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#ローファンタジー
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18-1◆氷の勝利。そして謎◆
俺の人生で、最も冷たく、そして最も熱い声。
「――その本から手を離せ。三好」
その言葉が、渡り廊下の冷たい空気に響き渡る。
俺は三好の腕を掴んでいた。
鉄の万力のような力で。自分でも、信じられないほどの力だった。
「てめえ!」
三好が驚愕と屈辱に、顔を歪める。
「離せ!殺すぞ!」
彼は、腕を振りほどこうと暴れる。
だが俺の手は微動だにしない。
俺のスカウターが、彼の無様なステータスを表示していた。
【Target: 三好 央馬】
筋力値:48(D)
知能指数(IQ換算):91(D+)
運動能力:52(D+)
カリスマ性:E(威圧的支配/反感誘発)
魅力度:28(F)※本人は自覚なし
社会的影響力:D(限定的:同調圧力の支配範囲に限る)
あなたとの関係性:敵意(表層)、恐怖(深層)
特記事項:自己評価と他者評価の乖離が著しい
警告:対話による説得は非推奨。短絡的反応が予測されます
(そうか。筋力値:48(D)俺はこいつより強いのか)
プライドをズタズタにされた三好に残された最後の武器。
それは「暴力」だ。
彼は逆上し、自由な方の拳で、俺の顔面を殴りつけようとする。
周囲から、短い悲鳴が上がった。
その瞬間。
俺の視界は、無数のデータで埋め尽くされた。
世界の時間が、引き延ばされる。
カーストスカウターが戦闘モードへと、瞬時に切り替わったのだ。
【Target: 三好央馬の右拳】
【速度:秒速4.5m】
【軌道予測:顔面への命中率95%】
【推奨回避行動:後方へ50cmステップ。右こぶしをかわす】
俺は思考しない。
ただスカウターが示す最適解を、完璧に実行するだけだ。
俺は殴られるそのコンマ1秒前。
寸分の狂いもなく、後方へステップした。
三好の拳は、空を切る。
その勢いで彼の体は前のめりになる
それだけで三好は、派手な音を立てて、廊下に崩れ落ちた。
静寂。
俺は一切、拳を振るっていない。
ただ観測し、予測し、そして最適に行動しただけだ。
しかし暴力の信奉者である三好が、一度も触れることなく
無力な観測者である俺に完膚なきまでに、叩きのめされたのだ。
彼は呆然と床に座り込み、そして怒りを滲ませた顔で俺を見上げる。
その時、派手な転倒音を聞きつけた生徒たちが、廊下の端々から次々と集まってきた。
「何だ?何があったんだ?」
「三好が転んでるぞ、あいつ」
ざわざわとした囁き声が広がり、好奇の視線が三好たちに突き刺さる。
衆人環視の中で晒し者になることを恐れたのか、取り巻きの二人である冨田と田原が慌てて三好に駆け寄った。
しかし、その二人も俺の顔を、まともに見ることができない。
彼らは、俺をちらりと見ると、這うように立ち上がった三好を支え、逃げるようにその場を立ち去った。
「覚えていろ!音無!おまえは必ず潰す!」
敗者の遠吠えだけが、静かになった廊下に虚しく響いた。
俺はゆっくりと息を吐く。
そして俺が、守ろうとした少女へと視線を向けた。
白瀬ことり。彼女は、そこにただ立ち尽くしていた。
彼女は大事そうに、胸に抱えた本をさらに強く握りしめている。
その指先が、白くなるほど強く。
そして俺を見た。
その色素の薄い瞳。
そこに宿っていたのは、恐怖ではない。感謝でもない。
何の色も映さない、まるでガラス玉のような無機質な瞳だった。
彼女は、俺に何も言わない。
ただ俺の横を、静かに通り過ぎる。
そして、その背中が完全に俺とすれ違ったその瞬間。
彼女は一度だけ、足を止め、そして振り返ることなくこう言った。
「ありがとう」
その声は鈴が鳴るように、美しく、そして冬の湖のように冷たかった。
彼女はそれだけを言うと、二度とこちらを見ずに旧校舎の暗闇の中へと去っていった。
俺は彼女が消えた廊下を見つめながら心の中で呟いた。
(ありがとう?)
俺は咄嗟にスカウターを起動しようとする。
だが視界に映るのは相変わらずの【ERROR】の文字だけ。
俺はチャットウィンドウの別人格ミラーに、質問してみることにした。
奏:「おい。ミラー。どういうことだ。なぜ彼女だけがスカウターで観測できない?」
俺は思考で、ミラーに問いかける。
即座に画面にはテキストが入力されていく。
だがミラーからの返信はない。
いつもなら、俺を嘲笑うかのように開くはずの、忌々しいチャットウィンドウ。
それがここでは完全に沈黙を保っていた
奏:「おい。ミラー見ているんだろ?答えろ」
それでもウィンドウは開かない。
まるで、その存在そのものを俺のシステムから、消去されたかのように。
(なぜだ?なぜミラーが応答しない?)
(そして白瀬ことりの「ありがとう」あれは感謝か?軽蔑か?あるいは恐怖の裏返しか?)
(分からない)
(彼女のことは、本当に何も分からない)
俺は三好に勝利した。
だがその代償として、白瀬ことりという最大の「謎」がさらに深まり、俺の心に重くのしかかっていた。
そして、俺の唯一の「相棒ミラー」が、初めて見せたその完全な沈黙。
その意味を、俺はまだ知る由もなかった。
18-2◆道化のアキレス腱◆
翌朝の教室
その空気は、昨日までのそれとは全く違っていた。
俺が教室に足を踏み入れた瞬間、いくつかの視線が、俺に突き刺さり、そしてすぐに逸らされる。
俺は、まず三好央馬を観測した。
彼は取り巻きの冨田と田原たちに囲まれ、何か虚勢を張るように、大声で話している。
だが俺のカーストスカウターは、その化けの皮を簡単にはぎ取る。
【Target: 三好 央馬】
【対あなたへの感情:殺意に近い敵対心(MAX)】
(望むところだ)
俺は心の中で、冷たく呟く。
(俺がお前を完全に終わらせてやる)
俺は視線を、教室全体へと向ける。
そして俺の耳が、体育会系の連中の会話を拾い上げた。
バスケ部の松川と中河だ。
「なあ昨日、1年の長峯ってマジ凄かったよな」
「ああ。あいつはマジで本物だ」
(長峯?誰だ?)
俺は、その知らない名前に意識を集中させる。
スカウターの焦点を、中河へと合わせる。
彼の思考の表層をスキャンする。
【Target: 中河 昌彦】
【思考スキャン中】
【思考内容:”バスケ部の新人、長峯には期待できる】
【理由:天宮くんが期待しているから】
(なるほど。天宮に可愛がられている1年生か)
そのキーワードが俺の頭に引っかかった。
俺は、再び三好へと視線を戻す。
彼はチラチラとバスケ部の連中の会話を気にしている。
その視線に含まれる感情。
俺は三好の深層心理へと、さらに深く潜った。
(そういえば三好は天宮への憧れから、たまにバスケ部の練習を見学していたな。
当然、長峯とかいう1年の存在も知っているはずだ)
俺のスカウターが、三好の心理分析結果を表示する。
【Target: 三好央馬】
【深層心理分析:対”長峯昌吉”】
【感情:嫉妬(95%)、脅威(70%)】
【思考:”王の隣は俺の場所だ””1年風情が”】
(なるほど。おまえ、天宮に可愛がられる1年生を恐れているのか?)
俺の口元に、僅かな笑みが浮かぶ。
(王への歪んだ崇拝。そして1年への醜い嫉嫉。これは三好をつぶす、何かのネタにはなるかもしれない)
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