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10 - 第10話 記憶の欠片を集めて君と共に…… 👾👑

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2024年07月23日

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「僕はニキ!イケメンだよ!」


俺は今日もいつも通りの挨拶をして撮影をスタートした。仲間と活動するのは楽しいし、充実してる毎日を過ごしている。……そう思っていた。グループのリーダーというか、中心として目立つ立ち位置にいる俺は、グループ関連の雑事をほぼ一手に担っている。周りの大人のちからももちろん借りてはいるが、基本的にグループとしての仕事の話は1度俺の所へ来るし、会議にかけるときも俺が詳細を詰めてから……となっていたりする。

その分……俺も気づかないうちにものすごいストレスを抱え込んでしまっていたらしい。深く眠れない日が続き、起き上がるまでに時間がかかることが増えた。撮影中も、顔が見えないのをいいことに、口先だけ笑って顔は真顔……なんてことも多々あった。仲間と食事……飲み……ほとんど断るようになっていった。タバコの量も増えていった。


「……キ」

「ニ……キ」

「ニキニキ!!」

「ん?あ……ごめん。なんだっけ?」


撮影中にも関わらずぼんやりとしてしまっていた俺に、りぃちょの俺を呼ぶ声が響いてきた。どこまでやったかすら思い出せなくなっていた俺は、いつも通り声だけで笑いながら軽く謝った。いつもならここで軽快なツッコミをくれる相棒も、ちゃちゃを入れてくるキャメやりぃちょも今日は何故か何も言ってこない。そのかわりに、すごく心配そうな声で18号が声をかけてきた。


「ニキニキ……最近疲れてるんじゃない?」

「ん?あーまぁそれはみんなも同じだろw」

「いや…まぁそうなんだけど、ニキニキのはまたちが…」

「じゃあさ、とりあえずさっきの続きから撮ろっか」


核心を突かれるのが嫌だった俺は、まだ話している言葉を遮り務めて明るい声を出した。そうしなければならないと思った。 コイツらに心配をかけてはならない。俺のことは俺自身で何とかしなきゃならない。その時の俺は、自分が誰かに頼ることを許さず、何もかも自分でしなければならないという、強迫観念にも似た何かに突き動かされていた。この時きっと、誰かに頼れていたら……せめて誰かに吐き出せていたら良かったんだと思う……。


数日後、その日もいつも通りに作業と各方面への連絡・調整を同時に行い、着々と仕事を進めていた。部屋の中はカタカタと鳴り響くキーボードの音だけが反響していた。でもその日は何かが違っていた。頭の中にモヤがかかったような…なにかハッキリとしないような……。それでもやらなきゃならない事は山積みなので、無理やり頭を動かす。何時間そうしていただろうか、突然頭の中で『パチンっ』となった気がして、意識を失った。




「……まだ連絡ないか?」

「俺のところには何も……」

「私のところにもないね……」

「ほんと……どこいっちゃったんだろう」


ニキが突然消息を絶ってから1週間が経っていた。あの日、撮影の時間になってもdiscordに来ないし、スマホを鳴らしても何の反応もなく、寝てるのかと見に行ったりぃちょが見たのは、玄関の鍵もかかっていないもぬけの殻となった部屋だった。作業の最中だったのか、PCの電源は付けっぱなしだし、画面も開いたまま。スマホも充電器に刺さったままだし、iQOSやタバコもそのまま置いてあった。財布については分からないが、とりあえずほとんど物を持たずに忽然と姿を消した……という感じだった。


「それにしてもさ……この雑務の量ヤバいね」

「あー……せやな。アイツこんなに抱えてたんやな」

「そうねぇ…何も言われないからって甘え過ぎてたね」

「外との仕事増えてるんだから、ちょっと考えれば分かったのにね……」


口々に後悔の言葉を漏らす俺たちは、ニキが抱えていたものを分担して処理していた。外部との事もあるので、滞らせてはなないものも多数あって、悪いとは思いながらニキのPCから遡って分かる範囲で処理していた。ただ、連絡は全てニキのところに来るため、俺とりぃちょで交代でニキの家に泊まって、その確認と処理をせねばならなかった。それでも捌ききれないほどの雑務が毎日舞い込んでくる……。これを1人で全て処理して、更に動画の撮影や配信・編集に投稿までやっていたかと思うと、皆気が遠くなるような気分になっていた。


「ニキは人に頼るん下手やからなぁ……」

「そう……だね」

「相棒の俺がイッチャンわかっとるのに……なんで気づかんかったんやろ……」

「せんせー……自分を責めないでよ」

「そうよ!私たちだって、ニキニキが疲れてるのには気づいてたのに、何もしなかったんだから」


ひたすら自分を責める俺を、みな口々に励ましてくれている。でも本当に、気づくことが出来なかったことにもどかしさを感じていた。一緒に住んでいたこともあるし、何よりアイツのことを少なからず想っているからこそ、誰よりも見ていた自信がある。なのにも関わらず……と自分を責めることを辞められなかった。


「今日は俺、ニキの家におるわ」

「え?でも今日は俺の番……」

「ええんよ。俺があそこに居たいんやから……」

「そっか……何かあったら呼んで?近いんだから」

「わかった……ありがとな」

「せんせー!俺後でなんか差し入れ行くよ!」

「ありがとな、キャメ!」


何となくだが、誰もdiscordから離れない日々。多分みんな不安で、一人でいたくなかったんだと思う。いつも誰かの気配を感じていたくて……そして、ニキについて何かあればすぐに共有できるように……。みんなが心の中で思っていたんだと思う。


「やっぱここはニキの匂いやな……」


ニキの部屋に来てまっさきに思うのはそれだった。ニキの空間……ここに居るだけでそばにいられるような気がして、俺はどうしてもここから離れたくないと思い始めていた。ニキが何を思い何を感じ、ここから姿を消したのか。今は誰にも分からないが、早く帰ってきて欲しいと思う。そして今度は、何を押しても力になりたいと心に決めている。


「アイツのおる場所が俺の居場所やからな……」

「こんなにも俺の中で存在がでかくなっとんのに……」


俺は、置きっぱなしになっていたニキのジャージを抱きしめてその場にしゃがみ込んだ。洗剤の匂いと共にニキの匂いがする気がして、思い切り抱きしめながら涙を流した。お前……どこにおんのよ……。そう小さく呟いた言葉は、涙とともにジャージへと吸い込まれていった。

しばらくそうして泣いていたが、少し落ち着いてきた気がして、立ち上がりスマホを見てみた。するとそこには、見知らぬ番号からの着信が何件も来ていた。


「なんやこの番号……」


不思議に思いながらスマホを見ていると、同じ番号からの着信を知らせる画面になった。不安に思いながらも恐る恐るイヤホンマイクの電源を入れ、着信ボタンを押した。


『突然すみません。ボビーさんのお電話でお間違えないでしょうか?』

「……はい、そうですが…どちら様でしょうか」


電話口で話すのは、だいたい40代〰️50代くらいの女性だった。ただ聞いた事のない声だったので、こちらも少し警戒したような声になる。それが相手に伝わったのだろう。相手も緊張したような声で、ゆっくりと話し始めた。


『20代の男性で、黒髪、目元にほくろのある方に心当たりはありませんか?』

「え?そこに……ニキが居るんですか?」

『ごめんなさい、お名前は知らないの』

「どういうことですか?」

『彼、自分のことが分からないみたいで……』

「え?でも俺の番号……」

『そうなの!この番号はお財布の中に綺麗に入ってたのよ』

「すみません……詳しいお話を聞きたいので、住所なんかお聞き出来ますか?」

『そうね…来てもらった方が早いわね』


そういうと、家の場所や目印となるものなどしっかりと教えてくれた。そのして俺は、そのままdiscordを開きみんながいるサーバーに入った。


「いまええか?」

「ん?どうしたの?」

「ニキ……見つかったかもしれん……」

「え?どういうこと?」

「詳しくきいてもいい?」

「ほんとに?」


ちゃんとみんな居て、ほっとした俺はみんなに先程の電話のことを話した。そしてそこまで行かなければならない旨も全て話した。


「俺、今から車だそうか?」

「俺も今からニキニキの家まで行くよ?」

「いや……いきなり皆で押しかけるんは相手に迷惑やから、ひとまず俺だけで行ってくる」

「そっか…すぐ出られるようにはしとくから、帰りとか呼んで?」

「分かった。キャメ、後でな」

「うん!」


俺はサーバーから抜けると、そのまま大急ぎで準備をしてタクシーを呼んだ。ニキに……ニキに会える。俺の頭の中はそれでいっぱいだった。思いを伝えずに数年、誰よりも近くにいたからこんなにも長く彼の声を聞かないのは落ち着かなかった。それにしても、自分のことが分からないとはどういう事だろうか。俺は、ニキのスマホや着替えを入れたカバンを持つ手にグッと力を入れた。とりあえず無事でいてくれたならそれでいい……。今はその事だけを喜ぼう……。そう自分に言い聞かせながら、タクシーに乗り込んだ。



「ごめんください」

「はーい」


言われた住所に着くと、そこは海辺にあるこじんまりとした民宿だった。チャイムを鳴らすと、中から背の低い中年の女性が現れた。ニコニコと笑顔のその女性は、俺を中へと導いた。


「ここよ⋯」

「お友達、来てくれたわよ」


ある部屋の襖を開けて中へ入った女性は、中に向かって声をかけていた。布団の上に座り窓の外を見ていた人物は、その声に反応してこちらを振り向いた。そこにいたのは、少しやつれてしまってはいたがニキで間違いなかった。俺は、持っていたものを足元へ置くと、ニキのそばへ駆け寄った。


「ニキ⋯お前⋯⋯今までどこにおったんや⋯」

「みんな心配しとる⋯一緒に帰ろう」


縋り付くように話す俺を、ニキは不思議そうな顔で見ていた。その表情に違和感を覚えた俺は、そばに居た女性の方を見た。すると、彼女は小さく首を振りやさしい声で話し始めた。


「私が彼を最初に見つけたのは4日くらい前なの」



4日前、女性は日課にしている朝の散歩のために、海岸沿いを歩いていた。早朝なのと、田舎の町なのでほとんど人と出会うことも無く、穏やかに歩く時間が好きなのだそうだ。だからこそ、その日砂浜にボーッと座っているニキの姿がやけに目立っていて気になったんだそうだ。最初は遊びに来てる大学生か何かかなと思っていたそうだが、それにしては何をするでもなく座っているだけというのがおかしいなと思った。ただ、声をかけることも出来ずにその場を立ち去った彼女は、夕方頃買い物で同じ道を通った時にはもう姿が見えなくなっていたため、それ以上気にすることもなかったと言っていた。しかし、翌日もその翌日も同じところに座ってボーッとしている姿を見かけるようになり、流石におかしいと感じおとといの夜、駅前にいたニキに声をかけたとのこと。すると、自分が誰でどこから来たのか分からず、どうしたらいいのか分からないのだと話したらしい。ひとまず、自分の家に連れて帰りゆっくり休ませた後、昨日になってやっとちゃんとした話ができた。

ニキは、財布だけは持っていたらしくその中にも現金がいくらか入っていたとのこと。そして、ポケットの中に綺麗に折りたたまれた俺の番号と名前が記載されたメモが入っていたとのことだった。


「そのメモを見せてくれた時ね、とっても優しい目をしていたの」

「え?」

「きっと大切な人の番号なんだろうなってその時思ったわ」

「そう⋯だったんですか⋯」


俺はまだぼんやりとしているニキに視線を戻した。この人に見つけてもらうまで、何をしていたんだろうか。財布だけ持って飛び出したのは何でなんだろうか。聞きたいことも分からないことも沢山あった。でも、今はこうして無事な姿で目の前にいてくれている。それがとても嬉しかった。


「あーニキ、お前の家から着替え持ってきたで」

「⋯ありがとうございます」

「着替えたらええ。俺はその間にキャメさんに連絡しとくから」

「キャメさん⋯?僕は……ニキって名前なんですか?」

「あーそうやな。仕事仲間からそう呼ばれてるんやで」

「そう……なんですか……」


何かを考えるように受け答えをするニキを見ながら、俺はキャメさんに車でむかえにきてくれるよう頼んだ。電話口で喜んでいたキャメには、掻い摘んで今のニキの状態を話して、落ち着かせた。そしてすぐに来てくれるというキャメの言葉を信じ、俺はニキに自分らの仕事のこと、俺との関係、メンバーのことなどをゆっくりと話していた。その間、ニキは時折驚いた顔をしながら俺の話を聞いていた。


「お迎えの車来たわよ」

「あ、ありがとうございます」

「あなた、ニキくんって言うのね。またおいで」

「……ありがとうございます。お世話になりました」


女性はニッコリと笑ってニキを送り出してくれた。俺は、ニキを先に車に乗せてから見送りに出てくれている女性へ改めてお礼を述べ、改めてきちんとしたお礼をする旨を伝えて助手席に乗り込んだ。


「キャメ⋯とりあえず」

「大丈夫。お世話になってる人達に連絡済みだし、これから病院へ向かうつもり」

「……お前仕事できるんやなw」

「酷いなwww」


俺とキャメが努めて明るく話していると、後ろの席に座っているニキがポツリと呟くように言葉を発した。


「僕と皆さんは仲が良かったんですよね?」

「そうやな…俺はお前と一緒に住んでたりしたんやで?」

「そうそう、ニキくんとせんせーは相棒だもんね」

「相棒…だから僕はせんせーの番号を⋯」

「ボビーや……」

「え?」

「お前だけは、俺の事ボビーって呼んでたんや……」

「あ……そういえばメモにも……」


ニキがいつもの様に呼んでくれないという事実が、ものすごく寂しくて…かなしくて…俺は涙が出そうになった。そんな俺を横目で見ていたキャメは、スっとティッシュを渡してくれた。それに、小さな声で礼を述べると小さく折りたたんで握り締めた。


「あのメモはな、ニキと二人で住んでた時に書いたもんなんやで?」

「そう……なんですか?」

「俺やニキは実家が遠いから、なんかあった時に頼れるんはお互いだけやなって話になってな……」

「……」

「お互いに名前と番号書いてあるもんを肌身離さず持って歩こうってそう言って互いに交換したんや」


まさか……ほんとに使うことになるなんて思ってなかったけどな…。俺はニキに聞こえないくらい小さな声でそう呟くと、溢れてしまった涙を気づかれないように拭った。せんせ?大丈夫?そう小声で聞いてきてくれているキャメに、俺は小さく笑って頷いた。そして前を向いて姿勢を正した。


「ニキ、今から仕事でお世話になってる人たちと一緒に病院へ行こう。おらんかった間に怪我とかしてたら大変やからな」

「はい……覚えてないことも多いですし……」

「それは……おいおいな。無理することは無い」

「でも……お仕事してるみたいですし、迷惑を……」

「そんなこと気にすんな!俺らがおる!安心しろ」


心細そうに瞳を揺らすニキに、俺は力強く言った。これ以上、らしくないニキを見ていたくなくて……。ニキには笑っていて欲しくて……。俺は必死になっていた。そんな俺を横で見ていたキャメは、そっと左手を伸ばして俺の手を握ってきた。驚いてそちらを見ると、悲しそうな顔をして進行方向を見ているキャメがいた。きっと、俺の焦る心と悲しみが伝わってしまっていたんだろう。俺は、礼を込めてそっとその手を握り返して、キャメの方を向いて小さく笑顔を作った。


「……あの!」

「ん?なんや?」

「お2人は……その、お付き合いとかしてるんですか?」

「なんでそうなるんやwww」

「だって……手を……」


そう言って、苦い顔をして俺とキャメの握ったままの手を見つめて言うニキ。その苦い表情の意味を測りかねながら俺はそっと手を離してニキを見つめた。


「これはな、焦りすぎないように落ち着けってしてくれててん」

「どういう意味ですか?」

「お前のことを1番心配してたんが俺やから……」

「あ……」

「焦ってニキを問い詰めたりせんようにって……」

「そう……だったんですか……」

「あの……貴方にとって僕ってどんな存在だったんですか?」


少し考えながら言うニキに、俺はどう答えたらいいものか……と一瞬悩んだ。でも、嘘も良くないし変に誤魔化すのもきっと良くないだろうと思い、小さく深呼吸をした。


「誰よりも大事な存在や」

「どういう……」

「そのまんまの意味や…思い出したらちゃんと話したる」


そう言って笑顔を向けると、ニキはそうですか……と小さくつぶやいて下を向いた。ニキが何を考えているのかはわからない。でも今度は後悔しないように、自分の気持ちをきちんと表に出していこうと心に決めていた。


「……せんせー……もう隠さないんだね」

「せやな……もう隠さへん」


心配そうなキャメの言葉に、俺はハッキリとそう告げるとまっすぐ前を向いた。そんな俺をキャメがどんな気持ちで見ているのかなんて気にもせずに……。



都内まで戻ってきた俺たちは、ニキを病院まで連れていきそこで仕事関係の方々と合流した。そして粗方のことを説明し、ニキの診察が終わるのを待った。


「ニキさんのご関係者の方ですかね?」

「はい。そうです」

「説明がありますので、皆さんどうぞこちらへ」


しばらくして呼ばれた俺たちは、小さな会議室のような場所に通された。

そこでは現在、ニキに目立った傷はなくただ食べてなかった期間がある様で、その分衰弱はしているがそれも数日程で回復するだろうということを報告された。それを聞いた俺たちは、心の底から安堵した。しかしその後の医師の言葉に愕然とした。


「身体的な健康状態はさほどでも無いのですが、精神面で限界ギリギリだったようです」

「え?」

「カウンセリング等を行った結果分かったことです。彼は責任感の強い方ですかね?」

「……そう、ですね」

「抱え込みすぎたんでしょうね。なにかに追われてると今も感じている様です。恐らくそれが記憶障害の原因かと思われます」


俺たちは足元が崩れるような感覚に陥っていた。俺たちがニキに頼りきりになっていたせいでこうなったんじゃないかと……。大丈夫だと笑ってるニキを信じて…過信して…追い詰めてしまっていた。俺は涙がこぼれそうになるのをグッと堪えて医師をみた。


「どうすれば…どうしたらいいんでしょうか」

「これと言った解決策はありませんが…休ませてあげてください。あとは、彼が楽しいと…記憶を取り戻したいと思うことができるように手助けしてあげてくたさい。ただ、焦りは禁物です。追い詰めてしまうことに繋がりかねませんから」

「……わかりました。仲間と話し合います」


涙がこぼれないように顔を強ばらせている俺の手を、キャメが優しく握りしめてくれていた。その温かさに少しだけ助けられた。

説明を聞き終えた俺たちは、ニキのいる病室へと向かった。念の為個室で必ず俺の事務所の誰かしらがつくという厳戒態勢に、俺ら何者やねんと心の中で突っ込んでしまった。ただ、ニキの今の状態をリスナーに包み隠さず言う訳にはいかず、回復するまではしばらく話さずにいようというのがオトナの見解だった。


「ニキ、来たで」

「あ、しばらく入院って言われちゃいました」


恥ずかしそうに笑うニキの顔は、いつもよりもかなり柔らかくて、俺は思わず胸が高鳴ってしまった。こんな時にもかかわらず、初めて見る表情に惚れ直してしまう俺はもうどうしようも無いなと苦笑いするしかなかった。


「これからは、俺らの誰かが必ず来るようにするから」

「そうそう、なんならPCもちこんでここで作業します」

「それはありww見舞いしながら仕事出来んのええなw」

「ふふふw 僕って皆さんから愛されてるんですねw」

「そう…やなw 俺らには無くてはならない存在やからな」


いつもと同じ笑い声に少し安心した。まだ笑えるならきっと大丈夫。俺がこの笑顔をまもらんと!そう意気込んでいた。俺らが笑いあっていたその時、個室のドアが勢いよく開いて、白髪の小僧が飛び込んできた。


「ニキニキ!!良かった無事で……」

「……えっと……」

「え?なんかいつもと違くない?」

「りぃちょ……実はな……」


俺は先程の医者からの話を掻い摘んでりぃちょに説明した。その話を目を見開いて聞いていたりぃちょは、話終わる頃には目に涙をためてニキのことを見つめていた。そんなりぃちょに申し訳なさそうな顔をするニキは、どこか寂しげだった。


「……すみません」

「ニキニキ……謝らないでよ!!」

「そうやで…誰が悪いとかないねん」

「そうだね。みんか思う所はあるけど誰が悪いという訳じゃないね……」

「……ありがとうございます」


儚げに笑うニキがいつもと違って弱々しくて、俺は衝動的に強く強く抱きしめた。突然のことに驚いたニキは、しばらく手をさ迷わせていたが、時期に恐る恐る俺の背中に手を回して抱き締め返してきた。今感じている体温はたしかにニキのものだし、鼻をくすぐるのは懐かしい匂い。でも反応や発言が全部いつもとは違って……。俺は堪えていた涙が溢れてくるのを感じた。そんな俺を、ニキは慰めるようにゆっくりと背中を撫でてくれていた。


「すまん……大変なのはニキやのに……俺が泣くのは違うってわかっとるのに……」

「ボビーさんは、ホントに僕のことが好きなんですね」

「っ……そう……やで。お前のこと大好きなんや」

「ふふふ…覚えてないですけど、なんだろうこうしてるとしっくりく気がするんです。なんか…安心する」

「っ……ニキ」


それ以上言葉が続かなくて、俺はただ涙を流し続けた。その間、ニキはずっと優しく俺を抱きしめてくれていた。さっき流れて言った本当の気持ちは、きっと冗談かもっと軽いものだと思われてそうだが……。でも記憶が戻ったらきちんと伝えよう。砕けてもいいから、後悔だけはしないように……。


「せんせー……ニキニキ……」

「っ……おれなら……((ボソッ」

「キャメさん?なんか言った?」

「いや……なんでもない」

「……ならいいけど……」

「せんせー、そろそろ面会時間も終わるし帰らなきゃ」

「あ、そうやな」


キャメに言われて時計を見ると、もう面会時間終わりの17時になりかけていた。


「ニキ、また来るからゆっくり休めよ」

「はい。またLINEとかで連絡します」

「だね!何か必要なものあったら言って!」

「じゃ、ニキくんまた」


病室から出ると、俺はキャメに腕を捕まれ車へと連れていかれた。ちなみに、りぃちょはこのあと予定があるとかで先に走って出ていっていた。


「なんやねん…腕痛いわ!」

「せんせー…ニキくんやめて俺にしときなよ」

「はぁ?なにゆっとん?」

「だから…俺と付き合おうよ」

「え?冗談……よな?」

「冗談……言ってる顔に見える?」


俺を助手席に縛り付けるように腕を押えて、覆い被さるように俺を見つめてくるキャメ。その目は真剣そのもので、適当に返事をすることを阻まれるほどの必死さを宿していた。俺はその痛いほど伝わってくる感情に応えることができず、思わず目をそらした。


「すまん……気持ちは嬉しいんやけど……」

「ふぅ……分かってるよ。せんせーの中でニキくんの存在がどれだけ大きいのか……」

そこまで言うと小さくため息をついて、でも傷ついて欲しくない……と聞こえるか聞こえないか怪しいほどの小声で呟くと唇を噛んだ。

「やっぱり………望み薄かなぁ…」

「え?」

「気持ち伝えても付き合えへんもんなぁ……」

「それは……分からないけど」


歯切れ悪く口どもるキャメに俺は苦笑いした。気遣ってくれてるのは分かるし、答えにくい質問だったと反省してそっとキャメを押し戻しながら、ごめんな……と小さく謝った。


「そうやなぁ……俺が振られたら考えたるわw」

「ふふふ……じゃあ振られるの祈ろうかなw」

「そりゃ酷いやろww」

「ふふふw 俺にとってはのその方が好都合だしw」

「いけずやなぁww」


気持ちには答えられないけれど、キャメとの関係性が変わってしまうのも嫌だった。俺が言っていることは、キープすると言っているようなものなので最低だとは分かっていた。それでも、キャメの言葉で少し心が軽くなったのも事実だから……。蔑ろにはしたくなかった。




それから数日後、ニキには少し変化があった。

ニキが作った動画や配信などを毎日見せているせいか、少しづつだが記憶が戻ってきていた。断片的なものばかりではあるが、それでも少しづつ元のニキに戻ってくれるのは嬉しい事だった。しかし、それと同時に不安なことも増えてきていた。それは、記憶を失うほど彼を追い詰めたものが何なのか、ハッキリしていないという事だった。


「ねぇボビー?」

「なんやー?」

「◯◯ってどうなってたっけ?」

「んー?外部とのやつか?あれは処理終わってるでー」

「あ……そうなの?」

「せや……まかせろ!お前がゆっくりできるようにみんなで手分けしよる!」

「みんなも仕事あるのに……」

「ええんやって!お前あっての女研やけど、みんなの女研なんやから、みんなで荷物背負わせてくれ」

「……ありがとう」


断片的に思い出しては不安になって、それがきちんと処理済みだと分かるとほっとしたような、拍子抜けしたような複雑な顔をしていた。1人で背負わなくていいんだと伝えたいだけなのに、彼にはなかなか伝わってくれなくて、俺たちはヤキモキしていた。

そして、俺たちが帰った後ニキが1人で泣いていることがあると看護師さんに言われた。何を思って泣いているのか、何がそんなに彼を追い詰めているのか…俺たちは聞くことが出来なかった。




ある日、俺が病室へ忘れ物をして一旦取りに戻った時、扉の向こうからすすり泣く声が漏れてくるのが聞こえた。入っていいものか悩んだが、取りに行かねばならないものもあったので、意を決して扉を開けた。すると、扉の音に驚いたニキが身体を大きく震わせてこちらを振り返っていた。その目には沢山の涙が溜まっていて、頬にも涙が流れた跡が残っていた。それを見た俺は、何も言わずベッドのところまで行くと、そのままニキを抱きしめて頭を撫でた。


「なん…だよ……」

「いや……ただこうしたくなっただけや……」

「グスッ……理由……聞かないのかよ」

「言いたいんやったら聞くで?」

「……ボビーのそういうとこ好きだなぁ」

「ふはw 俺もお前好きやぞw」

「……違うんだよなぁ」

「何がや?」


ニキが言いたいことがイマイチ分からず首を傾げながら顔を覗き込むと、思いの外熱い視線を向けられていて驚いた。ニキは、そっと俺の頬に手を当てると唇が触れそうなほど近くで囁くように優しい声を出した。


「俺ね、ボビーの事愛してるみたい」

「え?」

「俺にとってボビーは、恋愛対象なの」

「うそ……やろ?」

「嘘じゃないよ……ちょっとずつその気持ちも戻ってきてる」

「……そやったんか」


ニキからのまさかの告白に、俺は胸が高鳴ると同時に戸惑いを感じていた。なぜなら、そこまで想っていてくれていたのに、いなくなる以前はそんな素振りがなかったから。あとは、もしそうなのだとしたらなぜ今更そんな話をするのか……さっぱり分からなかった。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ニキは言葉を続けた。


「ボビーのは友愛でしょ?俺のとは違う」

「……なんでそう思うんや?」

「キャメ……と距離近いじゃん?付き合ってんのかなって」

「……キャメとは付き合ってない」

「そう……なの?」

「あぁ……告られたけどな」

「っ……なんて答えたの?」


どう答えたものかと、俺は少し押し黙った。その間、ニキから向けられる目は力強く少し身構えてしまいそうなほど真剣なものだった。


「付き合えんっていった」

「なんで?」

「……好きなやつ……おるから」

「……誰?俺の知ってる人?」


お前だよ!と言いかけて、一瞬躊躇した。ただでさえ不安定なニキに、告げていいものかと。先程のニキの告白は嬉しかったし、飛びついて強く抱き締めてキスをしてしまいたいくらいの衝動には駆られている。でも……まだ踏み切れない臆病な自分に嫌気がさした。目の前でニキは不安そうに瞳を揺らしている。今にも消えてしまいそうな程に儚い表情をするニキに、俺は涙が出そうになった。


「……なんで、泣きそうな顔してるの?」


そう言ってふいに伸ばされた手が俺の頬に触れる。優しく大切なものを触るような感覚に、俺の胸は煩いくらいに高鳴っていった。


「……まえや……」

「え?ごめん、聞こえなかった」

「だから……お前や……」

「え?どういう……」


戸惑って目を見開いているニキを力任せに引き寄せ、噛み付くようなキスをした。一瞬、身体を固くしたニキも、次第に力を抜いて俺の首に手を回してキスに応え始めた。熱くて柔らかいニキの舌を甘く食み、互いの唾液を交換するように舌を絡ませあった。薄く目を開けてニキの様子を見ると、ウットリと閉じた瞼を小さく震わせていた。

しばらくそうして唇を合わせていた俺たちは、チュプッという水音と共に唇を離した。名残惜しげに口から少し覗いている舌からは、少しだけ糸を引いていてそれがまた淫靡で腰が重たくなるのを感じた。


「これが……俺の答えや。わかったか」

「う……ん………………った」

「どうした!ニキ!!ニキ!!!」


突然頭を抱えて苦しみ出したニキに、俺は慌ててナースコールを押した。しばらくして廊下から慌ただしく駆け込んできた看護師や医師に俺は押しのけられ、部屋の隅にいることしか出来なかった。




数日後。


「ボビー」

「ん?なんや?」

「……ありがとね、信じて待っててくれて」

「当たり前や!俺らの大将はお前やからな」


ニキは今日、ようやく退院となった。ニキの記憶はもうほとんど戻っている。あの日の頭痛は、記憶が戻る時の反動のようなものだったようで、鎮静剤を打たれて眠りに落ちたニキは、目が覚めた時にはほぼ元に戻っていた。記憶を失ってた期間の記憶もきちんとあったため、俺らは猛烈に謝られた。それに対して、キャメもりぃちょも18号も勿論俺も、顔を見合せて苦笑すると謝罪を受け入れた。そして俺らからも謝った。これまで当たり前のように雑務を任せていたこと、それに気づきながらも手伝わなかったことを心の底から反省していた。

ニキも今回のことで少し自分を追い詰めすぎたと反省したらしく、俺らを素直に頼るようになった。そして今は俺の横で穏やかな寝息を立てている。退院してから数日後、改めて俺から付き合って欲しいと気持ちを伝え、晴れて恋人同士になった。おもて向き何が変わるわけでもなかったが、少なくともちゃんと弱音を吐いてくれるようにはなった。


「ボビー?どうしたの?」


いつの間にか目を覚ましていたニキが俺を見上げる。昨夜の名残で少し掠れた声が愛おしくて抱きしめたくなる。それを我慢して、目にかかっている前髪を払ってやる。


「こうやってニキと朝迎えられるん幸せやなって」

「何言ってんの?ww大袈裟じゃない?ww」

「そんなことないで?離れた無いもん」

「ふふふ ほんと、ボビーは俺にベタ惚れなんだね」

「せやなぁ……悔しいくらいにベタ惚れやわ」

「っ……ずるい」


真っ直ぐに目を見つめて答えてやると、恥ずかしそうに目を伏せてしまった。そんな反応すら愛おしくて、額に触れるだけのキスをする。このまま時間が止まってしまえばいい。これから先、二度とニキが目の前からいなくなることがないよう、俺はこいつを支えていこうと思う。この愛おしい温もりを腕の中に閉じ込めてでも……。

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