テラーノベル
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夜は、思っていたよりも静かに過ぎていった。あれだけ張り詰めていた空気も、時間が経てば少しずつ落ち着いていく。結局、大きな揉め事は起きないまま、それぞれの部屋で眠ることになった。ただ――何も起きていないようで、確実に何かは積み重なっていた。
「……電気、消すね」
「どうぞ」
すちとこさめの部屋は、妙に静かだった。さっきまであれだけぶつかっていたのに、今は必要最低限の会話しかない。お互い、これ以上言葉を交わせば何かが壊れると分かっているから。
「……おやすみ」
「……おやすみ」
暗闇の中で、それぞれ別の方向を向く。けれど、眠れるわけがなかった。頭の中に浮かぶのは同じ顔。同じ声。同じ距離。
――いるま。
(今、なにしてる)
(誰といる)
(……なつと、同じ部屋)
その事実が、じわじわと胸を締め付ける。見ていないのに、想像できてしまう距離。近くて、無防備で、きっと――
「……はぁ」
小さく息を吐く音が、同時に重なった。
「……寝れないの?」
こさめが先に口を開く。
「そっちこそ」
すちが返す。
少しの沈黙。
「……なつくんさ」
こさめの声が、暗闇に落ちる。
「近いよね」
「うん」
即答だった。
「無自覚なのが、余計に厄介」
「……わかる」
布団の中で、こさめの手がぎゅっと握られる。
「……ムカつく」
その声は、もう“こさめ”じゃない。
「俺の前であんな距離とられてんのに」
「……」
「何も言わねぇのも、ムカつく」
すちは目を閉じたまま、小さく息を吐く。
「言ったところで変わらないでしょ」
「……」
「気づいてないんだから」
その一言で、また静かになる。
(気づいてない)
それが一番厄介で、一番残酷だった。
⸻
朝。
カーテンの隙間から差し込む光で、ゆっくりと意識が戻る。すちは目を開けて、しばらくぼーっと天井を見ていた。横を見ると、こさめも起きていたらしい。無言のまま、視線だけが合う。
何も言わないまま、同時に起き上がる。言葉にしなくても分かる。2人とも、同じことを考えていた。
――いるま。
様子を見に行く。その理由は、言わなくても明白だった。
静かに部屋を出て、隣の扉の前に立つ。中からは物音はしない。まだ寝ているのかもしれない。
「……開けるよ」
こさめが小さく言う。
すちは何も言わず、頷いた。
ドアノブを回す。
ゆっくり、扉が開く。
その瞬間――
時間が、止まった。
ベッドの上。
いるまとなつが、抱き合うようにして眠っていた。
なつの腕が、いるまを引き寄せる形。いるまは無防備に、その胸に顔を埋めている。距離なんて言葉じゃ足りないくらい、近い。
――近すぎる。
「……は?」
すちの声が、低く漏れる。
隣で。
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「……なにこれ」
こさめの声が、完全に落ちていた。
空気が、一瞬で冷え切る。
「……ふざけてんの?」
こさめの声が震える。
怒りと、嫉妬と、どうしようもない感情が混ざっている。
「なんで、あいつが」
一歩、近づく。
「なんで、なつくんが」
すちは動かない。ただ、じっとその光景を見ていた。目は冷たくて、でも奥にある感情は隠しきれていない。
(……無理)
心の中で、何かが決定的に切れる。
「……起こす?」
こさめが低く言う。
「やめた方がいい」
すちが即座に答える。
「なんで」
「今起こしても、意味ない」
淡々とした声。
「ただの寝起きで終わる」
「……」
「それより」
すちはゆっくり視線をこさめに向ける。
「どうするか、考えた方がいい」
その言葉に、こさめは数秒黙ったあと――笑った。
でも、それはいつもの笑顔じゃない。
「……ねぇ、すちくん」
声が低い。
「なに?」
「手、組まない?」
空気が変わる。
すちは少しだけ目を細める。
「……は?」
「一時的でいい」
こさめは、もう一度なつといるまを見る。
「このままだと、取られる」
はっきり言う。
「お互い邪魔し合ってる場合じゃないでしょ」
「……」
「まず、なつくん」
名前を出した瞬間、空気が重くなる。
「排除しないと」
その言葉は、静かで――確実に本気だった。
すちは少しだけ考えて、ふっと笑う。
「いいね」
短く言う。
「賢いじゃん」
「でしょ」
こさめも笑う。
でも、その目は全く笑っていない。
「じゃあ、決まり」
すちが一歩近づく。
「一時休戦」
「うん」
こさめも一歩近づく。
「共闘ね」
2人の距離が、初めて同じ方向を向く。
ターゲットは、一人。
――なつ。
そして、その先にいるのは。
――いるま。
「絶対、渡さない」
「当たり前」
小さく、声が重なる。
その瞬間。
ただのライバルだった2人は、少しだけ形を変えた。
――共犯者に。
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