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地面に着地したフェンリルはそのまま大地を駆け、深い森を抜けて行く。
もう一山飛び越え、小川を超えた先に、小高い丘が見えてきた。その丘に背を預け、座り込んでいる人影があった。座ったままでも10メートル以上はあるだろうか。肌は黄緑色で、全身は筋肉の鎧で覆われている。紛うことなき巨人だ。
巨人は悲しそうな顔でお腹をさすっている。
「バーン、待たせてごめんね」
巨人に近づいたアリスは、フェンリルの背からバーンを見上げる。
「ア……アリス……」
バーンは悲しそうな目をこちらに向けてきた。
『バーン ギガンテス Sランク Lv1』
アリスは「わたしについて来て」と大声で叫び、ギガンテスを誘導するように先を行く。巨人は立ち上がり、大きな足で大地を踏みしめ、歩き出した。一歩進む度に地面が揺れ、低い音が鳴り響く。
「バーン。西側の植物なら食べて大丈夫だから」
「ああ……うぅ……」
巨人は唸りながらついて来る。直立する姿は20メートルはあるだろう。これだけの巨体でも、バーンは動物を食べない。意外にも草食なのだ。
ただ大食漢なので、放っておくと樹や草花を食べ尽くしてしまう。
そうなったら自然環境は壊れ、辺り一帯、禿げ山になってもおかしくない。そんな状況を防ぐため、アリスは間引いていい木を教えたり、植物を食べていい場所に案内している。
バーンは食事だけで大事になってしまう。ただし、一度お腹を満たせば数日から一週間は眠ってくれるので、それだけが救いかもしれない。
「じゃあ、バーン。こっち側にある木は食べても大丈夫だから。あと西側の草も大丈夫。でも、食べ過ぎないでね」
「あ……ありがとう……アリス」
バーンは巨体を揺らしながら、のっそのっそと歩いていった。伸ばした両手で木を引っこ抜き、幹の部分をバリバリとかじっている。お腹が膨れて満足したら、また眠りに就いてくれるだろう。
アリスは一安心し、フェンリルの頭を撫でる。
「じゃあ、帰ろうか。夕食の準備もあるし」
「分かった」
ラグナは言葉少なに答え、来た道を引き返した。木々を飛び越えるラグナの背で、アリスは物思いにふける。
8年前、女神様に〝恩寵〟をもらえて本当に良かった。モンスターは手のかかる子たちもいるけど、みんな優しく、思いやりがある。グリンやタウちゃん、ぶーたんは果樹園や畑仕事を手伝ってくれるし、バーンはどんな物でも運んでくれる。
レックスやメラちゃんは空を飛び、色々な場所にも連れていってくれる。
虹色スライムのぶるぶるは酷い怪我でも治してくれるし、可愛らしいピーちゃんは癒し担当だ。
さらに、ラグナとスライブは用心棒。凶悪なモンスターや盗賊が来ても、あの二人ならやっつけてくれる。
――みんな、みんな。わたしの大切な友達。
ラグナがまた跳躍して、空に飛び上がる。アリスは目を細めた。山向こうに夕日が沈んでいく。
女神様が言った通り、わたしの願いは叶った。いまはもう、寂しくなんかない。
◇◇◇
ブライトン王国の騎士団団長、ダーレン・ホープは、ネビスス山脈の麓に来ていた。
分厚い鎧を着込み、騎馬に跨ったまま高い山を見上げていると、副団長のティム・サビルが声を掛けてきた。
「団長。本当に魔獣の群れなどいるのでしょうか? 見たところ、かなり穏やかな山に見えます。やはり、ここまでの兵力を連れて来る必要はなかったのでは……」
ティムは精悍な顔立ちをした青年だった。まだ若いが剣の腕は高く、団員からの評判もいい。
そんなティムが後ろを振り向き、顔をしかめる。そこにいたのは整列した騎士団、100名がいた。ダーレンは苦笑いしながら答える。
「トビアス様が懸念しておられる。市民の不安を一掃するためにも、危険なモンスターは全て駆除せねばならん」
「確かにそうですが……ネビルス山脈に魔獣が出たなど、いままで一度も聞いたことがありません」
ティムの指摘はもっともだった。他の地域で魔獣が見つかる報告はいくつもあったが、この地域では皆無。本当にグロスター帝国の兵士が襲われたのなら、突発的に魔獣が発生したことになる。
もっとも、他の地域から流れ込んできた可能性もあるが……。
「なんにせよ。行けば分かるだろう」
ダーレンは馬の手綱を引き、山に向かって歩みを進める。それを見たティムは右手を高々と上げた。
待機していた騎士団が一斉に動き出す。100名を超える兵団は、薄暗い樹海へと入っていった。
◇◇◇
どれほどの時間、山間を進んだだろうか。すでに日は沈みかけている。
ダーレンは剣で木の枝を払いながら山林を進む。ティムを始め、騎士団もあとに続くが、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
「やはり、なにもいないな……」
ダーレンは剣を鞘に収め、周囲を見回す。目に入るのは鬱蒼と茂る木々ぐらい。魔獣どころか、見つけたモンスターはスライムしかいなかった。
無駄足だったな、そう考えたダーレンは撤退を指示しようとした。その時――
「ん? なんの音だ?」
ダーレンは手綱を引き、馬の脚を止めた。遠くから音が聞こえる。辺りを見回し、音のする方向に馬を進める。
ティムが「どうしました?」と聞いてきた。
「聞こえないか? この音」
「音……ですか」
ティムも辺りを見回しながら聞き耳を立てる。しばらく沈黙したあと、ティムは顔を上げた。
「確かに音がしますね。西側でしょうか?」
「……行ってみよう」
ダーレンとティムは騎士団を引き連れ、さらに山奥へと進む。生い茂った木々を抜けると、信じられない光景が広がっていた。
「あれは……」
ダーレンは口をあんぐりと開け、100メートルほど先の丘に目を向ける。そこには巨人がいた。黄緑の肌、全身を覆う筋肉。身の丈は20メートルほどあるだろうか。凄まじい力で巨木を引っこ抜き、幹の部分をバリバリと食べている。
ダーレンはギリッと奥歯を噛む。
「ギガンテスだ! 間違いない」
その言葉を聞いた途端、ティムの顔から血の気が引く。
「ギガンテス……北の果てにいるという、伝説の魔獣ではないですか! そんな魔獣が、どうしてこんなところに?」
「分からん。なんにしても、グロスター帝国の兵団を壊滅させたのはヤツだろう。なんとしてもここで倒さねば!」
「し、しかし、我々だけで太刀打ちできるでしょうか?」
ティムが躊躇するのも当然だ。ギガンテスに挑んだ者など聞いたことがない。それでも、とダーレンは思った。
「この兵団には私や君を含め、〝恩寵〟を持つ者が五人いる。加えて騎士団も精鋭揃い、充分戦えるはずだ」
ダーレンの話を聞き、ティムは覚悟を決めて顎を引く。
「分かりました! ブライトン王国騎士団の名に懸けて、必ずヤツを倒します」
ティムは振り返り、後ろの部隊に合図を送った。団員たちは阿吽の呼吸で二手に別れ、巨人の視界に入らぬよう慎重に進む。
東から迫る部隊はティムが率い、南を進む部隊はダーレンが率いた。山林を抜け、木を食べている巨人に近づく。想像以上の迫力。こんな化物を野放しにしておくことなどできない。
ダーレンは剣を抜き、手綱を強く引いた。馬はいななき、巨人に向かって突進する。
「行くぞ! 私に続け!!」
ダーレンを先頭に、南から進行していた騎士団が突っ込む。東から近づいていた騎士団も、ティムの号令で速度を上げた。
二つの方向から敵が現れたのだ。巨人も混乱するだろう。事実、木を食っていたギガンテスは食べるのをやめ、不思議そうな顔でこちらを見ている。
「反応が遅いんだよ。デカブツ!!」
ダーレンは馬上から巨人の足に剣を振るう。斬りつけることはできたものの、皮膚が硬く、浅い傷しかつかなかった。「くっ」と顔をしかめるダーレンだったが、頭上から思いもよらない反応が返ってきた。
「うがああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
大気を切り裂くような轟音。巨人の叫びだ。鼓膜が破れそうな音にダーレンは耳を塞ぐが、より驚いたのは馬のほうだった。
鳴き声を上げ、前脚を大きく上げる。ダーレンは手綱を握り締めるも、暴れる馬を制御しきれず、そのまま振り落とされた。激しく背中を地面に打ちつけ、悶絶しながら周囲を見る。
すると、他の団員たちも馬から振り落とされていた。
ダーレンは剣を地面に突き刺し、なんとか立ち上がる。10メートルほど先には、怒り狂って地団駄を踏む巨人がいた。
こいつだけはなんとか倒さなければ。ダーレンは背中の痛みを堪え、剣を構えて巨人を睨んだ。