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AK@アキ
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#ミステリーかもしれない
ねぎとろ
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#何かがおかしい
夢喰【文月村】
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眩しい光が、私の瞼を優しく叩いた。
遠くから聞こえるのは、いつもと変わらない小鳥のさえずり。静かに目を開けると、視界に飛び込んできたのは見慣れた、白く清潔な、あの邸の天井だった。身体を起こすと、シルクのシーツがさらりと音を立てて滑り落ちる。指先で触れる生地の感触も、肌を撫でる朝の空気の冷たさも、何一つとして変わらない、私の部屋。
一月十四日。日曜日。
お母様が微笑みながら告げた通り、何事もなかったかのように、いつもと同じ「八回目の朝」が始まっていた。
私はベッドから足を下ろし、すぐに自分の左頬へと右手を伸ばした。
鏡の前に立ち、ガラスの向こうの顔を覗き込む。
陶器のように滑らかな肌。昨日の昼下がり、お母様からあれほど苛烈に叩かれたはずの左頬は、赤みも、腫れも、熱も、跡形もなく消え去っていた。
「……やっぱり、全部リセットされたんだ」
私は小さく息を吐き出し、鏡の中の自分を見つめた。
昨日、あの薄暗い書斎でお父様の身体が崩れ落ちたことも。お母様が冷酷に本のページを破り捨てたことも。クローゼットの闇から現れたお母様が、歪んだ笑顔で私に拍手を送ったことも。そして、あの美しい少年、ヴェルと図書館で出会ったことさえも。すべては消え去り、世界はまた完璧な初期状態へと巻き戻されたのだ。
そう、思った。
落胆と、諦めと、どこか安堵の混ざった深い呼吸を、胸の奥から吐き出そうとした、その瞬間だった。
ごそり、と喉の奥に、異様な異物感が走った。
「げほっ……! ごほっ、ごほっ……!」
突発的な激しい咳が、私の肺を内側から掻きむしる。酸素を求めて喉を鳴らすたびに、粘り気のある、生温かい何かが口腔内に溢れ出してくるのが分かった。たまらずベッドの端に手を突き、何度も激しく吐き出す。シーツの純白の上に、ぽたり、ぽたりと、赤黒い液体が染みを作っていった。
だが、それだけではなかった。
私の口から、血の混じった液体とともに、シーツの上にずるりと吐き出された「それ」を見つめた瞬間、私の思考は完全に凍りついた。
それは、何本もの、短い毛の束だった。
血に濡れ、泥に汚れたような、鈍い泥茶色の短い髪の毛。
私は信じられない思いで、自分の口元を拭った。手のひらに付着したのは、やはり私のベージュ色の長い髪とは、絶対に違う色をした、短く硬い毛だった。パニックになりながら、私は自分の頭へと両手を伸ばした。ベージュ色の、絹のように美しいはずの髪に指を絡める。
頭皮を突き刺すような、妙な引き連れ感と、激しい違和感。
私は恐ろしくなり、鏡の前へと向かい、ガラスの向こうの自分の顔を、今度は凝視した。
悲鳴すら、出なかった。
鏡の中に映っていたのは、完璧に調律された、あの美しい十三歳の少女リリスの顔ではなかった。
すっと通った鼻筋に、白磁のように滑らかな肌。影を落とす長い睫毛。画像のように吸い込まれそうなほど澄んだ、冷たい冬の湖のような色をした、あの瞳。
それは、昨日、市立図書館の窓際の席で出会ったはずの──あの美しい少年、ヴェルの顔だった。
「あ……あ、え……?」
声を出そうとして、私は自分の喉を両手で掴んだ。
喉の奥から漏れ出たのは、リリスの鈴を転がすような高い声ではない。鏡の中にいる少年の、あの物静かで、少し低い、生々しい声だった。
恐怖で狂いそうになりながら、私は自分の衣服のボタンを、引きちぎるようにして全て外した。
寝間着の白い生地を左右に割り、自分の胸元、あるいは肩を見つめる。
心臓の鼓動が、ドクドクと、壊れた時計のように激しく脈打ち始める。
私の首筋から鎖骨にかけての、白磁のように美しい肌の境界線。そこに、びっしりと、何かを縫い合わせたような、悍ましい「黒い呪縛の糸」が、肉を割って無数に這い出ていた。お父様の指先から覗いていた、あのベージュ色の髪の毛の糸とは違う。もっと太く、世界そのものを縛り付けるような、お母様の手の甲にあるのと同じ色をした、黒い糸。
そして、その黒い糸の縫い目の隙間から、私の本来の身体のパーツだったはずの、ベージュ色の長い髪の毛が、内側からずるずると、まるで寄生虫のように溢れ出ていたのだ。
頭を割るような、凄まじい激痛が脳内を蹂虙する。
消されたはずの「過去の記憶」が、せき止められていた黒い濁流のように、私の精神の奥底へと一気に融解して流れ込んできた。
──違う。私は、リリスじゃない。
私は、リリスではなかった。
この冷え切った邸に閉じ込められ、お母様に「リリス」と呼ばれて、完璧なお人形として同じ一日を何度も何度もやり直させられていたのは、私がリリスだからではない。本物のリリスは、とうの昔に、あの動かない「お父様」と同じように、お母様によって思考を奪われ、部屋の隅の、日の当たらない場所に片付けられていたのだ。
私は、外の世界の人間だった。
本物のリリスがこの歪んだ檻のなかで苦しんでいるのを知り、彼女を救い出そうとして、七回前のループの前にこの邸に忍び込んだ、ただの、名もなき少年。お母様に見つかり、捕まり、抵抗する間もなく肉体をバラバラに解体された、憐れな侵入者。
お母様は、本物のリリスのベージュ色の長い髪の毛を糸にして、私の生首と、本物のリリスの身体を無理やり縫い合わせ、「新しいリリス」として、私を最初から調教し直していたのだ。
だから、お父様はベージュ色の糸──本物のリリスの髪で編まれていた。
だから、私の口から泥茶色の髪──私自身の本来の髪が吐き出された。
お母様が「希望」という餌として、私の前に配置したと思っていたあの少年ヴェルは、お母様が作った人形などではない。私の脳が、私自身の本当の姿を忘れないために、消されかける記憶の底から必死に引きずり出して見せていた、私自身の本物の残像だったのだ。
「ああ、ああ、あああ……っ!」
喉の奥をかきむしりながら、私は床に倒れ込んだ。
私の身体のなかで、本物のリリスの肉体と、私の少年の肉体が、お母様の黒い呪縛を拒絶するようにして激しく拒否反応を起こしている。縫い目がズキズキと熱を持ち、黒い糸が皮膚を裂いて、肉の隙間からベージュ色の髪が溢れ出し、部屋の床を埋めていく。
逃げ道なんて、最初からどこにも存在していなかった。
私が「救いたい」と願っていたリリスは、私自身の中に肉体として取り込まれ、私はリリスのパーツを繋ぎ合わされた、ただの化け物として生かされていたのだ。
バタン、と背後で、重厚な扉が開く大きな音がした。
振り返ると、部屋の入り口に、あの衣服の擦れる音とともに、お母様が整然と立っていた。
母は、私のベッドの上に散らばった泥茶色の髪の毛と、床を埋め尽くすベージュ色の糸、整理されていない私の変わり果てた「少年の顔」を、じっと見つめた。
怒るかと思った。あるいは、冷酷に私を処分するのだと思った。
だが、お母様の顔に浮かんだのは、これまでで最も深く、涙を流さんばかりに愛おしそうな、あの歪んだ母親の笑顔だった。
お母様はゆっくりと歩み寄り、床に頽れる私の前に膝をつくと、私の少年の顔を、その両手で優しく包み込んだ。
「あら……。今回は随分と、大きなバグが出ちゃったわね、リリス」
その手の甲の紋章が、私の視界の中で鈍く黒光りする。
「でも大丈夫よ、私の可愛いお人形。縫い目を少し、直すだけだから。明日になれば、また完璧で、楽しい休日が始まるわ」
お母様の右手には、いつの間にか、鈍く光る大きなハサミが握られていた。私の首筋の黒い糸に、冷たい金属の刃が触れる。
私は少年の声で、リリスの肉体を使って、最後の力を振り絞り、目の前の怪物に向かって叫ぼうと、喉を震わせた。
コメント
3件
リリスぅぅぅぅぅ!?マジかよ以外なる展開でビビりましたわ…
急にガチホラー始まってびっくりした〜〜 え、な、なんて?なんかサラッとそこそこなことしてなかった?何がそんなにお母様を突き動かすのかも分からないし平然としていられるのも怖いし 一気に本能的な怖さだったりがこう、わってなるなって ほ、本物のリリス手遅れだった…やるせな…よく新しいリリスにするために縫い合わせたろうとか思うなぁ…思ったよりお母様が理解の外側に居るかもしれない…
あおいです、読ませていただきました……。 第9話、本当にすごかったです。口から吐き出された泥茶色の髪の毛、そして鏡に映ったヴェルの顔——あの瞬間、背筋が凍りました。自分がリリスではなく、縫い合わされた存在だったという真実。お母様の歪んだ優しさが、逆に一番恐ろしかったです……。次の話が待ちきれません!