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外仕事が終わり、タクシーの中から空を見上げた。
昨日の土砂降りが嘘のように晴れ渡った空には、酷く輝く星が瞬いていた。無数の星たちを見ながら、あぁ今日は七夕だったかと思い出す。七夕の記憶など子供の頃で止まっていて、大人になってからはその存在すら忘れかけていた。でも何故だろう、今年はこの星空に願いを馳せたくなった。
自宅の前までとお願いしていたタクシーを止めて、少し歩くことにした。もう夜なのに体にまとわりつくような蒸し暑い街の中、何気なしに辺りを見回すと、ネオンの中に何本かの笹を見つけた。どこかの店か商店街か…どこが設置したのか分からないそれは、夜の街には不似合いで、サラサラと音を鳴らしながらそこだけ別の空間になったように静かだった。そこには短冊もいくつか見えて、気になって近くに寄ってみる。
『彼女が欲しい!』 『合格しますように!』
『目指せNo.1』
それらをなんとなしに眺めていると、見覚えのある文字が目に入った。
『相棒と2人、いつまでも… 2人でどこまでも上へ』
殴り書きのような少し乱れた文字。きっと急いで書いたんだろう。でも間違いなく俺の相棒の文字だった。それに手を添えてクルッと裏を見てみると、そこにも文字が書かれていて、それを見た俺は目を見開いた。そこにあるのはきっと彼が俺に言えない本心で……。そんなこと言われたことも、素振りすら見せなかったのにと驚いた。
次の瞬間、俺は走り出す。無性に彼の顔が見たくて…。
彼の家についてインターホンを鳴らすと、作業中だったのか、いつもは目にかかっている前髪を一つにまとめていて綺麗な顔が全て見えている彼がでてきた。急な訪問に少し迷惑そうな顔をする彼を無視して玄関に体を滑り込ませてドアを閉める。少し強引な俺に目を見開いて驚く彼。そんな顔すら愛おしくて、俺は感情のままに強く抱き締めた。突然のことに反応できずにいる彼の耳に口を寄せて、低い声で囁いた。
「あの願い事は本当か?」
「は?なんの事だよ!というか離せ!」
「ヤダ……答えて?」
「だからなんの事だよ!」
しらばっくれて、俺の腕から逃げ出そうとする彼を壁においつめた。さっきまで暴れていたくせに、逃げ場が無くなったと理解した彼は、困った瞳で俺を見つめる。そんな顔が可愛くて、口付けをしそうになるのをぐっと堪えた。
「街にあった短冊……あれお前やろ?」
「短冊……ぁっ! みた……のか?」
「さっきな……たまたま見つけてん。あれはほんとか?」
「っ……だったらなんだよ」
「俺がお前の彦星になったるよ……」
「え?」
一瞬意味がわからないという顔をした彼の顎を掴んで、少し強引に口付けをした。性急に求めるような口付けに、抵抗もしないで必死に答えてくれる彼。口の中で逃げる舌を追いかけて深く絡ませる。口の端から、飲みきれなかった唾液が溢れていくのも気にせずに。狭い空間は、どちらから響いているのか分からない水音で満たされていた。
口の中を余すことなく味わって口を離すと、彼は膝から崩れ落ちそうになってバランスを崩した。それがたまらなく可愛くて片手で持ち上げる。
「お前……キスうますぎだろ…」
「腰砕けるほど感じてくれて嬉しいわw」
「うるせぇよ……」
「……俺と付き合わんか?」
「……いいけど……浮気はするなよ?」
「しないww お前だけ愛したるよw」
「……なんか悔しい」
顔を真っ赤にして横に背けて膨れている彼の頬に手を添えた。そしてこちらを向かせるともう一度深く、今度は互いに貪るような口付けをした。彼の願いを叶えるために。俺だけに見せる、この縋るような熱っぽい瞳を独占するために。俺の中に閉じ込めていた、叶うはずがないと思っていた狂いそうなほどの想いを、そっと紐解いて解放した。
『アイツにとっての一番に…恋人になれますように』