テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
1件
当日に至るまで4人はまず初めに衣装を揃えることにした。
一応ドレスコードがあると招待状に記載があったため、それに合うような服を選ぶ。佐伯と宇佐美はスーツ、周央と東堂はドレス。いつか着たあの衣装をそれぞれ着ていくことにした。
「来場者自由参加で社交ダンスするコーナーもあるんだ……」
「本当におとぎ話に出てくる景色が広がってそうですね」
「社交ダンスにも色々あるけどなに踊るんでしょうね。洋画とかでよく見るブルース?でしたっけ」
「だと思いますよ」
東堂と宇佐美が話す声が聞こえた。
佐伯は2人が踊っている風景を連想した。2人ともダンス経験者で容姿が整っているから並んだら絵になるのが想像に容易かった。
ターンした時にふわり揺れるフリルと東堂の長い髪。その体を支える宇佐美はきっと優しい顔をしていて。
「わぁ、こはたんが踊ってるところ見たい」
「えぇ?一緒に踊ってよ」
「一緒に?出来るかなぁ?」
「大丈夫、リードするよ」
周央と東堂だったら微笑ましいものになるのだろう。ほんの少しぎこちない周央を東堂がリードして、ちょっと失敗してしまったら2人で笑って、手をとり直して。
「宇佐美さんもダンス出来る人だよね」
「俺?いや、社交ダンスはほんの少しだけ踊れるくらいで」
周央と宇佐美だったら身長差がかなりあるから宇佐美が完全に周央をリードするようなものになるのだろう。男性が女性を抱え上げてくるりと回るあの動きがよく映えそうだ。
「テツはどう?」
「……え?」
名前を呼ばれて突然現実に引き戻される。
「社交ダンスだよ。ぼーっとしてたろお前」
「あ…うん」
「マジで話聞いてなかったときの反応じゃん」
くふ、と笑って宇佐美が言う。
「テツもダンス上手いからな。俺もテツが踊ってるところ見てみたい」
「そうだ、佐伯さんめちゃめちゃ身軽に動けるもんね」
宇佐美の発言に周央も乗っかる。
「やー、俺は社交ダンス踊ったことないんですよ。舞台演出でよく見るから多少は知識ありますけど」
「そうなの?」
「踊れそうなのに」
「そうですか?」
「うん。すんなり上手に出来そう」
「そうかなぁ」
佐伯は笑顔を作りながら曖昧に相槌を打った。
帰宅後、佐伯はため息をついた。
『俺もテツが踊ってるところ見てみたい』
見てみたい、ね。
彼の中で俺は一体どんな風に踊っていたのだろうか。どんな顔をしてステップを踏んでいたのだろうか。彼の中で俺の隣で手をとっていたのは一体誰だったのだろうか。
俺はリト君と踊りたいんだけどな。
あの場でそう言えていたらどれだけ良かっただろうか。座椅子に腰掛けてくしゃ、と頭を掻く。彼に対しての好意は黙っていようと決めていたことなのに言えていた時のことを想像してしまうなんて愚考だ。
ダンスに限らず彼の隣にいるのは、隣が似合っているのは素敵な女性で、そうあるべきで。彼もそれを望んでいるはずで。
そう考えていれば鼻の奥がツンと痛んだ。
苦しくなってライターと煙草を手に取りベランダに出ようと硝子戸に手をかける。ガラガラと逃げ出すように慌ただしく開けた。
湿気て曲がった煙草を一本咥えてカチ、カチと何度も着火レバーを押し込む。オイルの残りが少ない。やっと煙草に火がつく。肺の奥まで届くように深く吸い込んで煙を吐き出す。
滲んでいた涙を煙草の煙のせいにしたくて何度もそれを繰り返した。
彼に対する気持ちなんかこの煙みたいに消えてしまえばいいのに。
吸って吐いてを繰り返してむせた。また涙が滲んだ。