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カイラン様に報告された日から、キャスリン様は日中、主の執務室で過ごす日がある。毎日ではなく、気が向いたからという風に訪れるが、私に仕事の進捗を確認されてから訪れてくれる。やはり、キャスリン様がおられると主はいつもよりも休憩が入り集中が長くは続かない。自身がいることで邪魔になるなら訪れないと言われるが、それは主が許さず、いつでも来ていいと告げられ、私に訪れてもいい時を聞くことにしたようだ。
下腹には変化がなく落ち着いておられる。夜は食堂から主の部屋へ連れていかれる日もあれば、主がキャスリン様の部屋へ向かう日もあり、離れなくなってしまった。毎日夜は共にし朝を迎えられている。
執務室の窓は急いで作らせたレースで覆い、日の当たりを柔らかくさせキャスリン様を喜ばせていた。近頃はソファに座ったまま眠られる日もある。
執務室近くの花園は中を空け、そこへ新しく四阿を建てさせ、歩いて回れるよう歩道を作り、主が仕事をしている間は、花園の中を散歩させるつもりだ。キャスリン様は何も文句は言わず、主の要望に従うだろう。
カイラン様は、あの日の翌日はさすがに共に夕食は取られず自室で過ごされていたが、その翌日には食堂に顔を出し、紅茶まで飲まれていた。主は警戒され、引き続き最後まで食堂に残り、キャスリン様の側を離れない。カイラン様は切り替えたのか、キャスリン様に体の調子を聞いたり、次の往診を知りたがりと様子が変わられた。よからぬことを考えていなければいいが。そんなカイラン様に主は何も言わない。害がなければ会話をすることは許されているようだ。キャスリン様も今までと変わらず会話をしている。主がキャスリン様の部屋で過ごし、自室に戻る朝など、廊下で顔を合わせても頭を下げるのみ、多少不気味に見える。トニーからは特に変わった様子もなく、仕事に追われ、時には商人を呼び買い物をされていると、真実を知る前よりも落ち着いて過ごされている。
今日は懐妊の確定をもらってから一月になり、ライアン様の往診がある。念のため私はキャスリン様に侍ることになった。
ソーマがライアン様を連れて私の自室へやって来た。あの日から一月、下腹の痛みもなく変わらない日々。まだ膨れてもないのにハンクはよく撫でている。
「こんにちはキャスリン様。変わりはないですか?」
「こんにちはライアン様、変化は何もないんですの。日中よく眠くなるくらいで」
ライアン様は頷いている。
「妊婦さんはよく眠くなりますから、気にせずに。これから悪阻と言って、今まで平気だった匂いが嫌になったり、食べ物を吐いたりと体調が変わります。それは正常なのでご心配なく」
ライアン様の話を聞いている時、扉が叩かれカイランが中に入ってくる。ダントルが隙間からちらりと見えたけど、止めることは不可能だから仕方がない。
「どうかして?」
私は動揺を見せずカイランに問う。
「往診だと聞いたから一緒に話を聞きたくてね。駄目かい?」
夫に駄目とは言えない。邪魔をしなければ関係ないと思い、私の隣に座ってもらう。
「こんにちはゾルダーク小公爵様。お久しぶりです」
カイランは手を振り、診察の続きを促す。
「では改めまして、一月しないうちに体調の変化が現れますが心配せずに。食事も食べたいものを食べて無理はせずに、固形のものを食べたくなければスープなどを召し上がってください。ここの料理番は優秀だから心得ているでしょう。血の流れを確認しても?」
以前したように手首の内側を差し出す。ライアン様は指で押さえ確認をしている。
「異常はありませんね」
私の手を下ろす。
「アルノ医師、外部への報告はもうしてもいいですか?」
カイランが質問する。だいぶ割りきってくれたようだわ。ライアン様は頷き答える。
「状態も安定してますし、いいですよ。不測の事態が起きなければ無事に出産まで過ごせます」
カイランは頷き、体を私に向ける。
「無理はしないようにね」
私は微笑み答える。
「ええ、もちろんよ。邸からも出ないわ」
「父上が無体をしようとしたらちゃんと嫌だと言うんだよ」
固まってしまった。ライアン様のいる前でそんなことを言うなんて、確かに真実を知っている人だけれど、不用心よ。私の考えていることを察したのか、カイランは微笑みライアン様を見る。
「アルノ医師は全て知っているだろう?父上も元気だ、体の不調などないだろう。君との時間を作るために病気になったんだ。初めからアルノ医師は君のために来ていたんだね」
カイランが何を考えてるのかわからない。全てを理解したいのかしら。そこまでわかっているのなら別にいいわ。
変な刺激はしたくなくて黙って頷く。カイランはライアン様へ向き直り話し出す。
「アルノ医師、診察は終わりかな?妻と話がしたいんだ」
ライアン様は心配そうな顔で私を見る。私は頷き、大丈夫と伝える。
「今日のところは。何かあれば早馬を」
ライアン様は挨拶をして退室する。ソーマはそのまま残り控えている。
「どうしたの?」
笑みを絶やさないカイランが不気味だけど、聞かないわけにはいかない。
「うん、君に感謝をね。ゾルダークを僕以上に考えてくれたからこんなに早く後継ができた。だいぶ悩んだけど、全て僕が愚かだった結果だ、受け入れたよ。いくら悔やんでも過去には戻れない。やり直せない。でもここから始められる、僕らは夫婦だ、それは永遠に変わらない。君の嫌がることはしないよ。父上からも触れるなと言われている。触れたら消されるだろう。ただ夫婦として普通に過ごすことは構わないだろ?こうして話をしたり、庭を散歩したりね」
私が嫌がることはしないのね。よかったわ。私の望む普通の夫婦になってくれると思っていいのかしら。
「いつかまた僕に愛する人が現れたら君に話す」
そうなのね、カイランならすぐに見つけそうだわ、安心ね。私は頷き答える。
「わかったわ。世間にはこの子の父親は貴方になる。貴方の協力が必要なの、お願いね。ああ、そうだわ。ジュノ、ハンカチを持ってきて」
半月前には仕上がっていたハンカチをカイランへ渡す。
「待たせてごめんなさい。上手くはできてないのよ」
カイランは頷き、ありがとうと呟くと私の髪に触れ撫でる。あまりにも自然で反応できなかったが、直ぐに手は離された。深い意味はなさそうね。カイランは、また来ると言って退室していった。
私は部屋に残ったソーマへ問う。
「あれは本音かしらね」
あの日からあまりにも態度が変わり少し怖くなる。
「私にはわかりかねますが、二人きりにはならないよう、気をつけて下さい。メイドも一人は必ずつけてください。何かあっては遅いですから。用心するに越したことはありません」
ソーマの返答に、そうねと答える。
ライアンは一人でハンクの執務室の扉を叩き入る。ソーマを連れて戻ると思っていたハンクは何があったのかライアンに問う。
「診察中にカイラン様が乱入してきましたよ。驚いたな。今までは陰で僕にちょっと様子を聞くくらいだったのに。閣下の仮病には気づきましたし、キャスリン様のお体も心配してらした。自身の子として世間には披露するつもりですよ。何があったんだろう」
なんか笑顔を絶やさなかったけど腹が黒くなってきたんじゃないか?
「今何をしている?」
「キャスリン様と話がしたいそうで僕は追い出されました。もちろん、ソーマさんが側に侍っていますから、何もおかしなことはできないでしょ?なんだか面白くなってきたなぁ」
っと心の声が漏れてしまった。うーん、凄い顔で睨み付けてるなぁ。機嫌がよくなる話をするか。
「今日から挿入していいですよ。子種は外に出してくださいね。キャスリン様が痛がらなければ奥まで突いても子には影響ないですが、優しく突いてください。様子を見ながら、お腹を圧迫しないで楽しんでください。よく我慢しましたね」
紅茶が飲みたいなぁ、ソーマさんが戻るまで閣下と二人はきついな。しかし、カイラン様は真実を知って怒り狂うと予想したけど、事態を理解して感情を押し殺したかな?いつか爆発しなきゃいいけど。もう、リリアンのことはどうでもいいだろうし、陰茎さえ滾れば閨も可能だろう、薬もあるしな。
怖い顔の閣下と二人きりはソーマさんが現れて終わりを告げた。
「ソーマさん、紅茶を下さい。菓子もほしい」
つい食いぎみでお願いしてしまった。ソーマさんは紅茶を準備しながら閣下に報告する。
「カイラン様はキャスリン様に感謝をされましたよ。旦那様の仮病には気づかれました。自身に愛する人ができたら話す、と告げられました」
そこまで割りきったのか、あやしいな。そう言っておいて自分は無害なんだと強調しているようだなぁ。
「奴がきたら騎士を侍らせろ。俺の命令だ」
あの騎士も、出てけと言われても閣下の命ですと答えればカイラン様は何も言えなくなるだろうな。自分の子が腹にいるんだ、警戒もするよな。
「何もなければまた一月後に来ますよ。もう閣下の診察はしなくてよくなりましたね。少しでも気になることがあれば早馬を呼んでください。花園の中に四阿を作ったんですね。一月前はなかったのに、キャスリン様は散歩がお好きですからね」
過保護が凄いな。閣下の弱点はあまり知られない方がいいけどな。菓子を持って帰ろう。
ライアンは菓子を包み鞄にしまって退室した。
「奴は何を考えている」
ソーマは答えない。奴がこうなるとは予測できなかったろう。逃げると思ったがな。ここ一月、耐える顔はしていた、あれの部屋から出た時など憎しみを宿らせた目で俺を見ていたほどだ。奴の行動は見張らせている。俺が奴の立場ならば消す。馬に細工し事故に見せかけるのが手っ取り早いが、馬丁には言い含めてあるからそれは無理だ。馬番がいなくなることはないから近づけない。誰かを雇うか…それも無理だな。しばらく様子を見るしかない。
「あれの様子は」
「落ち着いておりますよ、カイラン様の言葉を疑ってはおりますが」
そうだな、あれでも俺の息子だ。何をしでかすかわからん。子が無事に生まれたら薬を飲ませるか。種を殺してもいいだろう。
「夜はあれの部屋で過ごす」
ソーマは頷き答える。