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「……すげぇ……既に俺の手にも負えねぇってのに……さすがは、最強の最愛様だ……」
最強の最愛。
なかなかのパワーワードだが、最強は夫にこそ似合う。
時間にして三十分ぐらい経過したのだろうか。
私は何とか型を割らずに抜き切るのに成功した。
滲んだ汗は子蜘蛛がハンカチで丁寧に拭ってくれる。
ふうと息を吐き出したのとほぼ同時に、からんからんと大きな鐘の音が鳴った。
名状しがたき店員が鐘を鳴らしたのだ。
鐘の音は店員の体の中からした。
突っ込んではいけないと本能が主張している。
「おめでとうございます! まさかこの型が抜かれるたぁ思いませんでした! 感謝とともに、こちらを贈呈しまさぁ!」
抜かれた型が、もぞりと動く。
掌サイズのピンク色をしたスライムに近い、名状しがたき者。
「え、えぇ?」
「安心してくだせぇ。守護獣と同じ扱いで大丈夫でさぁ。最愛様と最愛様が認める方々を、厄災から守りましょう」
「厄災……」
彼? 彼女? が厄災そのものなのでは?
とは問えなかった。
ぴょんと手の甲に飛び乗ったピンク色のそれは、ほんのり温かく、うっすら桃の香りがしたからだ。
桃が好きだからではない。
桃は神聖な食べ物と扱われて久しい。
その香りを発するならば、それは。
少なくとも私に対しては無害なのだ。
「本人が希望したときには、名前をつけてやってくだせぇ」
「わかったわ」
まだ仮契約なのかもしれない。
結構な代物だと思うので、あとで皆に相談するとしよう。
「次においでになるときまでには、また何か仕入れておきまさぁ!」
店主の元気な声には微苦笑で応えておく。
このレベルの者はさすがに増やしすぎは良くないと思ったのだ。
アイテムボックスに入るのを嫌がった、ピンク色のスライムもどきは、子蜘蛛の頭上に乗った。
子蜘蛛も嫌がっていないので問題なさそうだ。
凄い子が参入したので皆と合流した方がいいかなぁ? と思ったのだが、またしても子蛇が行きたい場所を指し示すので、私は大人しく移動を開始した。
子蛇が次に選んだのは金魚屋さんに似た屋台。
ただし水は真っ黒で中が見えない。
所々で大きな気泡が弾けたり、尻尾が水面を叩くような水音がしたりする。
中に何か入っているのは間違いなさそうだが、その姿形は見えなかった。
案外透明なのかもしれない。
『救い屋へようこそ』
頭の中に直接声が聞こえた。
不思議と漢字変換までがされる声だ。
「救い屋? 掬い屋ではなく?」
『はい、救い屋でございます』
口調こそ丁寧だが、完全にこちらを見下している雰囲気を纏っている。
こちらの世界へ召喚されたばかりの場面を思い出した。
それでも夫が怒らない以上、恐らく男性に分類されるだろう目の前の人物とのやり取りは必要なものらしい。
型抜き屋さんの名状しがたき者にも驚いたが、こちらは真っ黒い球体だ。
真っ黒い球体が、真っ黒い水を湛えた救い場の背後に座っている。
椅子は年代物の切り株に見えた。
『まずは道具をお選びクダサイ』
一瞬別人が話しているように感じられた。
背筋に怖気が立つ。
これでも安全なのだろうか?
しかし夫は何も言わない。
救い場の上に同じ大きさの、黒いテーブルが現れた。
テーブルが空中に浮いている状態に、向こうの世界であったなら驚いただろうか。
テーブルの上には、道具が並べられている。
全部で五種類。
全てが神々しいまでの純白だった。
#ファンタジー
一つは柄杓。
一つは金魚すくいのポイ。
障子紙をプラスチックで円状に囲むプレーンなタイプ。
一つは釣り竿。
釣り針に餌らしきものはついていなかった。
一つは三十センチほどのトング。
物を掴む部分は純白ではなく純銀?
ぎらぎらと主張も激しく輝いていた。
一つは魚取り網。
大きさは救い場の横幅にぴたりと嵌まるサイズ。
端から端まで動かせば、中に入っている何かを全て救える気もしたが、その代償が恐ろしすぎて手は出ない。
迷って無難なポイを選ぶ。
獲物の姿は見えないけれど、何かを掬うならこれだろう。
ごぼっと大きな気泡が弾けた場所をさっと掬った。
取りあえずポイは破れなかった。
『ほぉ、すばラしい!』
純粋に感嘆する声。
ポイの上には三センチはあるだろう、ピジョンブラッドが美しいルビーの指輪。
ルビーの周囲には何の飾りもなく、デザインは至ってシンプルだが、石のサイズが何しろ大きい。
そして魅入られるように美しかった。
他の装飾などいらないとばかりに。
『数多の女性を殺してきた曰く付きの指輪なんですよ。くっく。見事に浄化されている。時々貴女自身か信用できる人物につけていただきたい。できれば転売はしないでイタダキタイ』
試しにつけてみると中指にぴたりと嵌まった。
ルビーは美しく輝いている。
重さも感じない。
邪魔にも感じない。
浄化はされたが、特殊な指輪には違いなさそうだ。
鑑定しようかなぁ……と思っていると。
『さて、次は、ドノ道具を選ぶカネ?』
「もしかして、全部の道具を使わないと駄目なのかしら?」
『駄目、ではない。だが、是非、全部、使ってホシイ』
語尾の欲しいにだけ、怖気が立つ。
夫は引き続き無言だ。
子蛇や子蜘蛛にスライムたちも大人しく見守っている。
私は溜め息を吐きつつ、次のアイテムを手に取った。
『ほう。次にそれを取るとは……くっく。奥方様は、なかなか面白い御仁ダなぁ?』
おもしれぇ奴フラグはいりませんよーだ! と心の中で舌を出しつつ握り締めたのは柄杓。
お手水以外ではほぼほぼ使う機会のないアイテムだ。
柄杓を救い場の中へ入れる。
金魚すくいであったなら、底は浅い。
柄杓など掬う部分が隠れる程度だろう。
だが持ち手部分の半分までを入れても、底に触れた感触が伝わってこない。
……この救い場に、果たして底はあるのだろうか?
ぞくりとした。
冷たい恐怖が背中を走る。
『……伸ビルンだ?』
きょとんとした声音。
想定外の事態に遭遇したときに漏れそうな。
黒玉にとっても初めての経験だったようだ。
柄杓の柄が伸びたらしい。
こん、と底に着いた感触があったので、そのまま持ち上げた。
はて、自分は何がしたかったのだろうか? と首を傾げる。
伸びていたはずの持ち手は元通りになっていた。
中には黒い水の一滴も入っていない。
『凄い! 神具になったよ!』
「神具?」
『そうだよ! 水が出続ける柄杓になったんだよ!』
黒玉からにゅっと黒い触手が出てきて、私の手から柄杓を奪っていく。
『うわぁ! これは駄目。あげられない! 神具だもん!』
柄杓を持ったまま、黒玉がその場で高速回転している。
嬉しいのだろうか。
しかし、一体玉の中には何人の人格がいるのだろう。
最低でも三人はいそうだ。
「掬えませんでしたから、当然では?」
『や。救ってるし。この柄杓はもともと掬った水が聖水になる柄杓だったんだけどね、更に進化したから』
聖水になる方が凄い気がするんだけども。
聖水にレベルでもあるんだろうか?
あ、量とか回数制限とかがあったのかもね?
『この柄杓があると何かと便利だからね。これはあげられない。代わりに釣り竿で釣り上げた物は全部あげるヨ』
回転を終えた黒玉が釣り竿を差し出してきた。
せっかくなので釣り師の長靴を履いた。
『初めて見る柄だね、それ』
「あげませんよ」
『もらえないよ! 奪えもしないしね!』
物欲しそうな声だったので断っておく。
奪えないと聞いてほっとした。
ついでに使っては駄目と言われなくて更に安堵した。
「ちょ!」
散々三階の池で釣りをやったときと同じノリで軽く竿を振ったら、危うく救い場の中へ落ちそうな勢いで竿が引かれた。
子蜘蛛たちがしっかりと捕まえてくれなければ危なかったと思う。
スライムが目にも留まらぬ素早さで滑るように黒玉のそばに行って、黒玉を包み込んだ。
『スマナカッタ! 大丈夫ダト思ッタんだ!』
黒玉は回転してスライムを引き離そうとするが、スライムは頑なに黒玉を包み込んだままだ。
ぷるるるるっとスライムが震える様子は少し面白い。
『ハ、早く竿を上げてクレ!』
切羽詰まった声に、当たり判定はなかったが竿を上げた。
「え、えぇ?」
重いはずだ。
というか、釣れるのがおかしいものが釣れた。
ここにきて、夫の声が届く。
砂漠で走れる車ですね。
唯一品ですよ。
尚、自動操縦ですから、無免許でも大丈夫です。
そういう問題じゃないでしょ!
思わず脳内で突っ込みを入れてしまった。
そう。
釣り上げたのは大型の小型四輪駆動車。
背面にしっかりと替えのタイヤも付いている、新品らしい。
『この世界にはないものまで、釣り上げるとは……ははは。大丈夫なのかな、出しても』
初めて途方に暮れる声を聞いた。
砂漠で走れるのなら悪路もいけそうだ。
馬車の移動に不満はなかったけれど、せっかくの唯一品だし、乗るのもいいかもしれない。
「使うか使わないかは、他の皆と相談しますので安心してください」
『ははは。もう笑うしかないな……』
「次はこのトングにしますね」
残りはあと二つ。
そのうち一つを手にする。
何時もの習慣でかちかちと挟む強さの加減を確認してしまった。
『ひっ!』
威嚇しているつもりはないのにねぇ……と思いつつ、トングを水の中に入れる。
すぐに何かが嵌まった感覚があった。
持ち上げると、掌に少し余る程度のサイズのランタンが出てきた。
やっぱり水には濡れていない。
漆黒のランタンだが、模様は繊細で清廉な気配がする。
『……本来のダンジョン攻略に役立つアイテムだよ。どんな暗闇も照らし、隠し事を許さないランタンさ……誰も使えないはずだったんだけど……奥方様なら使いこなせると思うよ……』
すっかり声が疲れている。
駄目な物を押しつけるつもりが、良い物ばかり持っていかれる……商談に失敗した者の声に似ていた。
私の掌に載ったランタンが、ざまぁみろとばかりにちかちかっと光って見せたのが、なかなかに印象的だった。
ランタンにも意思があり、店主に思う所が多かったのだろう。
「えーと最後はこの網を……」
『結構です! これ以上想定外の物を持っていかれたら商売あがったりです! っていうか。その網を渡したら最後な気がするんです!』
網に手を伸ばしたら、泣きながら網を取り上げられた。
『お詫びとして、これを差し上げますから! 勘弁してくださいー』
綺麗に梱包された箱を渡されたと思ったら、黒玉と救い場が消えた。
テーブルも消えた。
あとには、汚れ一つない床があるだけだ。
ちなみにスライムは何時の間にかちんまりサイズに戻り、今度は子蛇の頭上に乗っていた。