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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。


チュチュン! チュチュチュ!


陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。


「ドロシーさん、お荷物です」


ドロシーの家のドアが叩かれる。


朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。その仕草には、まだ警戒心の名残が見える。


ニコニコとした、気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っていた。


「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」


「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」


ドロシーの顔には、戸惑とまどいが浮かぶ。


「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」


お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。


「分かりました、どこにあるんですか?」


ドロシーが二階の廊下から下を見ると、ホロ馬車が一台止まっていた。


「あの馬車の荷台にあります」


お兄さんはニッコリと指をさす。


ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見た。


「どれですか?」


「あの奥の箱です。」


ニッコリと笑うお兄さん。


「ヨイショっと」


ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。その姿には、危険が迫っているとは知らない無防備さが滲んでいた。


「どの箱ですか?」


ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回す。


「はい、声出さないでね」


男は嬉しそうに短剣をドロシーの目の前に突き出した。刃がギラリと朝の光を反射する。


「ひっひぃぃ……」


恐怖と絶望で思わず尻もちをつくドロシー。


「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」


男はそう言って短剣をピタリとドロシーのほおに当て、いやらしい笑みを浮かべた……。


こうしてドロシーを乗せた馬車は静かに動き出す。ギシギシときしむ車輪の音が、運命の残酷さを物語っているようだった。





俺は夢を見ていた――――。


店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルリと回転し、銀髪がきらめきながらファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。


美しい……。俺はウットリと見とれていた。優美なドロシーに、すっかり心を奪われてしまっていたのだ。


いきなり誰かの声がする。


「旦那様! ドロシーが幌馬車ほろばしゃに乗ってどこか行っちゃいましたよ!」


アバドンだ。いい所なのに……。その声が、夢の世界に現実の不協和音を持ち込む。


「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」


「え? いいんですかい?」


「いいから、静かにしてて!」


俺はアバドンに怒った。


ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。


ドロシー、綺麗だなぁ……。


幌馬車ほろばしゃになんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。


すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。


え? ドロシーどうしたの?


ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。その光景は、まるで悪夢の具現化のようだった。


俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。


「ド、ドロシー……?」


俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。


え!?


俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。その光景は、あまりにも残酷ざんこくで、俺の心をむしばんでいく。


「ドロシー!!」


俺は叫んだ自分の声で目が覚め、飛び起きた。


はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。全身がブルブルとどうしようもなく震えていた。


「ゆ、夢……?」


俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。


「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」


その安堵感の裏で、何か大切なことを忘れているような不安が渦巻いていた。


あ、そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車ほろばしゃ? なぜ?


俺はアバドンを思念波で呼んでみる。


「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」


アバドンはちょっとあきれたような声で返事をした。


「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車ほろばしゃに乗ってどこかへ出かけたんですよ」


「どこへ?」


アバドンはちょっとすねたように言う。


「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」


俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車ほろばしゃで出かけるはずなどない。さらわれたのだ! 気だるい気分など吹っ飛んで血の気が凍るような衝撃が俺を襲った。

















41. 真っ黒な首輪


俺は手が震えてしまう。


「ダ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」


「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」


窓を壊す勢いで、俺はパジャマのまま空に飛び出した。寒気が全身を襲うが、それどころではない。


「くぅぅぅ……。とりあえず南門上空まで来てくれ!」


俺は叫びながら朝の空をかっ飛ばした。


まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。風が頬を打つ。

油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。

夢に翻弄され、アバドンの警告を無視した俺を呪った。


ドロシーを守ると誓ったのに、こんな形で裏切ってしまったのだ。その罪悪感と、ドロシーへの想いが胸の中で渦巻く。


「ドロシー、ドロシー! ゴメン、今行くよ!」


俺は止めどなく涙がポロポロとこぼれてきて止められなかった。





南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いていた。


「悪いね、どんな幌馬車ほろばしゃだった?」


涙を手早くぬぐい、俺は早口で聞く。


「うーん、薄汚れた良くある幌馬車ほろばしゃですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」


そう言って肩をすくめる。その言葉に、俺の心が沈んでいく。


俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車ほろばしゃが行きかっていて、どれか全く分からない。その光景に、焦りと無力感が押し寄せる。


「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車ほろばしゃをしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」


「わかりやした!」


俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次にめぐりながら、幌馬車ほろばしゃの荷台をのぞいていった――――。


何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。その度に、ドロシーを見つけられない失望が胸を刺す。


俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す――――。


しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。


「旦那様~、いませんよ~」


アバドンも疲れたような声を送ってくる。


くぅぅぅ……。


頭を抱える俺。


考えろ! 考えろ!


俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうなことから可能性を絞ることにした。今は冷静さを取り戻すことが一番重要になのだ。


さらわれてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。


目的地はどんなところか――――?


廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。


俺は上空から該当しそうなところを探した。


街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。


「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。幌馬車の止まっているそういう場所を探してくれない?」


俺はアバドンに指示する。


「なるほど! わかりやした!」


俺も上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。


しばらく見ていくと、幌馬車ほろばしゃが置いてあるさびれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう――――。


いてくれよ……。


心臓が高鳴るのを感じる。


「いやぁぁ! やめて――――!!」


ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。俺の全身に怒りが走る。


許さん! ただでは置かない! 俺は激しい怒りに身を焦がしながら汚れた窓から中をのぞく――――。



ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられている。


「ミンチにしてやる!」


俺はすぐに跳び出そうと思ったが、その時ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だった。


「さ、最悪だ……」


俺は固まってしまう。


それは極めてマズい非人道魔道具だった。主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまう。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。もし、強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?


俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々まがまがしい黒いベルトをにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。


パシーン! パシーン!


倉庫にドロシーを打ち据える平手打ちの音が響いた。その音が、俺の心を引き裂いていく。


「黙ってろ! 殺すぞ!?」


若い男がすごむ。その声には、残虐な喜びが滲んでいた。


「ひぐぅぅ」


ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。その声に、俺の胸がキューっと締め付けられる。


「ち、畜生……」


全身の血が煮えたぎるような怒りの中、ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保っていた。


軽率に動いてドロシーを殺されることだけは避けないとならない。ここは我慢するしかなかった。


ギリッと奥歯が鳴る。俺は自分の無力感で気が狂いそうだった。





















42. 特殊工作部勇者分隊


俺は何度か深呼吸をし、冷静になろうと奥歯をかみしめながらアバドンに連絡を取る。


『見つけた、川沿いの茶色の屋根の倉庫だ。幌馬車ほろばしゃが止まってるところ。で、奴隷の首輪をつけられてしまってるんだが、どうしたらいい? アイツらホント許せねぇ! クソがっ!!』


『旦那さま落ち着いてください! 奴隷の首輪なら私が解除できます。すぐ行きますんで、少々お待ちください~!』


『ア、アバドーン! お前最高だな!!』


俺はアバドンに神を見て、思わず宙を仰いだ。


『ぐふふふ、仲間にして良かったでございましょう?』


嬉しそうに笑うアバドン。


持つべきものは良い仲間である。俺は初めてアバドンに感謝をした。その言葉に、かすかな希望の光を感じる。


そうであるならば――――。


俺は時間稼ぎをすればいい。その決意が、俺の心を静める。


ビリッ、ビリビリッ!


若い男がドロシーのブラウスを派手に破いた。


形のいい白い胸があらわになる。その光景に、俺は目を背けた。


「お、これは上玉だ」


若い男がそう言うと、「げへへへ」と、周りの男たちも下卑げびた笑い声をあげた。


「ワシらにもヤらせてくださいよ」


「順番な」


そう言いながら、若い男はドロシーの肌に手をはわせた。その光景に、俺の怒りが頂点に達する。


俺は目をつぶり、胸に手を当て、呼吸を整えると倉庫の裏手へとピョンと跳び、思いっきり石造りの壁を殴った。


ズガーン!


激しい衝撃音を立てながら壁面に大きな穴が開き、破片がバラバラと落ちてくる。


若い男が立ち上がって身構え、叫んだ。


「おい! 誰だ!」


俺は静かに表に戻る。その足取りには、抑えきれない怒りと冷静さが混在していた。


若い男は、ドロシーの手を押さえさせていた男にあごで指示をすると、倉庫をゆっくりと見回す……。


その隙にドロシーが自由になった手で胸を隠した。


「勝手に動くんじゃねぇ!」


若い男はドロシーの頭を蹴る。ガスッと鈍い音が倉庫内に響いた。


ドロシーはうめき、可愛い口元から血がツーっと垂れる。その光景に、俺の心が千々に乱れる。


俺は怒りの衝動が全身を貫くのを感じる。しかし、あの男を殴ってもドロシーが首輪で殺されてしまっては意味がないのだ。ここは我慢するしかない。


アバドンよ、早く来てくれ。その祈りを胸に、俺は拳を握りしめ、救出の瞬間を待った。


改めて若い男を鑑定をしてみると……。


クロディウス=ブルザ 王国軍 特殊工作部 勇者分隊所属

剣士 レベル百八十二


やはり勇者の手先だった。それにしても、とんでもないレベルの高さだ。勇者が本気でドロシーを潰しに来ていることをうかがわせる。なんと嫌な奴だろうか。こいつをコテンパンにしたら、次は泣いて謝るまで勇者が殴りに行ってやる! 怒りが、俺の中で激しく渦巻く。


「誰もいやしませんぜ!」


見に行った男が、奥の壁の辺りを探して声を上げる。その声には、不安と焦りが混ざっていた。


「いや、いるはずだ。不思議な術を使う男だと聞いている。用心しろ!」


ブルザは並んでいる窓を一つずつにらみ、外をチェックしていく。軍人らしく、その所作には訓練されたものを感じる。


俺は再度倉庫の裏手に回り、俺を探している男を物陰からそっと確認した。男は物陰を一つ一つのぞいていく――――。


俺は男の背後から瞬歩で迫ると、手刀で後頭部を打った。


「グォッ!」


うめき声が倉庫に響く。


ブルザは男が俺に倒されたのを悟り、ほほをピクッと動かした。


「おい! 出てきたらどうだ? お前の女が犯されるのを特等席で見せてやろう」


大声で叫びながらかがんだブルザはドロシーのショーツに手をかける。その声には、嗜虐的しぎゃくてきな喜びが滲んでいた。


「いやっ!」


そう言うドロシーをまた蹴ってはぎ取った。その光景に、俺の心がきしむのを感じる。


「いいのか? 腰抜け?」


ブルザの挑発的な言葉が、倉庫内に響き渡った。


「やめて……うぅぅぅ……やめてよぉ……」


ドロシーはポロポロと涙をこぼす。その悲痛な声に、俺の心が引き裂かれる。





















43. 俺のターン


俺は拳を強く握りしめながら目をギュッとつぶって必死に耐える。アバドンさえくれば形勢逆転なのだ。


待ってろ……、ギッタンギッタンにしてやる……。怒りが俺の中でどんどんと燃え盛る。


時間の流れが遅い。一秒一秒が、俺にとっては永遠のように感じられた――――。


「さぁ、ショータイムだ!」


ブルザはドロシーの両足に手をかけた。その声には、嗜虐的しぎゃくてきな喜びが滲んでいた。


くっ……。


奥歯をギリッと鳴らしたその時だった――――。


『旦那様、着きました!』


見上げると、空からアバドンが降りてくる。


『よしっ! あの若い男を俺が挑発してドロシーから離すから、その隙に首輪を処理してくれ。できるか?』


『お任せください』


ニヤッと笑みを浮かべながらアバドンは胸に手を当て、うやうやしく頭を下げた。その頼もしすぎる態度に、俺は泣きそうになる。


「じゃあ、お前は表側から行ってくれ! 任せたぞ!」


俺はアバドンの肩をポンと叩いた。


「わかりやした!」


いよいよ勝負の時がやってきた――――。


うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!


俺は裏側の壁を再度景気よくどつき、倉庫の中に入る。


ミスは絶対許されない大勝負。心臓が早鐘を打った。


「ブルザ! 望み通り出てきてやったぞ! 勇者の腰巾着こしぎんちゃくのレイプ魔め!」


俺はそう言いながら、ブルザから見える位置に立つ。その声は、抑えきれない怒りで震えていた。


「なんとでも言え、我々には貴族特権がある。平民を犯そうが殺そうが罪にはならんのだよ」


ブルザはニヤリと笑い、ゆっくりと立ち上がる。


「お前だって平民だったんじゃないのか?」


「はっ! 勇者様に認められた以上、俺はもう特権階級、お前らなど奴隷にしか見えん」


ドヤ顔で見下ろすブルザ。その言葉に、俺は深い断絶を覚える。


「腕もない口先だけの男……なぜ勇者はお前みたいな無能を選んだんだろうな……」


ブルザのまゆ毛がぴくっと動いた。その反応に、俺は内心で笑みを浮かべる。


「ふーん……、いいだろう、望み通り剣のさびにしてくれるわ!」


ブルザは剣をスラリと抜き、俺に向かってツカツカと迫った。


俺はビビる振りをしながら、じりじりと後ろに下がる。自然にブルザを引っ張り出すことに今は全力を懸けねばならない。


「どうした? 小僧? 丸腰か?」


「ま、丸腰だってお前には勝てるんでね……」


俺はファイティングポーズを取りながらじりじりと下がっていく……。


「ほう……? どんな小細工か……、まぁ殺してみればわかるか……。はっ!」


ブルザは一気に距離を詰めてくる。


「ヒィッ!」


俺はおびえて逃げ出すふりをして裏手へと駆けた。


「待ちやがれ! お前も殺せって言われてんだよ!」


まんまと策に乗ってくるブルザ。その愚かさに、俺は内心ニヤッと笑った。


アバドンはすかさず表のドアをそーっと開け、倉庫に入る。


「ぐわっ!」「ぐふっ!」


ドロシーを押さえつけている男たちをアバドンは素早く殴り倒した。


「姐さん、今外しますからね」


「ひっ、ひぃぃぃ……」


いきなり現れた巨大な魔人に覆いかぶされ、ドロシーは白目をむいてしまう。


アバドンはやれやれと思いながら、小さな魔法陣をいくつも首輪の周りに浮かべ、巧みに機能を解除していった。





しばらく倉庫の裏で巧みに逃げ回っていると、アバドンの声が頭に響いた。


『旦那様! OKです!』


俺はグッとガッツポーズを決めると逃げるのをやめ、大きく息をつき、ブルザの方を振り返る。


「ドロシーは確保した。お前の負けだ」


俺はブルザをビシッと指さし、ニヤッと笑った。


「もう一人いたのか……だが、小娘には死んでもらうよ」


ブルザは嫌な笑みを浮かべながら何かを念じている。


しかし……、何の反応もないようだ。


「え? あれ?」


焦るブルザ。その表情に、俺は満足感を覚える。


「首輪なら外させてもらったよ」


俺は得意げに言った。まさに完全勝利である。


「この野郎!」


ブルザは一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。


その剣速はレベル百八十二の超人的強さにたがわず、音速を超え、衝撃波を発しながら俺に迫る――――。


しかし、俺はレベル千、迫る剣を冷静にこぶしで打ち抜いた。


パキィィーン!


剣は砕かれ、刀身が吹き飛び……クルクルと回って倉庫の壁に刺さった。


破片がかすめたブルザの頬には血がツーっと垂れていく。


「へ……?」


ブルザは何が起こったかわからなかった。


「ここからは俺のターンな」


俺はニヤッと笑うとその間抜けヅラを右フックでぶん殴る。拳に、これまでの怒りと憎しみのすべてを込めて。



















44. 立ち昇る悪魔の笑み


「ぐはっ!」


吹き飛んでぶざまに地面を転がるブルザ。実にいい気味である。


「俺の大切なドロシーを何回った? お前」


俺はツカツカとブルザに迫り、すごんだ。


怒りのあまり、無意識に『威圧』の魔法が発動し、俺の周りには闇のオーラが渦巻いた。その姿は、まるで地獄じごくから来た使者のようである。


「う、うわぁ」


ブルザはおびえながら、まぬけに後ずさりする。その目に、初めて恐怖の色が浮かぶ。


「一回!」


俺はブルザを蹴り上げた。手加減しようと思うが怒りで抑制が効かない。


ぐはぁ!


ブルザはまるでサッカーボールのように宙を舞いながら倉庫の壁に当たり、落ちて転がってくる。


「二回!」


再度蹴りこんで壁に叩きつけた。激しい衝撃音と共に壁に亀裂きれつが走る。


ぐふぅ!


ブルザは口から血を流しながらボロ雑巾のように転がった。


「勇者の所へ案内しろ! ボコボコにしてやる!」


俺の叫び声には、決意と怒りが滲む。


しかし……、俺は勇者の邪悪さをまだ分かっていなかったのだ。


ブルザはヨロヨロと起き上がると、嬉しそうに上着のボタンを外し始める。


「は……?」


俺は一体何をしているのか分からずキョトンとして、ブルザを見つめた。ブルザの目には何かを覚悟した怪しい光が浮かんでいる。


直後、ブルザは俺に上着の内側を見せた。


そこには赤く輝く火属性の魔法石『炎紅石』がずらっと並んでいる。その狂った光景に、俺の心臓が一瞬止まったかのように感じた。


「はぁっ!?」


『炎紅石』は一つでも大爆発を起こす危険で高価な魔法石。それがこんなに大量にあったらどんなことになるのか想像を絶した。


俺は即座に飛び上がる――――。


「勇者様バンザーイ!」


ブルザはそう叫ぶと激しい閃光に包まれた。


激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。


爆発の衝撃波は白い球体となり、世界の終わりを告げるかのように麦畑の上に大きく広がっていく……。


倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開された。その破壊の規模に、俺は言葉を失う。


衝撃波が収まると、真紅に輝くきのこ雲が立ち上っていく。灼熱の中、ゆったりと空を目指すその姿は、悪魔の笑みのように見えた。


俺は空を高速に逃げながら防御魔法陣を展開していたが、それでもダメージを相当食らってしまった。パジャマは焼け焦げ、髪の毛はチリチリ、体はあちこち火傷で火ぶくれとなる。その痛みが、この想像を絶する現実の重さを思い知らせた。


命を何とも思わない勇者の悪魔の様な発想に俺は愕然がくぜんとしながら、激しい熱線を放つ巨大なキノコ雲を眺めていた。同時に『自分の方が強いからなんとでもなる』と高をくくっていた自分の甘さを嫌というほど痛感する。


ドロシー……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?


見下ろせば爆煙たち込める爆心地は灼熱の地獄と化し、とても近づけない。その光景に、俺の心がきしむ。


「あ、あぁぁ……ドロシー……」


折角アバドンが救ったというのに、爆発に巻き込んでしまった……。


俺は詰めの甘さを悔やんだ。その後悔が、キューっと胸を締め付ける。


「ドロシー! ドロシー!!」


俺は激しくのどを突く悲しみにこらえきれず、空の上で涙をボロボロとこぼしながら叫んだ。





やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。足元の熱さが、この現実の重さを痛感させる。


倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる瓦礫がれきの山となっていた。その光景は、まるで地獄絵図のようだった。


あまりの惨状に身体がガクガクと震える。その震えが、俺の心の動揺を物語っていた。


俺はまだブスブスと煙を上げる瓦礫がれきの山を登り、ドロシーがいた辺りを掘ってみる。


熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。手の皮が剥けても、痛みすら感じない。


「ドロシー! ドロシー!!」


とめどなくこぼれる涙が、焼けた地面に落ちてシュワァと蒸発していく。


石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。


血だ……。


鮮やかな赤がダイレクトに俺の心を貫く……。


俺はしばらく動けなくなった。


手がブルブルと震える。その震えが、俺の恐怖と絶望を物語っている。


いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。息が残っていればまだ助ける方法はあるのだ。


俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進めていった。


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