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「お帰りなさいませ。お姉様」
部屋に戻ると、シェナは駆け寄るように私の前まで来て、そして一歩退いた。
「……お茶をお淹れしますね」
沈んだ私の顔を見て、察されてしまったらしい。
取り繕えなかった。
ショックが、この部屋に戻るまでの一歩ごとに膨らんで、胸が張り裂けそうだった。
私が思っていた以上に、何か深刻なことがあったのだろう。
そう易々と、人に語れないような出来事が。
蒸し返さない方がいいことだってある。
私だって、いじめられていた時のことを語ってくれと言われても、気が乗らない。
乗らないどころではなくて、私にとっては思い出したくもないことだ。
ああ、そうだった、そんなことがあったんだった。
それを思い出すだけで、未だに涙も零れる。
悔しいし、色んなことが連なって思い出されて、あの頃の感情が蘇ってしまう。
……それでも平気で居られるのは、今が幸せだからだけど、すぐには立ち直れない。
少しは時間が必要だし、落ち込んでいる間は今みたいに、シェナに気遣わせてしまう。
さっきのショックだった反動と、今は自分の過去を思い出したフラッシュバックで、もうしばらく、さらに時間が必要になってしまった。
「シェナ……」
弱々しく呼ぶと、お湯を沸かすのを止めて私の側に来てくれた。
呼んだだけで何も言わないでいると、私の手を引いてベッドの縁に座らせてくれて、それから抱きしめてくれた。
言葉はない。
けれど、その温もりが全てだった。
全力で私を支えてくれるシェナの、精一杯の愛情と優しさ。
「ありがとう……」
魔王さまを支えて差し上げたいのに、この体たらくだけど。
甘えさせてくれる人に、目一杯頼って……そうしたらまた頑張るから。
――そう思っていると、少し元気になった気がして顔を上げた。
私の取り柄は、わりと現金なところだ。
魔族に転生してから、切り替えだけは早くなったと思う。
「……本当に、お姉様はお強いですね。では、さすがにお洋服にお着替えください」
心が繋がっているからか、シェナの対応の切り替えの早さは、私譲りなのかもしれない。
「もう。もうちょっとくらい甘えさせてよ」
「ダメです。いつもそんな格好でウロウロなさって。は、破廉恥です」
恥じらいは、持っているつもりだけど……。
シェナにそう言われると、もしかすると、だんだん薄れてはいないだろうかと不安になる。
だから一応、黒のマントを羽織って出て行ったのにと確認すると、やっぱりちゃんと全部覆っていたから安心した。
「ちゃんと見えてないから、大丈夫よ」
「いいえ。お手を取った時、スケスケのネグリジェが丸見えでした」
「えっ……?」
ということは、マントから手を出した時は大体見えていた、ということかしら。
大至急、記憶を総動員して部屋を出てからのことを思い出す。
管理室の扉を開いた時は……マント越しだった。
オレンジジュースを飲んだ時は……気を付けていてもう片方の手で纏わせていた。
肩口まで腕は見えただろうけど。
じゃあ、もう大丈夫――。
けれどはたと、ファル爺が目を逸らした時のことを思い出した。
机を、叩いた時……。
私はマントから、両手を出していたような気がする。
「――シェナぁ」
「ほら言った側から、丸見せで歩いてらしたんでしょう」
「ちがくてぇ。でも、爺に見られたかもぉ……」
「はぁ。次からは、起きたらすぐにお着替えください。いつも着せようとすると、まだ眠りたいからとお聞きにならないから……」
「う~……だってぇ」
「言い訳ご無用です――」
――このあと、珍しくシェナのお説教がしばらく続いた。