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買い物を終えて帰ろうとしたら、亮一に呼び止められた。
「冬美、さっきはありがとう、それからごめん」
「あ、その話は帰ってからにしよ」
「うん、で、帰りなんだけど、ちょっと遅くなるから」
「え?また歓迎会とか?」
「ちょ、マジでやめて。ホントごめん、反省してる」
ぽりぽりと大袈裟に頭をかいている。
「嘘だよ。わかった、帰り着く30分くらい前には連絡してくれる?お料理の仕上げを間に合わせたいから」
「わかった。じゃ、帰ってから」
「うん、お仕事頑張って」
亮一はまた、お店に戻って行った。
私は、保護者会に行くという聡美を送っていく。
「そういえばさ、なんで手首の包帯が嘘だとわかったの?冬美さん」
「あー、あれ?実は知り合いにそういうことをする人がいてね。その人が言ってたんだけど、自分がリスカしてると周りには知られたくないんだって。だから、目立たないように絆創膏くらいしか貼らないって言ってた。わざわざこれ見よがしに包帯をしてるということは、何かを画策してわざとだろうなぁと思ったのよ」
「へぇー、でも、あの時の亮一さんの様子だと、佳苗のそんな策略にまんまと嵌まってるみたいだったね、驚いてたもん!」
「良くも悪くも優しくて単純だからね、狙いやすいと思う」
結局、夫は、あの佳苗という女に騙されてたということだ。
今日タイミングよく、佳苗の夫の正和もやってきたから、一度に話が済んでよかったけど。
「じゃ、またね!」
「うん、ありがとう!」
さて、帰って料理をしなくちゃ。
今日は夫の好きなサーロインのステーキにしよう。
ワインはこの前買っておいた赤ワインで。
それにしても。
今日も帰りが遅いなんて、どうしてだろう?
「ま、いっか!ただいま!マル!」
そこにいたマルの頭をわしわしと撫でた。
お風呂も入ったし、お料理は仕上げだけ。
時計を見る、21時になろうとしていた。
ぴこん🎶
『あと20分くらいかな?』
「了解です」
ワインは少し前に出しておいた。
サラダを盛り付けて、小さなケーキも用意する。
お肉の付け合わせはブロッコリーとポテト。
「ただいま」
玄関から声がした。
「おかえりなさい、先にお風呂入る?」
「んっと、その前にこれ、はい、結婚記念日のプレゼント」
亮一が差し出した手には、ピンクの花束とプレゼントがあった。
「なにかな?開けてもいい?」
「もちろん!」
えんじ色にゴールドのラッピングをほどくと、中にはワイングラスとガラス製のおちょこが2個ずつ入っていた。
「え?ワイングラス?」
「そう、でもよく見て」
言われてグラスを目の高さまであげたら、何やら彫ってある。
【Thanks For Your LOVE】
「これ、もしかして?」
「あー、やっぱりわかった?そう、俺の手作り、といってもその文字を彫っただけなんだけど」
確かカリグラフィーというやつだ。
ガラス製品に文字や模様を、専用の道具で彫るもの。
その独特の字体は流れるようにオシャレで繊細なんだけど、これはちょっと不器用さんの作品だ。
「通勤途中にある雑貨屋さんで、個人的に指導してくれるところがあって、何回か通って教えてもらったんだけど…まだまだで、恥ずかしいな」
「そんなことないよ、うれしいよ、世界に一つが四つあるってことでしょ?」
ワイングラスにもおちょこにも、同じように文字が彫られていた。
「それから、これも。奮発しちゃったよ」
「あー、それ美味しかったお酒!」
「今夜はゆっくり飲もう、お風呂に入ってくるね」
そういうことだったのか、帰りが遅くなる理由は。
本当は昨日、お店に寄ってくるつもりだったんだろう。
それが佳苗のせいで…。
乾杯して、ゆっくりとお酒を飲んだ。
15年分の感謝とこれから先の穏やかな約束と。
「ね、どうして俺が浮気してないって信じてくれたの?」
「浮気してないというか、できなかったってことでしょ?」
「うん、それは事実なんだけど」
「理由が知りたい?」
「うん」
「じゃ、ベッドに行こうか?」
「うん!」
何故だかはしゃぐ夫が、可愛く思えた。
夫ができなかったと思った理由は簡単。
私しか夫の性癖を知らないから。
寝室に入ると、いつものように私はスカーフで夫の目をふさいだ。
「ゾクゾクするよ…」
そう…目隠しをされて一方的にキスと愛撫で責め立てられること
まずそこから。
そうしないと亮一は、興奮しないのだから。
そして、その手順は私が教え込んだもの。
「亮一は、こうされないと感じないのよね?」
「…ん…」
濃密な結婚記念日が更けていく。
後日。
亮一は、騒ぎの責任を取らされて、隣町の支店に転籍になった。
でも、亮一も被害者だということで、店長という立場は変わらなかった。