─── ミーンミーン ……
夏の日差しが肌を照らす、そんな日。セミの鳴き声が季節を知らせ、騒がしい程に魅せてくる。
「 あっついわぁ…… 」
けれど今年の夏はどうにも、2歳の時よりもずいぶん暑い。
僕は縁側の日陰でぷらぷらと足を垂らしながら座っていた。ここは僕だけ、僕専用の居住区。
─僕の名前は「九条 零」。この夜鳴町では少し…いや、かなり名の知れる霊媒師家系に産まれた長男だ。
産まれ持ったであろう「祓う技術」で人々の脅威となる「霊」を「祓い」、人々を「助ける」役柄。
でも僕はその「祓い」が出来ない。何度も、何度も何度も何度も、御札や霊具に触っては父上に鍛錬と躾をされたけれど何度やっても祓うことは出来ず、むしろ寄せ付けてしまう。
その頃から父上も気づいたのだろう、僕が「人を助け、祓う」のではなく「寄せ付け、手懐けるだけ」の男だと。懐かせれるなら良い、なんて言うものも居たがそれを父上は許さなかった。
「家のしきたりに背くな」
「出来損ない」
「亡くなった弱い母親に似たのか?」
なんて何度も口頭で吐かれた。
─ 母上は僕が産まれてすぐ亡くなった。不治の病だったと祖母から聞いた。僕を産んだのが最後の力で、最後の命だったと。
そんな母の事もあってかその日、少し反抗したらこのザマだ。
「 あ゙づぅ〜〜〜…溶けてしまうわ !! 」
1人でなかなかの大声を出して気を紛らわす。
縁側には涼し気な風は姿を見せない。背中側の室内もエアコンなんて近未来的なものはなく、弱々しい風量の扇風機と花火の絵が着いた団扇だけ。暗い室内に敷かれた薄っぺらい布団は乱雑に敷かれたまま、ちゃぶ台もそのまま。この暑さで何もかも面倒くさくて投げ捨ててしまった。
手の横にあるおぼんの上には氷が入っていたであろうガラスコップに入った麦茶。茶色かった中身もどこか透明が混ざって薄くなっている。そうなればもう味なんて感じないだろう。
⎯⎯⎯ ざわざわ ……
一瞬のざわめきに風向きと縁側の空気が変わった。ぶわっとなびいた黒髪を指で裂いて、目の前を見るとジリジリと揺れる地面の上には白く大きな長つば帽子。
ふと目線を逸らすと周りの木陰や少し離れた木々の間には無数の「影」。黒一色に目も口も、手も足も何も無い。その黒い影は確かに、 僕とその長つば帽子に目を取られていた。小さく聞こえる影の声は「〜〜〜」とノイズが走っていた。── いつもなら、ちゃんと聞こえるのに。
少しの好奇心は僕を煽り、縁側から腰を上げさせた。白い着物の裾をたくしあげ、ころんと落ちた草履に足を入れる。
「 〜〜〜 …… 〜 !! 」
ザッ、ザッと砂の音と混じって影の声はノイズと共に勢いを増した。
「 うわぁ ………… きれいなぼうしや … 」
近くで見るとやはり綺麗な帽子。汚れもひとつない、傷もない。大切にされたような帽子が地面になんてふさわしくないと思った。
くるりと帽子を中心にして回る。名札があるのか、それとも名前でも書いてあるのか。ちらりちらりと見ていれば一部に貼られた、焼け焦げた痕のある「焰魂符 」と書かれたその札に、僕は少しだけ目を凝らす。
意味は分からない。いつもなら絶対に剥がさない、触れようともしない。でも何故か、今だけは風に揺られなびくそれが好奇心を逆撫でた。
⎯⎯⎯⎯ バサァッ …
手の中にある御札はどこか自我を持つように少し揺れていて。疑問を抱きながらも大きな帽子を手に取った瞬間、空気の密度が変わった。
風がざわめく。蝉の声が、一瞬だけ遠のく。
縁側から見える林の奥、そこに“それ”はいた。
まるで、絵の具を零したように――異質な白が、静かに浮かびあがる。
影が、動いた。
音もなく、まるで霧が滑るように。
僕の方に、真っ直ぐに。
……ぽ、ぽ、ぽぽぽ、……
〔…… 見つけた、〕
─ 真っ白い存在が僕の前にゆらりと現れた。汚れひとつなく、純白な白。剥がした札は散り散りになり、霧と化すように手の中から消えた。
▹▸ 第弐話 ───
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