夢を見た。
僕の初めてのご主人様。
人間達の間違った正義が
ご主人様を苦しめあんな目に。
忘れたくても忘れられない。
ずっと僕の中で黒く渦巻いている
絶対に消せない記憶。
ここはどこだろうか。
ダンボールの中で意識を落とし
気づけば暖かな毛布に包まれ
人間の膝の上に居た。
人間は僕が起きたのに気づき
びっくりした様子で
「!?よかった。目が覚めたみたいだね。」
と言いながら僕の頭に手を伸ばした。
僕はその伸ばされた手を
思いっきり引っかいた。
人間は顔を歪ませ手を引っ込めた。
人間なんて自分勝手で
酷く残酷な生き物だ。
たった一回助けられただけで
心を許してはいけない。
今までだってそうだった。
心を許すと見えてくる
人間の汚く卑怯な裏側が。
「急に撫でようとして怖かったよね。
少しでも心を許してくれたら嬉しいな…。
“僕は君の味方だから”」
そう申し訳無さそうに
人間は僕に向かって頭を下げた。
[私は貴方の味方ですから。]
前にもそんなことを
言われたことがある気がする。
まだ信じちゃだめだ。
信じれば信じるだけ
あとで辛くなるのは自分だから。
あの時のような過ちは
もう2度と起こさない。
ー猫の僕と全盲の老婆ー
[私は貴方の味方ですから。]
僕は白猫に生まれ変わった。
生まれ変わったとは言うものの
正確に言えば生きてはいなかった。
僕は神社と神様を繋ぐ役目
神の使いに選ばれたのだ。
だから生きているようで
本当は生きてはなかったのだ。
黒猫として人間に嫌われるくらいなら
白猫として神の使いとして
誰の目にも映らないほうが
僕にとっても幸せだと思っていた。
僕が担当していた神社には
目の見えない宮司さんが居た。
宮司さんって言うのは
神社で一番偉い人のことらしい。
その宮司さんが僕のご主人様だった。
ご主人様と初めてあったのは
白いエゾギクの綺麗な夏の日だった。
目が見えていないはずのご主人様は
僕の方を向きほほえみながら
「はじめまして。かわいい猫ちゃん。」
そう言った。
僕はその時とても驚いた。
今後は人の目に映ることはなく
一人孤独に生きていくはずだったからだ。
でも正直嬉しかった。
もう一度人の目に映り人に触れ
愛を知ることが出来ると思ったから。
だがここで心を許し
裏切られるのはもうごめんだ。
自分の気持ちを押し殺し
僕はご主人様を無視した。
[今日はとってもいい天気だね。]
[今年もエゾギクが綺麗に咲いたのよ。
来年も咲いたらいいわね。]
[明日はどんな日になりますかね。]
辛かった。
僕がご主人様のことを無視しても
ご主人様はあきらめず毎日毎日
話しかけてくれる。
すぐそこにご主人様が居るのに
僕はひたすらに知らんぷり。
ご主人様の気持ちを考えずに
自分が傷つかないように
あえてリスクを冒さない。
僕はあの日から全く変わっていない。
弱虫で意気地なしで
自分のことしか考えていない。
このままだと後悔するかもしれない。
そんなの分かっている。
分かっていても僕はまだ
動くことが出来なかった。
まだ信じちゃいけないんだ。
自分に言い聞かせるよう
何度も何度も繰り返した。
それから何ヶ月か経った頃
ご主人様に呼ばれた。
[ねぇねぇ、猫ちゃん。
ちょっと私の昔話聞いて貰えない??]
ご主人様は少し間をおいてから
ゆっくり話し始めた。
[あれは私はまだ小さかった頃のお話…
ご主人様は生まれたときから
目が見えなかったわけではない。
後天性のものだった。
不安だった主人様を両親は
ずっとそばで支えてくれていたらしい。
[“私は貴方の味方だから”]
ご主人様の両親の口癖だったらしい。
ご主人様は真っ暗で一人ぼっちの世界に
自分の味方なんて居ないと思ったらしい。
この言葉は不思議と
不安を取り除いてくれる
魔法の言葉だったのだ。
[貴方は今一人ぼっちなんでしょう??
けど一人ぼっちだと思わないで。
少なくとも“私は貴方の味方だから”ね。]
その瞬間申し訳ない気持ちで
いっぱいになった。
ずっとずっと
ご主人様は僕に寄り添っててくれた。
ずっとずっと
話しかけてくれたのはお節介ではなく
僕を一人にしないためだった。
僕はずっと自分のために
ご主人様を遠ざけていた。
[ゆっくりでも大丈夫。
貴方が心を開いてくれるまで
私はそばに居ますから。]
僕はそっとご主人様に寄り添った。
別にまだ完全に信じたわけじゃない。
ただ少しだけ
信じてみようと思っただけだ。
気づけば僕はお風呂に連れてかれ
ピカピカのモフモフになっていた。
この人間のことも
信じてもいいのだろうか。
人間は僕の味方だとそう言ってくれた。
いつかは裏切られるかもしれないけど
僕はこの人間のことを
信じてみたいそう思った。