空からは強い日差しが降り注いでいる。額の汗を拭ったアリスは、服をパンッと伸ばしてから竿に干した。
「アリス、それが終わったら夕飯の準備も頼めるかい? どうも腰が痛くてね」
「お婆ちゃん、無理しないで。わたしがやっておくから」
アリスは洗濯カゴを持ち、家の中へと入る。祖母は肘掛椅子に座り、顔を歪めていた。腰が相当痛いのだろう。
祖母は今年で68になるため、体のあちこちにガタがきてもおかしくない。アリスは祖母の代わりにキッチンに入り、エプロンを付けて夕飯の準備を始めた。18歳になったアリスは、家事全般ができるようになっていた。
仕事も手伝うようになり、祖母だけに無理をさせることはない。
なによりも、いまは頼りになる友達がたくさんいる。
ヤーコン芋を水洗いしていると、「アリス」と低い声で名前を呼ばれた。顔を上げると、開かれた窓の外から二つの目がこちらを見ている。
「グリン、どうしたの?」
窓の外にいたのは、ゴブリンのグリンだった。頭に白い布を巻き、衣服を着ているため、パッと見は人間にしか見えない。
アリスは【モンスターガチャ】に表示された文字を思い出す。
『グリン ゴブリン・ソルジャー Aランク Lv2』
昔は人の言葉を話さなかったが、合成を繰り返したことで進化し、いまでは人と同じように会話できる。
「バーンが起きたんだが、腹が減ったと騒いでる。放っておくと、また農作物を食べ尽くすかもしれない」
「ええ!? 困ったな。この前あんなに食べたのに……」
アリスはエプロンを外し、裏口から外に出る。裏庭にある畑を二体のモンスター、タウちゃんとぶーたんが耕していた。
「タウちゃん、ぶーたん! 適当なところで休んでね」
アリスが声を掛けると、二体のモンスターは「うおおん」「ぶおっ」と返してくれた。
『タウちゃん ミノタウルス Bランク Lv3』
『ぶーたん ハイオーク Bランク Lv6』
畑を横切り山に向かって歩いていると、空から二羽の鳥が飛んで来る。アリスを見つけるなり、頭上でクルクルと回り始めた。
どちらも赤い鳥だが、大きさは全然違う。アリスが手を振ると、「キュルルル」「オーーーン」と鳴き声を上げる。
『ピーちゃん フェニックス AAAランク Lv1』
『レックス グリフォン Aランク Lv1』
アリスは木の根を踏み越え、山の中へと入っていく。すると、木々の合間からウネウネした生物が近づいて来た。
「あっ、ぷるぷる。こんなところにいたの。もうすぐご飯だから、家に入ってて」
『ぷるぷる 虹色スライム Sランク Lv1』
キラキラと虹色に光るスライムは、体を左右に揺らしてから、ゆっくりと家に向かった。アリスはさらに山の奥へと進む。
鬱蒼とした樹々のせいで太陽の光が遮られ、かなり暗くなってきた。そんな場所に、コツ、コツと足音が響く。アリスは顔を上げ、周囲を見回す。
暗がりから一体のモンスターが現れた。
普通なら怖いのかもしれないが、アリスはそのモンスターをよく知っていたので恐怖を感じることはない。
目の前に来たのは馬に乗った鎧の騎士。だけど頭がなかった。
『スライブ デュラハン Sランク Lv1』
「バーンが目覚めたそうだな」
「そうなの、食べた量が少なかったのかな? なんにしても、わたしがなんとかするよ」
アリスはスライブの横を通り、さらに山奥に進む。樹々の合間から空が見えた。なにか巨大な影が横切る。
「グワアアア」と空気を揺らすほどの咆哮を聞いて、「ああ、メラちゃんか」とその姿を想像する。
『メラちゃん ファイアードレイク AAランク Lv1』
メラちゃんはかなり大きなドラゴンで、口から吐き出す炎はあらゆるものを焼き尽くす。もっとも普段はとても温厚で、人間を襲ったりはしないけど。
アリスは黙々と歩き樹々を抜けると、陽光が降り注ぐ明るい場所に出た。
そこには一匹の大きな犬がいた。金色の毛並みに長い尻尾。日向ぼっこをしながら眠っているようだ。アリスはそっと近づき、体を撫でる。体長は3メートルぐらいあるだろうか。犬は薄目を開け、こちらを見た。
「……アリスか。どうしたんだ? こんなところまできて」
『ラグナ フェンリル AAAランク Lv1』
「バーンが起きちゃったんだって。放っておく訳にもいかないから、いまから会いに行くところ。ラグナ、連れて行ってくれない?」
「またバーンか……仕方がない」
ラグナはゆっくりと立ち上がり、欠伸をしてからそれを噛み殺す。
「乗れ」
「ありがとう、ラグナ!」
アリスはラグナの体毛を掴み、体によじ登って背に跨った。
「落ちるなよ」
「うん、分かってる」
ラグナは前を向き、地面を蹴る。その跳躍はすさまじく、一瞬で山を飛び越えた。
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