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〈ストーリー〉
窓を開けると、涼しい風が吹き込んできた。
空は快晴、秋晴れだ。
その風で古い窓枠がミシミシと音を立て、レースのカーテンが揺れる。
彼女は開け放したまま、そばのラックから一枚のレコードを取り出す。
プレイヤーにそっと載せ、針を静かに落とす。
パチパチと焚き火のような気持ちのいい音がして、懐かしいメロディーが流れ始める。
あのときの彼と彼女が好きだった曲だ。
『Saudade』
サウダージと読むのだと彼に教えてもらった。
その少し悲しげで、でも情熱的なメロディーは未だ聞き飽きない。
椅子に座った姿勢のまま4分ほどが過ぎ、一曲が終わる。彼女はレコードを取り上げ、ジャケットにしまう。
とそのとき、中に入っていた一枚の紙に気がつく。しばらく棚で眠っていたせいか、すっかり存在を忘れていた。
丁寧に二つ折りの紙を開く。
それはもうずいぶんと前に彼からもらった手紙だった。今は色褪せ、黄ばんでいる。
何回も読み、何度も涙が紙に滲んだ。内容だってかなり覚えている。
涙の雫はしばらく気持ちと一緒にしまっていたはずなのに、今突然溢れだしてくる。
彼への恋心とは、あのとき決別したはずだった。
どこか晴れ晴れとした痛みだってすっかり流れ去ったはずなのに、再び首をもたげてくる。
最後のほうに書かれている「Saudade」の文字を、愛しさを込めて撫でる。
まさにこの手紙でその曲をお薦めしてくれた彼。
今でも聴いているだろうか。
彼が歌詞なんて覚えていなくても、彼女はずっと忘れない。
カーテンの隙間から夕日が差し込んでいる。
遠くから微かに波の音が聞こえてくる。
いつかまた逢いましょう、私の恋心よ――。
終わり
完結