テラーノベル
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天界の境界付近、雲の合間を縫うように飛んでいた山本の視界が、突如として激しく揺れた。
ymmt 「わっ……! なに、この突風……っ」
魔界から吹き上げる瘴気を含んだ荒ぶる風が、彼の純白の翼を無慈悲に煽る。翻弄されるまま雲を突き抜けた先に見えたのは、光の届かない鈍色の世界――魔界との境界線に切り立つ、黄昏の断崖だった。
ymmt「……あ、危ない……っ!」
山本は衝突を避けるように翼をすぼめ、なんとか岩場の影へと滑り込んだ。
ymmt「……っ、ふぅ。……びっくりした。死ぬかと思った……」
荒い息を吐きながら、山本は力なく岩に背を預けた。真っ白だった羽毛は、着地の衝撃と魔界の風に晒されたせいで、すでにどこか透明感を失っている。
ymmt「ちょっと……、休憩。少し休んだら、戻らなきゃ」
山本は、自分の置かれた状況の危うさも知らず、乱れた羽根を指先で整えながら、見たこともない暗い景色の深さに目を奪われていた。
その時、上空からあり得ないほど重苦しい威圧感が降り注いだ。 漆黒の翼を羽ばたかせ、瘴気を含んだ風を切って飛んでいた悪魔、伊沢だ。彼はここを自分だけの休息地としていたが、目的の断崖が近づいたとき、その鋭い瞳が灰色の景色の中で眩いほどに発光する「白」を捉えた。
izw(……なんだ、あれは)
不審に思いながらも、伊沢は獲物を定めるように鋭く旋回し、岩場に音もなく舞い降りた。大きな影が差したことに気づき、山本が顔を上げる。見上げれば、漆黒の翼を広げた悪魔が、本を片手に冷ややかな瞳で自分を見下ろしていた。
izw「……なんだ。先客がいたのか。さっさと帰れよ、天使。そこは魔界の瘴気が最も濃い場所の一つだ。長居すれば、その軟弱な体は内側から腐り落ちるぞ」
ymmt 「あ、こんにちは! 教えてくれてありがとうございます。……風に流されちゃって、今休憩してるところなんです。ここ、景色がいいですね」
伊沢の冷酷な忠告を、山本は花が咲くような笑顔で受け流した。
izw「……お前、馬鹿なのか。その綺麗な羽根、一瞬で煤けるぞ」
ymmt 「えー、そうなんですか? でも、あなたに会えたから運が良かったかも」
山本のあまりの屈託のなさに、伊沢は毒気を抜かれた。本来なら天界の住人などその場で引き裂くはずだったが、自分を恐れず微笑みかける山本の瞳に、伊沢は言いようのない知的好奇心を覚えてしまった。
izw「……フン、勝手にしろ」
伊沢は突き放すように背を向け、少し離れた岩場に腰を下ろして本を開いた。それが、二人の歪な関係の始まりだった。
それから数日。
山本は毎日のように断崖に現れた。伊沢が「来るな」と突き放すたび、山本は「また来ちゃいました!」と恐れを知らぬ笑顔で隣に割り込んでくる。
ymmt「ねえ、いつまでも『悪魔さん』じゃ呼びにくいです。名前、教えてくださいよ」
izw「教える義理はない。さっさと帰れ」
ymmt「えー、じゃあ僕が勝手に名付けちゃいますよ? 『本読みさん』とか」
izw 「……伊沢だ。……お前は」
ymmt「僕は山本です! 伊沢さん、いい名前ですね」
izw「……っ、寄るなと言っているだろ、山本」
伊沢は顔を背けたが、山本の呼ぶ自分の名が耳に心地よく残るのを否定できなかった。
十数回目のデートを重ねる頃には、二人の距離は物理的にも精神的にも、致命的なほど近付いていた。
山本の翼は、すでに隠しようもなく灰色に煤けている。
伊沢は会うたびに「もう羽根が死に始めてるぞ」と鋭く指摘したが、山本は「伊沢さんの話、面白いんだもん」と、自らの崩壊を意に介さない様子でグイグイと距離を詰めてくる。
ymmt 「伊沢さん、今日は天界の珍しいお菓子を持ってきました。毒じゃないですよ?」
izw 「……お前、自分の翼を見ろ。もう半分近くが濁ってる。天界の連中に見つかったらタダじゃ済まないぞ」
伊沢は、山本の指先が自分の服を掴むたび、その熱に当てられたように思考が鈍るのを感じていた。
冷静なはずの伊沢は、山本の変質を冷徹に「観察」しているつもりだった。だがその実、自分こそが山本という毒に中てられ、彼が来ない時間を耐え難い孤独と感じるまでに依存し始めていることに、まだ気づいていなかった。
そして、ついに最後の一線が訪れる。 断崖に立つ山本の翼は、もはや死を待つ鳥のように重苦しく黒ずんでいた。
izw 「……山本。お前、もう戻れないぞ。……天界の光が、痛いだろ」
伊沢の声は、かつての冷静さを失い、微かに震えていた。
ymmt「はい。痛いです。でも、伊沢さんの隣にいる時だけは、その痛みが消えるんです。……ねえ、伊沢さん。僕を、終わらせて」
山本は湿り気を帯びた切実な眼差しで、伊沢の胸元に手を添えた。見つめ合う時間が永遠のように続く。伊沢の手が、山本の細い首筋に回った。守りたいのか、壊したいのか。もう自分でもわからない。伊沢はゆっくりと、自分でも驚くほど優しく、山本の唇に自分のそれを重ねた。
ymmt「……っ……あぁ……!」
触れるだけの静かなキス。だがその瞬間、境界線は完全に崩壊した。山本の翼から最後の「白」が消え去り、一気に艶やかな漆黒へと塗り替えられる。唇が離れたとき、山本の瞳は完全に恍惚に染まっていた。
izw「……ああ。……染まったな、山本。……もう、俺の隣以外に、お前の居場所はない」
ymmt「ふふ、嬉しい。……ずっと、こうしたかったんですから」
それから数日後。
魔界にある伊沢の私邸。伊沢はソファに座り、膝の上で甘える山本の黒い翼を、丁寧に梳いていた。
ymmt「伊沢さーん、そこ、もっと優しく! 抜けちゃいます」
izw「……うるさい。お前、堕天してからますます遠慮がなくなったな」
伊沢は溜息をつきながらも、ブラシを持つ手は驚くほど優しい。
ymmt「えー、だって伊沢さんが『一生俺のそばで償え』なんて言うから、僕、安心して甘えてるんですよ」
izw「……フン、言わなきゃよかったな」
伊沢は毒づきながらも、山本の羽根にそっと口付けた。支配しているようでいて、実はこの温もりがないと自分の方が壊れてしまう。
izw「……お前をこんなにしたのは俺だ。だから、一生俺に依存してろ」
ymmt「はい、伊沢さん。……大好きですよ」
暗闇の中で、二つの黒い翼がひとつに重なり、二人は永遠に終わらない夜へと沈んでいった。
(おわり)
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