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少なくともあの瞬間まで佐伯にとって宇佐美はただの仲の良い友人だった。
彼と映画を見に行ったことがある。原作は小説で舞台化もしていた名作。戦後、激動の時代を生きる人々を描いたもので、最後は主人公が報われない悲しいエンディングを迎えるもの。
自分は舞台を見たことがあったから結末は知っていた。喪失感を胸に落としていった名作。エンドロールが流れてふと、隣を見る。
あの瞬間が、焼き付いてしまっている。
悲しく切ない主題歌が流れていた。映画館の音響だ。聞こえなくなるなんてことはない。ありえない。なのに、あの瞬間だけは俺の耳には一切の音も入ってこなかった。うすぼんやりとした館内に目が利くようになるまではほんの数秒にも満たなかった。
エンドロールを眺める彼の夕焼けと南国の水平線のような目。瞬きを繰り返すうちに透明な膜が膨らみを増していく。それがひとつの雫になって頬を滑って落ちていった。
彼が泣いているのを初めて見た。
綺麗だと思った。
焼き付いてしまった。彼との思い出は沢山ある。くだらない話だって沢山、沢山した。屈託なく笑った顔をいっぱい見た。なのに、どうしてこれだったのだろうか。どうしてこの瞬間だったのだろうか。
彼を好きだと自覚した瞬間は映画のワンシーンのようだった。
セリフもbgmもない、高画質なカメラがただ演者を捉える。
もし、この話にエンディングがあるなら報われない結末を迎えるのだろう。佐伯は自らの想いに蓋をすることにした。だって、彼にとって自分は友達でそれ以上になることはなくて、恋愛対象はきっと女性だろうから。
「ホテルのオープニングセレモニーの招待状?!」
「そう!ンゴ達お呼ばれされちゃったって訳!……一体なぜ???」
佐伯と宇佐美、周央と東堂はそれぞれ浮足立つ気持ちと困惑を綯い交ぜにした複雑な表情で上質な紙で出来た招待状を見つめた。
同封された手紙を見るとどうやらこのホテルは、かの有名な劇場の近くに建てられたものらしい。当然のように4人とも一度は訪れたことのある劇場だ。
内容を見て推測するにホテルがターゲットとしている宿泊客にこの劇場へと足を運ぶ観客も含まれている。その客側になり得るインフルエンサー枠として4人は呼ばれたらしかった。
「え゛ーー!!舞台俳優さん達も何人か招待されてるみたいだよ!!」
「噓!!え、誰が来るんですか!?」
スマホでオープニングセレモニーについて調べていた東堂が大声を上げた。見せられた液晶画面きはこの4人なら勿論知っている大物俳優の名前が連なって記載されていた。
「え…豪華過ぎません?」
「ちょっと待って、このホテルもしかしてやべーお高いところなんじゃ…」
豪華すぎるゲストに若干引いたような宇佐美の声。何かを察した周央がスマホにフリック入力をする。
「おぉう…ッスーーー…」
息を吸い込む音。見せられた画面の宿泊料金は0が1,2,3,4…。数えている途中で佐伯は思考を放棄した。高い。とても庶民の自分が客として泊まりにいけるようなところじゃない。他の3人も思ったことは同じだったらしい。
「ますます何で呼ばれたんだろう…」
佐伯は一言こぼした。宣伝効果があるだろうと思って呼んだとして、他の3人はともかく自分は見合っていないような気がしてしまう。
「セレモニーやるっていう大ホールってもしかしてここですかね?」
宇佐美が指差した画像には大きなシャンデリアが吊り下がった、城の中なのではと思うほどに豪華絢爛な空間。彫刻のような装飾を施された壁、ピカピカに磨き上げられた床、ホールをぐるりと囲むように配置された階段。
「こんなんもう、おとぎ話に出てくるお城じゃん」
「すごい、こんなところあるんだ」
周央と東堂は目をキラキラさせてスマホを覗き込む。隣を見ると宇佐美も見とれるようにスマホの中にある非現実的なそのホールを見つめていた。
「…行きたい、ね」
「ね。行こう、4人で」
周央と東堂は頷きあってこちらを見てきた。
「ね、行こう」
「…そうですね」
「行きましょう」
この場に自分が見合っているかいないかはさておき、豪華絢爛なホールにそれに負けないくらいの舞台役者がゲストとして呼ばれている場に招待されているのだ。ミュージカル好きとして行く以外選択肢はない。4人は頷き合った。