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フリッツの姿が三つに別れる。それぞれが横薙ぎに棍を振るう。

当然、二つは残像でしかない。闇姫は二つを無視し、残る一つにカウンターで掌底を叩きこむ。それがフリッツの腹部に吸い込まれると同時、黒い錐が掌から伸び、フリッツを突き刺した。

しかしそのどちらも、実際は空を切っただけだった。

三つとも残像だった。その事実に闇姫が舌打ちをする。それを鍵としたように、黒い闇が球状に闇姫を包む。

一拍ほども間を置かず、金色の軌跡がそれを何もないかのように貫いた。

いや、貫いただけではない。そのまま横薙ぎに振るい、体を捌いていた闇姫を追撃する。

ガン! と音が響いた。それは闇姫が掌に産み出した世界から外れた闇が、神器を防いだ音だった。

そして同時に、初めて闇姫が、防ぐという行動に出た証の音だった。

フリッツの速度に、闇姫はついていけていない。

フリッツはそれを理解し、更に加速する。


「はああああああああああああっ!」


黄金色の暴風と化して、フリッツが闇姫に襲いかかった。連続して硬質な音が響き、闇姫の顔がわずかに顰められる。

パアン! と何かが破裂する音がして、闇姫が地面に叩きつけられた。

フリッツはすぐさま棍を突きつける。闇姫は起き上がることができなくなる。


「妾の負けじゃ。殺すがよい」


闇姫は突きつけられた棍に視線をやり、それからフリッツを見つめた。その口元にはどこか寂し気で、けれど満足そうな笑みが浮かんでいた。

それは、幼い少女が浮かべていいものではなかった。

それは、あまりにも透明で、あまりにも寂し過ぎた。


「…………」


フリッツは油断なく闇姫を睨みつけながらも、しかし動かない。


「どうした? 殺すがよい」


闇姫はそんなフリッツに、いっそ優しげとさえ言える声で、背中を押した。

それでも、フリッツは動かない。動くことができない。

フリッツは、人を殺さない。殺すことが、できない。

突きつけた棍の切っ先がわずかに震える。

闇姫がじっと見つめると、震えは次第に大きくなり、やがて、力なく先端は垂れ下がった。


「俺には……できない」


フリッツが苦しげに呻いて、そして、闇姫は嗤った。


「青いのう、お主は」


常のフリッツならば、絶対に気づいていた。

赤い絨毯に広がった闇が、顎

あぎと

となって背後から、フリッツを噛み砕くべく広がった。


「!」


フリッツは寸前で気づき、横へと逃れようとするが――遅い。


「うああああああああああああああっ!」


絶叫と共に右肩が食いちぎられ、神器である金色の棍は、持ち主の手を離れて転がった。

闇姫が、嗤う。

倒れて悶絶するフリッツに向けて、嗤いかける。


「お主は大した腕じゃ。しかし、妾を殺すことは叶わぬ。他ならぬお主自身のせいで」


フリッツの瞳が、見開かれる。常に輝いていた瞳に、わずかに影が差す。


「従って、充分な力を持つにも関わらず、お主は誰も救えぬ」


どくん、とフリッツの心臓が跳ねた。続く言葉を拒否しようと、身構える。

もちろん、それで防げるはずもない。


「お主は大切なものをすべて護れず、眼前で朽ちていくのを見ることとなろう」


闇姫の言霊にも等しい刃が、フリッツを切り刻む。


「まずはお主の主から、消すとしよう」


そして刃は深く差し込まれる。


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


フリッツの叫びは、闇姫を止める力を持たない。

闇姫が、黒い錐を倒れたままのアリシアに向けて放った。




絶望をもたらす一撃は――

しかし、音も立てずに溶けていった。


「は、はは……何もかも、思い通りに行くとでも?」


苦しげに、楽しげに、笑いながら立ち上がったのは、夢魔。

世界を愛する夢魔、シウムだった。




シウムに目立った傷はない。しかし状態は深刻であることは、誰の眼にも明らかだった。アリシアに叩きのめされた彼は、壁に持たれてようやく体重を支えている。

それでも、その魔力はなくなったわけではない。

右手を闇姫に向け、魔力を集中していく。衝撃波として撒き散らしていた力は、今は密度を高めて、闇姫だけを狙っている。


「消え去りなさい!」


叫びとともに、魔力が確かな力となって放たれる、その瞬間。


「それはお主じゃ」


ぞぶり、と音を立て、巨大な黒い錐が、シウムの身体を貫いていた。

見間違えようもない、はっきりとした致命傷。

シウムは笑みを苦いものに変えて、呟いた。


「万全の状態でも敵わないのに、無駄に決まっていましたね……」


言葉に込められた自嘲を、はっきりと感じる。フリッツはそれを否定したかった。

同じ世界を愛する存在として、彼が何をしようとしていたのかを、直感したから。

――だが、否定の言葉が出てこない。

ごぼり、と口から血の泡を吐きながらも、シウムは独白を続ける。


「少女の中に、真魔が宿っていることを見つけた私は、少女に眠りをかけました。精気を吸い取るためではなく、世界の敵を、封じ込めておくために。地力で劣る私にできることは、それが精一杯でした……」


言葉と共に失われていく命。そして、希望。

代わりに増大していく絶望を感じてか、闇姫はシウムを止めることもなく、恍惚の表情を浮かべている。


「しかし、それすらも真魔にはさしたる意味を持ちませんでした……。目覚めこそしませんでしたが、真魔は私の眠りの魔法を時に破り、世界へと干渉し続けました」


シウムの瞳の光が、薄れていく。それでも、決壊した川のように、言葉は氾濫をやめない。


「結局私は、徒労と理解しながら、それを続けてきました。私は、誰も望まない行為を、他に方法を知らぬがゆえに続けた、道化です」


シウムの瞳の光が消える。

それでも、最後の言葉が落ちる。


「もう私は消えます。代わりに、貴方たちに託します。残ったこのわずかな魔力を――」


結局、言葉は最後まで続かなかった。

シウムはどさり、と倒れると、すぐに塵となった。

塵は空気に溶けるように、すぐに消えていく。しかし、一握りの塵だけが、消えることを拒むようにわずかに揺れて、粉雪のように降り注ぐ。

倒れて動かない、アリシアへと降り注ぐ。

彼女を覆う、薄くて白い光に塵が触れる。

光は何事もなかったかのように塵を受け止め、そしてアリシアをただ覆い続ける。




彼女の世界は、霧に覆われていた。

視界を遮るほど濃く、しかし、決して恐怖を与えない。

もうずっと彼女を包み、護ってきた霧が、唐突に晴れた。

かわりに視界を埋めるのは、血塗れの光景。

自分によく似た姿が、立ち向かう男女を嬲り、蹂躙していく。

その凄惨な光景を見ないように、すぐに彼女はきつく眼を閉じた。

だから、彼女は気づかないまま――


――眠り姫は、眠り続ける――

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