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《地下》
【地下シェルター簡易拠点】――
この魔皮紙は、土や砂地に設置し、少量の魔力を流すことで展開できる。
一瞬で、広い立方体型の地下空間が生成されるという代物だ。
一見すると非常に便利な魔皮紙だが、実は欠点も多い。
設置は一度きりの使い捨てで、テント型のような再展開はできない。
しかも家具や水の供給は一切なく、中に物を置いたまま解体すると、それらは地中に“埋まったまま”になってしまう。
そのため、緊急避難用以外ではあまり使われていないのが現状だった。
「【光源】」
ユキが魔法を唱えると、部屋の中心に淡い光球が浮かび、シェルター内部が照らされる。
「時間がありません。ざっくりで構いませんので、戦況を確認します」
ユキの声には、焦りを抑えた冷静さが滲んでいた。
「まず、外の兵士は私とユキナ、そしてルカお……ルカさんがすでに片付けました」
――しれっと言ってるけど、今すごいこと言わなかった!?
アオイは内心でツッコミながらも、状況の緊迫感は感じ取っていたため、すぐに言葉を継ぐ。
「えっと、僕は……竜巻から逃げた先のピラミッドで、罠にハマってたんだけど……なんとか脱出して。
で、例の《天秤》があって、今はルカが交代して壊してる、はず……」
『{それについては大丈夫なのじゃ}』
『{大丈夫大丈夫〜♪}』
「ユキナ、先輩、通信、所有」
ユキナが魔皮紙を取り出し、通信用モニターを起動する。
浮かび上がったのは、白い特攻服に身を包んだルカ――
そして彼女の隣に寄り添う、巨大な白兎《アールラビッツ》の“あーたん”だった。
彼女たちも、どこか別の場所に【シェルター】を展開して通信しているらしい。
「{天秤の方は無事に破壊したのじゃ。これで身体の方は戻ってるはずじゃぞ}」
「本当ですか!? ルカさん!」
ユキはぱあっと顔を明るくし、浮かぶモニターに身を乗り出した。
「{嘘は言っとらんわい}」
「すごい……思った以上の成果です!
みんな誰も欠けずに、そこまで……!」
「………………」
喜ぶユキの声の傍らで、キールはうつむいたまま何も言わない。
「なんだ、身体が戻ってるはずなら言ってくださいよ〜ヒロユキさん!久しぶりのお身体、見せてくださいよ♪」
気配遮断ローブを纏っていると思って話しかけるが__
「……ヒロユキさーん?」
応じる声はない。
ユキは笑顔を保ちながら呼びかけるが、沈黙は長く続いた。
「……キールさん?」
不安に気づいたユキが、ゆっくりと問いかける。
キールは顔を上げないまま、静かに口を開いた。
「――ヒロユキ殿は……魔王に殺されました」
「…………っ」
短い言葉。
だが、それは空気を凍りつかせるには十分だった。
ユキの手から杖が、カラン……と音を立てて落ちた。
「……え……?」
崩れ落ちる声。震える瞳。
だが、この報せは彼女だけではなく――もう一人、深く刺さった者がいた。
「……う、そ……だよね……?」
それは、アオイ。
実の弟であるヒロユキの死。
その重すぎる現実に、口元が震え、言葉にならない。
「…………」
キールはそれでも目を合わせず、唇を噛みしめていた。
「っ……!」
「……く、悔やんでる暇は……ありません。
ヒロユキさんのことは……あとで……」
震える声を押し出すように、ユキが再び杖を拾い上げる。
その手は、指先が白くなるほど強く握りしめられていた。
気丈に振る舞っている。
だが、声も手も、僅かに震えていた。
だってそうだ。
ヒロユキは、彼女にとっても“心の拠り所”だったのだから。
「そ……そんな……ヒロ……」
「アオイさん……?」
かけがえのない人を失った痛み。
その重みは、ユキの想像以上だった。
アオイの心に走ったのは――引き裂かれるような痛み。
胸の奥にずしりと落ちて、動けないほどの哀しみが、身体を押し潰していく。
「い、いやだ……っ」
アオイの身体が震え出す。【恐怖』に――支配される。
脳裏に浮かんだ、たった一言。
【死】
――異世界転生者は死なない。死んでもやり直す。
そう信じていた。いや、信じようとしていた。
アニメ、漫画、ラノベ……フィクションの中では当たり前のように繰り返される“ご都合主義”を、自分の中にすり込んで、そうやって思い込んでいたのだ。
だが。
ヒロユキは、死んだ。
アオイと同じ世界から来た、大切な、唯一の存在。
その喪失が、アオイの中に眠っていた【本当の恐怖』を目覚めさせた。
「ひっ、はっ、かっ……ひゅ、っ……!!」
「アオイさん!?」
「{アオイ!!}」
呼吸が乱れ、喉がヒュウヒュウと鳴る。
目は見開かれたまま、焦点が合っていない。
「ちがっ、ちがうっ、死ぬ、やだ、いや、いやだぁっ!!」
アオイは崩れ落ちた。
肩が激しく震え、胸が波打ち、そして――
「うっ、げほっ、ごほっ、――うぅぇええぇっ!!」
吐いた。
胃の中は空っぽのはずなのに、喉の奥が焼けるような感覚だけが残る。
「これを!」
キールが素早く魔皮紙を取り出し、起動。淡い光を帯びた布のようなそれをアオイの口元に当てる。
「大丈夫です、アオイさん……これで、少しずつ、息を整えてください……」
「っ、っ、はぁ、……ふ、ぅ、っ」
ようやく、呼吸が落ち着いてくる。
そのまま意識を手放すように、アオイはキールの胸元に沈み込み、ゆっくりと気を失った。
キールは静かに、アオイを地面に横たえる。
「極度のストレス反応です……」
その場にいた全員が、息をのむ。
「私たちは、見落としていた……アオイさんは、戦場慣れしていない。いや――最初から“死”を受け入れられる人間ではなかったのだ」
『死が恐い』
『殺すのが恐い』
『誰かを失うのが恐い』
それは、本来なら“当たり前”の感情。
それを抱えたまま、ここまで来ていた。
騙し、誤魔化し、思考をフィクションに逃がしながら――。
「………………ですが、悩んでいてもしょうがありません」
ユキは魔法使い帽子を深くかぶり、目元を隠すようにして言葉を絞り出す。
「こうしている間にも、時間は過ぎていきます……正直に言います。ここから先は、私たちでは手が出せません。人数が増えれば、その分だけキールさんへの負担が増える。だから、本来は――勇者であるお二人とキールさん、少数精鋭で戦ってもらうつもりでした」
喉が震える。声がかすれそうになる。
「でも……こうなってしまったのは、仕方ありません。だから、少しだけ、ほんの少しだけ時間をください。考えます、必ず……何か策を!」
「っ……」
その瞳に浮かぶのは、言葉にできない悔しさと、こらえきれない涙。
――一瞬、キールの脳裏に亡き妻『エリコ』の面影がよぎる。
似ていた。
その真っ直ぐな目が。
諦めない強さが。
「フッ……」
キールは静かに、自分の頬を叩いた。乾いた音が空気を切る。
「キール……さん?」
「キーでいい」
「え?」
「私のパーティーの決まりでね、敬語が苦手な奴が約二人……いや、全員か、何でもない」
その声は、少しだけ優しさを含んでいた。
「たった一言のやり取りにも命がかかってる。敬語とかに気を回してる暇があるなら、どう動くかを考えるんだ」
真正面からユキを見据える。
「私が、一人で時間を稼ぐ」
「…………はい!」
ユキも顔を上げて答える。その目は、もう涙を流していない。
「任せてください!必ず、必ずどうにかしてみせますから!」
「フフッ」
「……何かおかしいですか?」
「いや、まだ敬語だな、とな?」
「私は、ほとんどこの口調なんです。あ、そういえば――」
ふと、ユキは何かを思い出すように目を細めた。
「おかぁさんも昔、こんな事言われてた様な……」
その表情にはどこか暖かさがあった。
「じゃあ、改めて――」
頬をほんのり赤らめながらも、ユキはまっすぐに声を届ける。
「頑張ってきて! キー!……さん」
「フッ、行ってくる!」