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「……ッ、お兄さんって、時々すっごい恥ずかしい事言うよね」
「ご、ごめん」
あれ? 何かおかしなことを言っただろうか? 自分は何を間違えた?
ぐるぐると考えを巡らせながら、チラリとナギを見れば、彼は耳を真っ赤にして俯きながらコーンスープを飲んでいた。
テーブル一つ挟んではいるものの、相手が凄くドキドキしているのが伝わってくる。
なんだかこっちにまでソレが伝染してしまいそうで、誤魔化すようにトーストを齧り、落ち着かない気持ちをなんとか抑えようと試みる。
なんなんだろう。胸の奥がムズムズする感覚。今まで味わったことのない感情が溢れて来て、心が満たされる。もっと彼に触れたくて仕方がない。
「……ねぇ、お兄さん」
ナギの声色が変化した。甘い空気を感じて戸惑う蓮の目の前に、身を乗り出して来たナギの顔が近付く。
「キス、しよ?」
「……え?」
「ダメかな?」
「だ、駄目ではないけど……」
テーブルを脇へ押しやり、手からカップを奪って置くや戸惑う蓮を押し倒した。
「ん……」
軽いキスの繰り返しが擽ったい。目が合って魅惑的な視線が絡むとドキリと胸が高鳴った。引き合うみたいに唇を寄せ合い、何度も角度を変えて啄ばみあう。グッと押し付けられたナギの下腹部の存在にぎくりとして、蓮は腕の中からナギを見上げた。
「おい、これから仕事……」
「大丈夫。マネージャー来るまで時間あるし……。もう少しだけ、こうしていたいな」
そう言ってギュッと抱きつかれ、躊躇いがちにその細い身体に腕を回して抱きしめ返す。
お互いの鼓動が伝わって来る。ドクンドクンと脈打つ音が妙に大きく聞こえるのは、きっとそれだけ自分の心拍数が上がっているからだろう。
「お兄さん、凄くドキドキ言ってる」
「そっちこそ」
クスクスと笑いあって額を合わせる。そのまま至近距離で見つめあいながら再び唇を重ねようとしたその時、ピンポーンと言うチャイムの音が二人の動きを止めさせた。
「えっ、もう来たの!? 早くない!?」
ガバッと起き上がったナギが慌てた様子で何やらモニターに話しかけている。
その様子になんだか可笑しさが込み上げてきて、思わず吹き出してしまった。
こんな自分は知らない。今まで誰かと付き合ったことなんて一度も無かったから、恋人同士の距離感なんてものがイマイチよくわからない。これが普通なんだろうか? それとも、違うんだろうか?
今までヤりたいという気持ちはあっても、こんな風に触れたいと思ったのは初めてだった。
こんな些細なやり取りでさえ、なんだかくすぐったくて、楽しいと思えるのは何故だろう?
これが恋というものなんだろうか? まだハッキリとはわからないけれど、少なくとも今この瞬間、蓮はナギと一緒にいる事がとても心地よく感じていた。
「あ! ナギ君達来た!」
「え? 何?」
迎えに来たナギのマネージャーの車でスタジオ入りすると、既にみんな集合していて美月が慌てた様子で駆け寄って来た。
「朝のアレ、かなりヤバい事になってるよ」
「アレ? あ、あぁ……あれね」
車の中であらかじめ、SNSで随分話題になっているようだと聞かされてはいたが、美月の慌てっぷりを見て、改めて事の重大さを実感する。
「もー、蓮さんも、いくら酔いつぶれてたからって出て来るタイミング悪過ぎでしょ」
「へっ!?えっ、あ、……あー、ははっそ、そうだね……ごめん」
一瞬、何の事だかわからなかったが、おそらくナギがそう言ったのだろうと瞬時に理解した。
もっとマシな言い訳はなかったのだろうか?
と、不満さえ覚えるが、彼も相当焦っていたのだろうし、蓮に非があるのは事実なので何も言えない。
「というか騒ぎになってるって、やっぱり批判が殺到してる感じなのかい?」
せっかくの宣伝が逆効果になってしまったのではないかと不安になって尋ねてみれば、少し離れたところで台本を読み返していた弓弦が、少々複雑そうな顔をしながらため息を吐いた。
「批判、というより……突然現れた蓮さんの存在に、一部の若い女性が沸き立って、騒ぎ立てている感じですかね。今の所、批判的な意見は少ないんですが、子供番組なのでなんとも言えないかと」
「あぁ……なるほど……」
確かに、子供が真似したらどうするんだとか、教育上良くないだとか、そういった類の意見が寄せられてもおかしくはない。
「草薙くんの言う通りだ。蓮……話がある」
いつになく硬い声が飛んできて、ひゃっと背筋が伸びる。
恐る恐る振り返れば、そこには眉間に深いシワを刻んだ凛が立っていた。
「……蓮。お前、あいつとどういう関係なんだ?」
「え?」
人気の少ない廊下に移動し、単刀直入に凛の口から放たれた言葉は、予想だにしていないものだった。蓮は思わず足を止めて、目を丸くして兄を見上げる。
「え? じゃない。お前がそこまで酒に強くないことくらいは知っている。だが、自分の限界を知らない年齢でも無いだろう」
「……」
返す言葉が無かった。酔いつぶれていたというのは嘘だと見抜いて、こんな質問を投げかけてきたのだろうか?それとも、ただ単に疑問に思っただけなのか。
この場合、兄になんと説明したらいいのだろう? 少なくとも今、付き合い合い始めたなんて言える雰囲気ではないこと位は蓮にもわかる。
思わず黙り込んだ蓮を見て、凛は眉間のシワを一層深くする。
どうしよう。何か言わなければ。
頭の中ではそう思っていても、上手く言葉が出てこない。口を開いては閉じてを繰り返していると、痺れを切らしたのか、兄は大きな溜息をついた。
「まぁいい。お前のプライベートに干渉するつもりは無いし、仕事に支障が出ない限りは何をしようと勝手だ」
「……」
「だが、一つだけ言っておく。あまりのめり込み過ぎるなよ。あいつは危険過ぎる」
「え……?」
一体何の話をしているのだろう? ナギが危険? それはいったい……?
聞き返そうとしたが、兄はそれ以上は何も答えてくれなかった。
蓮は兄が去って行った後もその場に立ち尽くしたまま、困惑気味に頭を掻く。
兄はいつもそうだ。言いたい事だけ言って肝心な事を何一つ教えてくれない。
前回の謎発言だって結局何が言いたかったのか、何を知っているのかわからないままだし、今度はナギが危険だって?
「ムカつく……」
兄に彼の何がわかるというんだ。考えれば考えるほど段々と腹が立ってきて、思わずチッと舌打ちをすると蓮は乱暴に壁を蹴った。