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文化祭前日。
校内は朝から慌ただしかった。
段ボールを運ぶ生徒。
廊下に貼られる装飾。
響き続ける放送。
教師たちも走り回っている。
「緋八先生これどこですか!?」
「伊波先生、鍵借りたいです!」
次々飛んでくる声。
そんな中でも、ライとマナは“普通の同僚”を演じ続けていた。
——少なくとも、表面上は。
◇
「……眠」
昼休み。
職員室でマナが机に突っ伏す。
「昨日遅かったんですか」
ライが淡々と聞く。
「文化祭準備で疲れた〜……」
「ゲームしてたくせに」
「なんでバラすの!?」
「深夜二時まで笑ってたの誰」
「ライも一緒にやってたじゃん!」
「俺は途中で寝ようとした」
「嘘!」
いつものやり取り。
だが。
その自然さが、最近は逆に危なかった。
「……ねえ」
近くで書類を整理していた同僚教師が、ぽつりと言う。
「二人ってほんと夫婦みたいだよね」
ぴたり。
空気が止まる。
マナが固まる。
ライは無表情。
だが。
「え、わかる〜!」
別の教師まで乗ってきた。
「距離感が長年連れ添った感じ」
「息合いすぎじゃない?」
「いやいやいや!」
マナが慌てて笑う。
「そんなことないですって!」
「そうですか?」
ライが静かに返す。
落ち着いてる。
……ように見える。
でも。
マナは知ってる。
ライ、今ちょっと動揺してる。
左手の指先、少し机叩いてる。
癖だ。
「伊波先生絶対緋八先生に甘いし」
「わかる」
「最近特に」
「気のせいです」
即答。
だが。
その瞬間。
「伊波先生ってさ」
同僚教師が笑いながら続ける。
「緋八先生のことになるとちょっと必死だよね」
ライの動きが止まった。
ほんの一瞬。
でも確実に。
マナの心臓が跳ねる。
(やばい)
最近、本当に危ない。
◇
放課後。
文化祭準備は夜まで続いていた。
校内のあちこちから笑い声が聞こえる。
そんな中。
「緋八先生見ませんでした?」
ライが廊下で生徒に聞かれていた。
「さっき視聴覚室行くって言ってました!」
「ありがとうございます」
ライは小さく息を吐く。
正直、少しイライラしていた。
一時間前。
『すぐ戻る〜』
そう言ったマナが、全然帰ってこない。
メッセージも既読がつかない。
「……何してんだよ」
ぼそっと呟く。
そのまま視聴覚室へ向かった。
◇
ガラッ。
扉を開ける。
薄暗い室内。
「マナ?」
すると。
「……ライ」
部屋の奥から声。
マナが機材棚の前にしゃがみ込んでいた。
「あれ、どうしたの」
「ケーブル絡まって取れない……」
「何してんの」
呆れながら近付く。
マナは困ったように笑った。
「スマホどっか置いてて連絡見れなかった」
「……心配した」
小さい声。
マナが目を瞬く。
ライはため息をつきながら隣にしゃがみ込んだ。
「貸して」
「ん」
二人並んで機材を触る。
狭い。
肩が当たる。
近い。
「ライ器用〜」
「お前が不器用すぎ」
「ひど」
笑い合う。
その空気があまりにも自然で。
学校にいることを、一瞬忘れそうになる。
「……ねえライ」
「ん」
「最近さ」
「うん」
「ほんとにバレそうじゃない?」
ライの手が止まる。
静かな空気。
「……かもな」
珍しく否定しなかった。
マナは少し不安になる。
「もしバレたらどうする?」
「どうもしない」
「え」
「別れる選択肢はない」
即答だった。
マナの胸が熱くなる。
「ライ……」
「ただ」
ライが苦笑する。
「学校ではちゃんと隠したい」
「うん」
「お前とのこと、軽く見られたくないから」
その言葉に。
マナは何も言えなくなる。
ライはいつもそうだ。
不器用なくせに、真っ直ぐで。
ずるいくらい誠実。
「……好き」
ぽろっと零れる。
ライが笑った。
「最近それ多い」
「だってライがかっこいいこと言うから!」
「自覚ない」
「あるでしょ」
ライは小さく笑う。
そのまま。
自然に。
マナの頬へ手を伸ばした。
「っ……」
「顔赤い」
「ライのせい!」
「かわいい」
低い声。
至近距離。
マナの心臓がうるさい。
「……キスしたい」
ライがぽつりと言う。
マナが固まった。
「ここ学校!」
「知ってる」
「ダメ!」
「一回だけ」
「ダメだって……」
そう言いながら。
マナも離れない。
ライの目が少し細くなる。
「……煽ってる?」
「ちが……」
次の瞬間。
コンコン。
扉がノックされた。
二人が同時に飛び退く。
「失礼しまーす!」
女子生徒の声。
終わった。
完全に終わった。
ライは一瞬で表情を戻す。
「どうしました」
声が冷静すぎる。
扉が開く。
入ってきた女子生徒は——。
準備室の前で気配を聞いてしまった、あの生徒だった。
彼女は二人を見て、一瞬だけ目を見開く。
近すぎた距離。
赤い顔。
不自然な空気。
全部見られた。
「……あ」
マナの顔から血の気が引く。
ライだけが静かだった。
「何か用ですか」
女子生徒は数秒黙ったあと、小さく笑った。
「……ケーブル借りに来ました」
「棚の右です」
「ありがとうございます」
静かな時間。
女子生徒はケーブルを取る。
その途中。
ちら、と二人を見る。
——気付いてる。
マナには分かった。
絶対気付いてる。
女子生徒は扉の前で立ち止まった。
そして。
「……先生たち」
心臓が止まりそうになる。
「文化祭準備、頑張ってくださいね」
にこっと笑う。
それだけ言って、部屋を出て行った。
扉が閉まる。
沈黙。
「……」
「……」
マナがゆっくりライを見る。
「……バレた?」
ライは少し考えてから。
「……半分くらい」
「終わったぁぁ……」
その場に崩れ落ちるマナ。
ライはそんなマナを見て、小さく笑った。
「まだ確定じゃない」
「でも絶対怪しまれてる!」
「まあな」
「ライ落ち着きすぎ!」
するとライはしゃがみ込み、マナの頭を軽く撫でた。
「大丈夫」
「どこが!?」
「もしバレても」
ライが静かに言う。
「お前といたこと、後悔しないから」
その言葉に。
マナの不安が少しだけ溶ける。
「……ずるい」
「何が」
「そういうこと言うとこ」
ライは少し笑った。
その笑顔は、学校では見せないくらい柔らかかった。
——そして。
二人の“秘密”は、ついに最後の境界線へ近付いていく。
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