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「お前さー煽られたからって、すぐロケラン撃つのやめなね?」
「それは無理な相談だぜ、アオセン。売られたケンカは2倍の値段で買うのが特殊刑事課だからな」
「マジでさー……ん?」
銀行強盗対応から帰ってきた青井とつぼ浦は本署で何やら見慣れないものを見つけた。
ピンク色の液体が入った、奇妙な小瓶だ。署員が書類仕事をするデスクにポツンと置かれている。見るからに怪しげなそれに二人は興味をひかれる。
「なんなんスかねこれ」
金具の装飾をつまんで持ち上げる。裏側には明朝体の文字が見えた。
“飲んでみてね 市長より”
その簡素な文章を読んだ二人の脳内に市長の鼻につく顔が浮かぶ。何かあるだろうという予感が絶対に何かあるという確信に変わった。
そして直感する。青井かつぼ浦、どちらかがこれを飲まなければならない状況に置かれていることを――
青井は思う。絶対に飲みたくない、と。
面白いことが好き、言い換えれば面白いことのためならある程度の被害は仕方がないと考えている市長のことだ。この薬には市長のとんでも能力がかかっている可能性が高く、本当になにが起こるかわからない。
青井は他人が被害を受けるのはどうでもいいが、自分が被害を受けるのは人一倍嫌いだった。思考を巡らせる。どうにかしてつぼ浦に押しつけられないか――
つぼ浦は気づく。あ、これアオセン俺に飲ませようとしてんな、と。
つぼ浦はだめだだめだと言われればやりたくなり、ぜひともどうぞと言われたら気が進まなくなる天邪鬼の塊みたいな男だった。好奇心のままに飲もうかとも思っていたが、それを望まれていると知ると飲みたくなくなってくる。
フン、アオセンに俺が飲むよう仕向けられるかな?となぜか上から目線でものを考える。
口火を切ったのは青井だった。
「つぼ浦ーこれ飲んでみん?」
「嫌っすよ。そうやって逃れようとしてんだろ、わかってるぜ」
ジリジリと臨時体制を取りながら話す。気付かれたか、と小さく舌打ちをした青井に、ピコンと名案が浮かぶ。
「ところでさ、この薬危なそうだよね」
「なんスか急に。まぁそれはそうだな」
「本当に被害があったらさ……市長に傷害罪きれるんじゃね?」
その言葉を聞いたとたん、つぼ浦の目が輝き出した。
「『飲んでみてね』って書いてあんだから、詐欺罪だし。なんならわざわざ本署に置いてるから警察署襲撃もきれる可能性あるな〜」
「まぁ部外者だったら厳しいかもだけど、被害者だったら請求する権利あるだろうなあ〜〜」
青井がニヤニヤしながら市長の罪を積み重ねていく。
つぼ浦がガッと瓶をつかむ。
「なんか急にうまそうに見えてきたな。市長からの差し入れ、飲まないわけにはいかねぇよなぁ!!」
見事な一本釣りであった。
それも当然のことだ。つぼ浦はいつでも市長を困らせたがっている。また経費で落ちないロケランで常に財布はスカスカだった。
市長に罪を着せるチャンスと金が同時に舞い込んでくるのだ。飛びつくに決まっている。
飲まないようにしようと思ったことはとうに忘れている。青井の勝利だった。
つぼ浦は「いくぞ!」と叫んで気合をいれるとそのまま薬を煽った。
直後、つぼ浦の巨体がふらりと大きく揺れる。青井は慌てて駆け寄り、体を支えた。
つぼ浦は意識を失っていた。ダウン通知が来ないから死んだわけではないらしい。死んでも口が動かせるこの街で話せもしないのは珍しいことだった。
青井は内心「セーフ」と思いながらもつぼ浦を近くにあったソファに寝かせる。邪魔だろうサングラスを外してやる。流石に市長に聞いたほうがいいよなと無線に連絡をいれる。
『誰か暇な人いますかー?』
『つぼ浦が市長作の薬飲んじゃって気絶したんで市長にどうすればいいか聞いてほしいんすけど』
『私が行こう』
『……キャップしかいないんすか』
『皆はなんか遊びにいったぞ。なんだ、私じゃ不満からだお君』
『いやんなこたぁないですけどね。じゃ、よろしくお願いします』
『あぁ。任された』
特殊刑事課No.0に連絡を取った対応課はNo.1を見つめる。いつも大暴れしている嵐の様な男の顔は案外毒気がなく、気絶しているにも関わらず穏やかだった。
「ん……んぅ……」
うめき声をあげながらつぼ浦は体を起こした。思ったより早かったな、と思いながら声を掛ける。
「お前大丈夫?急にぶっ倒れたけど」
すると突然、つぼ浦は差し出された青井の手を思いっきり引っ張った。思いがけない動きに体制を崩した青井の体をソファに押しつけ、馬乗りになる。
明らかにおかしい様子に青井は驚き、警戒する。つぼ浦は上官を何のためらいもなく上官を殴るが脈絡なくこんなことはしない(と信じている)。
それに、よく回る口がうめき声以外なにも発さないのも怪しい。俯いていたつぼ浦が顔をあげる。青井はテーザーに手をかけた。
「あ……あ、あおせん……す、すき……好きだ、」
つぼ浦の顔は酒に酔ったように赤く染まっており、目はとろんと溶けていた。
うわ言のように「すきだ……、すきです、あおせん……」と言いながら、固まる青井に抱きつき、すり寄ってくる。
触れた肌から伝わる体温が熱い。
普段のつぼ浦では絶対にありえない言動に思考がショートし、テーザーが手から滑り落ちる。真っ白になった頭に以前成瀬とした会話が思い出された。
「市長の魔法ってマジですげーよな」
「あれって魔法なん?」
「人知超えてりゃ魔法だろ。あ~どうにかして俺にも使えねぇかなー」
「魔法使ってなにすんの?成瀬が使うのなんか怖いな」
「なんでだよ。まぁ急に燃やすドッキリ仕掛けるだろ?幻のショットガン復活させるだろ?」
「凶悪すぎ」
「あとは〜なんでも作れんなら〜〜」
「惚れ薬、とかおもろそうだな」
青井の頭の中でピースがハマる音がした。
「あの瓶惚れ薬かよ!!」
目にハートが浮かんでいるつぼ浦に仮面を外されながら叫ぶ。
何処にでもいて何処にもいないらしい市長があの会話を聞いていたのだろう。そして試しに作ってみたらできたから飲ませてみよう!みたいな軽いノリでここに置かれたに違いない。
「クソッ、市長め……!!」と自分が飲むように仕向けたにも関わらず悪態をつく。
つぼ浦はずっと青井にべったりとくっついて恍惚とした表情を浮かべている。そして青井の首元に顔を沈めると甘噛みしだした。
流石に驚き、体がビクッと震える。愛情表現が犬と同じだなと青井は思った。よく考えてみればつぼ浦は恋愛の話はほとんどせず、話題が下ネタになると黙るため、恋愛についてのイメージがゼロだった。
青井の首は舐めたり噛んだりするつぼ浦のよだれでベタベタだった。
拙い動きで精一杯好きだと訴えてくるつぼ浦に、かわいいなと思った。
ん……?ちょっと待て、なにかおかしくないか?青井は一歩立ち止まる。
相手はあの”つぼ浦匠”だぞ?青井に最も迷惑をかけた警察官であることは確実と言っていい。国家ギャングで年がら年中グラサンアロハ野郎が?かわいいって?
というかなぜつぼ浦の行動を今の今まで許してるんだ。抱きつかれても首筋を噛みつかれてさえも抵抗する気が全く起きなかったのはなぜか。
つぼ浦が腕を絡ませてくる。近くにある手をぎゅっと握ってやると、その大きな手はカッと熱くなり、バタバタと逃げ出そうとしたあと、弱い力で握り返してきた。
顔をみると照れながらも滅多に見せない穏やかで優しい笑みを浮かべている。その微笑みから逃げられない。
あ、これ、恋だ。青井は自分の感情にやっと気がついた。
なるほど、と何処か冷静に納得する。つぼ浦のダウン通知に毎回ドキッとすることも、なにかやらかした時真っ先に向かって叱ってやりたくなる気持ちも、「on duty!!」の声を頭の片隅で期待していたことにも、全てに説明がつく。
青井らだおはつぼ浦匠にずっと恋をしていたのだ。
初恋でもないのになかなか気が付かなかったことに少し呆れる。また、三十路にもなって新しい恋をした――しかもつぼ浦に――ことに驚いた。
そんなことを考えていると手をつぼ浦の頭の上に置かれる。なんだろう、と思い聞いてみる。
「どうしたの?」
「……。」
「もしかして、頭撫でて欲しいの?」
つぼ浦はゆっくり頷いた。話さないのは恥ずかしいからかもしれない。声に出さないのも甘えの一つなのだろう。
つぼ浦の少し崩れていた髪型をさらに崩すように強く撫でると、気持ちいいのか頭をさらにこすりつけてくる。
胸がきゅっと高鳴る。やはりかわいい。かわいすぎる。
こんなに可愛い姿を俺以外の誰にも見せないで欲しい。初めての独占欲が脳を占める。目の前の男を自分のものにしなければならないという決意が青井に宿る。年齢差だとか、先輩後輩だとか、男同士だとかはもう関係なくなっていた。
そう考えるといまは最高のチャンスなのかもしれないと思う。おそらく青井に、というか他人に恋愛感情を持っていないだろうつぼ浦に意識させるきっかけを作れるかもしれない。
というかつぼ浦に散々好きなようにされているため、俺が少々好きなことしても許されるっしょと思っていた。
よし、と一応つぼ浦に聞く。
「キスしていい?」
「え!?……うっ、……だっだめだ!!」
顔を一気に赤くしたつぼ浦が口を手で覆う。青井にメロメロ状態のはずのつぼ浦が拒否したことに少しの不満を覚える。
「なんで?」
「なんでって……俺、その……まだ、」
つぼ浦の言葉尻が小さくなっていく。
「聞こえないよー」
「ッ……!まだキスしたことないからだ!!」
「へぇーそうなんだぁー」
つぼ浦がキスすることなく23歳まで育ったという事実に、そんなことあるんだ、ウブでかわいーな……と口角が上がる。
コイツの初めてを自分にしたくて仕方がなくなる。衝動が抑えきれない。
起き上がって肩を掴み、顔をグッと近づける。驚いて目を瞑ったつぼ浦の瞼にちゅ、とリップ音を立ててキスする。
「口は、また今度ね?」
唇に指をあてながら今日一番の笑顔で青井が言った。つぼ浦は目を見開きプシューと音を立てて、本日2度目の気絶をした。
あらら、と前に倒れてきたつぼ浦を抱きとめる。純情素直無垢ピュア男にはあまりにも刺激が強すぎたのだ。
つぼ浦を楽な体制にしてやっていると、着信音がなった。スマホには、ましゃかりトラボルタの文字が表示されている。
『らだお君聞いてきたぞ』
『おお!!どうだったすか』
『えーっと、〈欲望のままに行動しちゃう薬〉らしいぞ』
『え、?……マジすか?』
青井の頭の中で今までのつぼ浦の行動が思い起こされる。あんなことやこんなこと、全部つぼ浦の欲望だと……?
キャップが後ろで『効果そろそろ切れるらしい』とか『つぼつぼの欲望ってなんだ?……ロケランか!』とか『警察署半壊してないか!?』とか言っているが青井の耳には入らない。
『大丈夫からだお君!今から本署に向かうぞ!!』
『あ、キャップこなくていいっすよ。てかしばらく近づかないでください』
『あ?なぜだ?』
『いや……近づかないでくださいね』
『ん?あ、ああ。了解だ』
邪魔が入らないようキャップを遠ざけ、通話終了ボタンを押す。
ちょうどつぼ浦が起き、体を起こした時だった。気絶から起きたてで頭が回ってなさそうなつぼ浦に言う。
「自分が何したか、覚えてる?」
するとつぼ浦は顔を赤らめると同時に青ざめ、逃走を図ろうとする。青井はそれを読んでいたかのようにスムーズに手錠をかけた。
「はい確保ー」
「クソッ、離せ!ふ、不当な拘束だぞ」
いつもの悪態もキレがないようにみえる。そのままつぼ浦をソファに投げる。青井はその上に馬乗りになった。さきほどと立場が逆転した。
「もっかい聞くけど、覚えてる?」
「お、覚えてないぜ」
「じゃあなんで逃げたんだよ……まぁいいけど。思い出させるだけだから」
「は……?」
「あの薬って〜自分の欲望を出しちゃうやつらしいよ」
「う……」
青井はつぼ浦を体を強く抱擁した。
「俺に抱きつきたかったんだ?」
よく日に焼けた肌を優しく食む。
「首噛んでみたいな〜って思ってたんだ?」
ギュッと音を鳴らせて恋人つなぎをする。
「手ぇつないでみたかったんだ?」
口を耳に近づけ甘ったるい声で囁く。
「好きって、言いたかったんだ?」
青井は陶器のような肌をピンクに染め、スカイブルーの瞳をたれさせながら、ニヤと笑った。蠱惑的な、見るもの皆虜にしてしまう悪魔の微笑みだった。
つぼ浦は自分の行動への羞恥と青井のカッコよさと恋慕していることがバレた焦りとでグチャグチャだった。が、青井の声を聴いて、表情を見て、考えていたことが全て吹っ飛んでしまった。あまりに美しいそのかんばせに視界全体がキラキラと輝き、体がピクリとも動かない。
固まってしまったつぼ浦をみて、青井は優しく言った。
「ふふ。好きだよ。俺と、付き合ってください」
「……は、……はい、」
つぼ浦は思わず頷いてしまった。青井は後で市長になんかあげよ、と思いながら抱きついた。
成功率100%のずるい愛の告白だった。
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