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「やと思ったわ!!金曜やのにバイトなはずないやろ!」
「え、しゅうといんじゃん!」
「俺っちもいるよ~」
教壇の裏から勢いよく飛び出してきた二人を見て、いつきくんを見れば、そこには魂が抜けたような真顔のあいつがいた。もう全感情がどっかへ飛んでいっている。
「……いっちゃぁん」
「大丈夫かよ」
情けない声を出して不意に抱きついてきたいつきくんが、耳元で「一時間後に俺んちね」と囁き俺の心臓はどくりと跳ね上がった。
……こんな土壇場で急に色気を出してくんなよ。めちゃくちゃ動揺しただろうが。
♢♢♢
一時間後。俺は約束通り、いつきくんの家の前にいた。
「よかった!! 来てくれた!!」
「そりゃ来るわ。来なかったらまた泣くだろ?」
「ふふっ、優しいね、いっちゃん」
デレデレした顔で俺を迎え入れるいつきくん。実はもう少し早く着いていたけれど、近所にしゅうとの姿がチラッと見えて、一度全速力で家に帰った。本当に、連絡先を知らない不便さが身に染みる。
「いつきくんのお母さんいるの? 久々だから挨拶でもしようかな」
「いたら呼ばないよ」
さらっと言われ、玄関で靴を脱ぐ手が止まる。……おい、待て。急に緊張してきたんだけど!!
「いっちゃん、こっち」
いつきくんに手を引かれるまま部屋に入り、ベッドに座らされる。
「ちょっ、え? もう?」
「ん? 嫌? ……俺は、そのつもりで呼んだんだけど」
「いや、順序があるだろ!」
「告白もしたし、放課後デートもした。……もう一回付き合って、今、両想いじゃん。他に何が必要?」
グイッ、と肩を掴まれて、そのまま後ろに倒される。
ちょっと待て、俺、やっぱりいつきくんには敵わないのかよ!?
「……俺、心の準備が……」
「大丈夫。いっちゃんのことは、俺が全部わかってるから」
余裕たっぷりに笑うその顔を見て、胸の奥がチリッと焼ける。
その余裕……俺が初めてじゃないから、なんて言わないよな?
「……やっぱり無理。今日は帰る」
「待って、なんで怒ってるの!?」
だめだ。腹が立って仕方ない。
いつきくんが他の誰かにも、こんなふうに笑いかけていたのかと想像するだけで、呼吸が苦しくなる。
「……お前のこと好きすぎて、腹立つんだよ!」
俺の叫びに、いつきくんは一瞬きょとんとした後、ふにゃりと眉を下げて笑った。
「……いっちゃん。俺も、いっちゃんが大好きだよ。ずっと、いっちゃんだけ」
言い訳よりも先に、唇が重なる。
放課後の教室でした軽いのキスじゃない。
熱くて、深くて、心臓の音がうるさいくらいに響く。
いつきくんの指が、俺の服の裾をぎゅっと掴む。
大切に、壊さないように抱きしめられているのが伝わってきて、さっきまでの怒りが溶けていく。
「……ずっと、こうして触れたかった。いっちゃんの特別になりたい」
もう、逃げる理由なんてどこにもなかった。
「もう、帰るなんて言わない?」
顔を離したいつきくんが、不安そうに俺を覗き込む。
そんな顔、ずるすぎるだろ。
「……言わない」
「……いっちゃんが素直だ」
クスクスと嬉そうに笑ういつきくんに、俺はもう、溢れ出しそうな感情を隠せなかった。
「……もっと、近くにいて」
俺は自分から、いつきくんの首に腕を回した。
外はまだ少し明るいけれど、この部屋の中だけは、二人だけの特別な時間が流れていた。
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